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山の与太ばなし【奥多摩のはなし】(07)
【とよだ 時】

 (イラスト本ではありません)

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奥多摩川苔山・直下の舟井戸

【略文】

川苔山は、この山の西を流れる谷でカワノリがとれたのが名前の由来とい

う。直下の舟井戸の水は、昔はいまのように逆川に注いでいたのではな

く、棚沢地区を流れる「入川谷」へ流れていたのだという。それを氷川村

の山師が、尾根を掘りぬいて舟井戸の水を逆川へ注ぎ、川乗谷へ流れ

るようにしてしまったというのです。

・東京都奥多摩町。


▼時間に余裕がありましたら下記の【本文】もどうぞ。

奥多摩川苔山・直下の舟井戸

【本文】

 奥多摩の川苔山は展望もよく、変化に富んだコースで、いつ登っても

山頂に登山者がいるほどの人気がある山です。この山は「川乗山」とも書

かれることが多い。いまでもネットで国土地理院の基準点成果等閲覧サ

ービスを見ると、「川乗山」で載っています。しかしかつて、この山の西を

流れる谷で、カワノリ(川苔)がとれたのが、名前の由来というから川苔山

が正しいのだという。



 カワノリは、緑藻植物で、カワノリ科の淡水藻。日本でも限られた河川

の上流部で採れ、抄(す)いて海で採れる海苔のように乾燥させ食用にし

ます。浅草ノリに似た風味があり高価で、産地では名産品にされているそ

うです。



 この山が「川乗山」と記されてきたのは、陸地測量部が地図をつくる

際、どういうわけか川苔の「ノリ」を「乗」の字に当て字してしまったという。

「お上」がつくった地図に載っていれば、それをもとにつくる各種の地図

はみんな当て字にしてしまいます。いまでも川苔が採れた谷は「川乗

谷」、バスの停留所は「川乗橋」、林道も「川乗林道」と地図に書かれてい

ます。



 こんな話もあります。一説に川苔山は、特定のピークをいうのではなく、

川乗谷に流れ込む各沢の源流の山々全体をいうのだという意見もありま

す。そしていま「川苔山」といっている1363峰は、川乗谷の支流横ヶ谷の

ツメにあるため、横ヶ谷の頭、または横茅ノ頭と呼ぶのが正しいとの説で

す。しかし、いまは川苔山といえば1363.2mの三角点のあるこの山をいう

ようになっています。



 川苔山といえば直下にある百尋(ひゃくひろ)の滝が有名です。この滝

は尋(ひろ)、つまり両手を広げた長さをいうようです。昔の長さの単位

で、その長さは一定しないようで、6尺(約1.816m)とも、また曲尺でだい

たい4尺5寸(約1.36m)とも、5尺(約1.515m)ともいわれています。



 「百尋」となれば181.8m、または136m、あるいは151.5mになります

が、実際には約40mしかないの落差。ま、まあ「白髪三千丈」という例も

あるし、オンビンに参りましょう。この滝を眺めるには滝壺に降りなければ

なりませんが、1997年(平成9)の岩壁崩落で、不安定な状態になって

いるのでやめておいた方がいいかも。



 さて、山頂は小広く開け、丹沢、道志の山々、また富士山、奥多摩の

山々などが望む展望台になっています。この付近は春はミツバツツジが

美しく咲き、登山者憩いの場になっています。さらに、川苔山を含むこの

あたり一帯は「奥多摩町川苔水源森」として、林野庁の「水源の森百選」

に選定されているといから貴重な場所でもあります。



 川苔山頂の南面には、舟底のような浅いくぼみがあり、舟井戸といって

います。舟井戸は川乗谷支流逆川の源流になっており、登山用地図にも

「水場」のマークがついています。



 さて、ここ川苔山の山ろくの村々は、昔、境界を争ったことがありまし

た。棚沢村(いまの鳩ノ巣駅周辺)と、氷川村(奥多摩駅周辺)との間には

こんな話があります。かつて川苔山から東南に尾根が延びていて舟井戸

の流れを遮断していました。遮断された水は、大ダワ方面へのびる、いま

の登山道を突っ切って、棚沢地区を流れる「入川谷」へ流れていました。



 いまも地形図をよく見ると、川苔山からのびる尾根の上部の窪みが、川

苔山三角点に突き上げていて、棚沢村に属する入川谷の源頭であるよう

