▼山のまん画ばなし【本文】のページ05
 【とよだ 時】

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▼奥多摩棒ノ折山東南馬乗馬場・埋蔵金伝説

【略文】
奥多摩の棒ノ折山南東の黒山から尾根道を東にとると
「馬乗馬場」という平地に出ます。ここは秩父の豪族で
源頼朝の重臣、畠山重忠が馬術の稽古をしたところとい
う。この馬乗馬場には黄金を埋めたという伝説がありま
す。気になるその場所は、「馬乗馬場」の中間より少し
西の方…だそうです。
・東京都奥多摩町と埼玉県飯能市との境。

※ご用とお急ぎでない方は、下方の【本文】もどうぞ。

【本文】

 鎌倉時代初期の武将で武蔵の豪族・畠山重忠が源頼朝
がいる鎌倉へ通う時、通っていたとされる棒ノ折山の山
麓(埼玉県飯能市から東京都奥多摩町)。その際、重忠
が杖にしていた石棒をふたつに折ったのが棒ノ折山だと
いう。山名はそこからついたとされています。


 棒ノ折山から南東に下ると黒山があります。ここは東
南にある青梅市成木地区方面では黒山とか「常盤(とき
わ)山」と呼んでいるといいます。


 さらにそこから尾根を南にとるとピーク逆川ノ丸があ
ります。ここを同じ成木集落では「常盤ノ前山」という
そうです。常盤御前とくれば平安時代末期の武将、源氏
の棟梁、源義朝(よしとも)の側室です。


 牛若丸(源義経)の母としても有名な女性。(※一方
頼朝の母は熱田大宮司藤原季範(すえのり)の女(むす
め)で義経とは腹違い)。常盤御前は、京の帝(みかど)
に仕える千人の侍女の中から、源義朝が選んだ絶世の美
女だったそうです。


 平治元年(1159)、「平治の乱」で源義朝が、平家方の
平清盛に敗れます。常盤御前は平清盛の追手を逃れ、大
和に隠れました。しかし老いた母を清盛に人質にとられ
てしまいました。このままでは母はもちろん、3人の子
どももいつ捕らえられ、殺されるか分かりません。


 常盤御前は、母と3人の子を助けるために、子どもを
連れて六波羅にで自首したのでした。清盛の前にあらわ
れた絶世の美女。清盛はその美しさに目を奪われ、「常
盤御前が自分のものになるのなら」と、母親や子供たち
の命を助けたという説もあります……。


 時が経ち、義経が腹違いの頼朝と一緒に平家と戦うこ
とになっていきます。そして「壇ノ浦の戦い」で平氏が
敗れ、世は源氏の世の中。しかし兄の源頼朝と不仲にな
った義経は、兄に追われて都から落ちていきます。


 その翌年の文治2年(1186)、常盤御前が京都一条河
崎観音堂あたりで、鎌倉勢に発見されて捕らわれたこと
になっています。史実ではその後、鎌倉に送られた形跡
もなく、のち釈放された模様で、以後、常盤御前に関す
る記録はないようです。


 常盤御前はこの時、鎌倉に送られ、この奥多摩の地に
来て暮らしたのでしょうか。伝説では、頼朝が鎌倉幕府
をおこしてから、義経の母の常盤御前を京都から呼び寄
せ、一時、人目を避けた静かなこの地に隠れ住まわせた
ことがある、というのです。


 地元の人はいまでもこの山を「御殿」と呼んでいると
か。南東の高水山(高水三山のひとつ)にある常福院龍
学寺の「高水山縁起」にも、「……(高水山を開山した)
智證大師、浪切不動明王の尊像を彫刻し安置し給ふ、依
て浪切白不動明王と稱し其後秩父荘司畠山重忠當山の麓
常盤と云ふ處に住せし時……」と、常盤の文字が出てき
ます。


 常盤御前が住んだという場所は、高水山の北東のふも
との東京都青梅市上成木集落から常盤林道を登っていっ
た成木沢源流の杉林の中。舘舎(御殿)蹟という石垣が
残っている、やゝ平坦な所だといわれています。


 奥多摩の研究家・宮内敏雄の『奥多摩』(百水社)に
も「…、常盤御前ががこのふもとに(成木川源流に同名
の小名あり)住んでいたとの話から、高水山の常福寺に
は常盤御前愛用の鐘が宝物になっているし、飯能付近に
はその墓まである」と出ています。


 ん!、「鐘」??。ふつう、こんな話には「鏡」が多
いがな?。とさらに調べてみると、「高水山縁起」に、
「當山の宝物重忠の太刀同く名馬の玉 常盤御前の鏡等
何□こそ希世の珍也幸にして今日に傳ふ 亦明王の加護
し給ふ者や」とあるのを見つけました。やはり「鏡」で
した。


 さらにはすぐとなり、埼玉県側飯能市多峰主山(とう
のすやま・270.8m)には常盤御前の墓もあり、常盤御
前にまつわる見返り坂やよし竹の伝説があります。


 よし竹は、常盤御前がこの山に登りながら「源氏再び
栄えるならこの杖よし竹なれ」といって持っていた竹の
杖を地面に突き刺しました。するとそれが根づいて一面
が竹林となったというのです。いまでもわずかながら、
よし竹と呼ばれる竹が生えています。


 近くの常盤が丘には、常盤御前の墓があったといい、
宝匡印塔があります。またその近くに常盤平と呼ばれる
眺めの良い場所もあります。


 さて、黒山から尾根道を東にとると、馬乗馬場(まの
りばんば)という平らな杉林に出ます。ここは石尾根の
将門馬場と同じように、畠山重忠が「厩ノタル」に置い
た馬を引き出してきて、馬術の稽古をしたところだそう
です。


 いまは杉の木が大きく成長した林になっていて