な感じになっています。村の境界も、川苔山頂から舟井戸への尾根を境

に、上流が棚沢村、下流が氷川村の領土で、いまと同じ形だったので

す。



 ところが一時、氷川村の土地になったことがあります。ある時、氷川村

の山師がこっそり、境界の尾根を掘りぬいて、舟井戸の水を氷川村側の

逆川へ流れるようにしてしまったというのです。こうすれば、舟井戸から曲

ヶ谷南峰、曲ヶ谷北峰を境にして、氷川村の土地になるわけです。



 その後の1868年(明治元)、お上の意向で、改めて地租改正地図編

製を行うことになりました。川苔山の山ろくの棚沢村・氷川村・大丹波村

(いまの川井駅周辺)の3村で、合同の村分決定を行うはずでした。



 しかしその時、氷川村の代表だけが、なにかの都合で欠席しました。

氷川村不在のまま、棚沢村と大丹波村でこの地区の境界線を査定した

のです。その結果、元のように川苔山から曲ヶ谷南峰、曲ヶ谷北峰、舟井

戸、また川苔山から舟井戸を囲った部分を棚沢村に編入ということで、

「お上」に報告しました。



 この査定は地形的にも妥当に見え、お上も了承したという。しかし、そ

れでは舟井戸周辺の土地を奪われたとして、氷川村が納得しません。氷

川村が強行に騒ぎましたが、すでにあとの祭り。棚沢村にとっては、この

地租改正地図編製は、氷川村から奪い返す絶好のチャンスだったわけ

です。この領有地争いはどこの山でもよく聞く話です。村々にとってはど

んな狭い地域でも大切だったんでしょうね。



 ちなみに川苔山周辺について、『多摩郡村誌』山川部(斉藤真指)に

は次のように載っています。「雷電山 峰上ヨリ両分シ、東北ハ本村字滝

ノ入ニ、西南ハ氷川村字燧石谷ニ属ス。山脈北方日向沢峰ヨリ連接シ、

巳ノ方曲ヶ谷峰ニ延亘シ、山趾(さんし・山のすそ)西南氷川村ノ川苔川

ニ至リ、西ハ同村ノ渓澗(間の中が月の文字)(けいかん)ニ、東北ハ村

内滝ノ入ノ谿谷ニ臨メリ、山中雑樹深シ、滝ノ入ノ官林ト連ル、其樹皆蒼

古ナリ。



 各所巨巌突兀(こつ)シ、夏時雷雨大抵比所ヨリ発ス。故ニ之ヲ雷電岩

ト名ツクト云。山東半腹奇巌アリ、一ノ洞窟ヲ開ク、之ヲ獅子口巖ト呼ブ、

清泉泌沸、洞口ヨリ迸出(ほうしゅつ)(ほとばしる)シ、東流シテ日向沢ニ

会ス、即チ大丹波川ノ水源ナリ」。



 舟井戸は、浅く細長くまさしく舟の底のようです。ちょっと古い話です

が、この舟井戸で、「野宿」の訓練をしたことがあります。野宿とは、日帰り

の山行でなにかのトラブルで、山中で一泊しなければならないときのため

の訓練です。テント、シュラフなし。細々と燃える焚き火を囲んで一夜を過

ごします。



 舟井戸は水が流れる格好な場所。なるほど、川苔山山頂から尾根がこ

のあたりまで延びてきている気もします。各自、焚き火のわきに敷物を敷

き、横になります。シンシンと夜が更けていきます。はなしも話題がなくな

ります。遠くから聞こえる動物や野鳥の鳴き声。



 ろくに寝られはしませんが何となくウトウトしているうちに、うっすらと明る

くなりました。そのうちあっちでゴソゴソ、こっちでゴソゴソと起き出します。

そしてそろそろ朝食の準備にかかります……。あのころは元気だったな

ア。



▼川苔山【データ】
【所在地】
・東京都西多摩郡奥多摩町。JR青梅線鳩ノ巣駅の北西5キロ。青梅線鳩
ノ巣駅から歩いて3時間45分で川苔山(二等三角点名火打石1363.20m)
がある。
【位置】
・二等三角点:北緯35度51分2.89秒、東経139度6分24.77秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「武蔵日原(東京)」

▼【参考文献】
・『奥多摩』宮内敏雄(百水社)1992年(平成4)
・『奥多摩風土記』大館勇吉著(武蔵野郷土史研究会)1975年(昭和50)
・『角川日本地名大辞典13・東京都』北原進(角川書店)1978年(昭和53
年)
・『植物の世界12巻・139号』(週刊朝日百科)(朝日新聞社)1996年(平成
8)年
・『世界の植物巻10・113号』(朝日新聞社)1978年(昭和53)年
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)



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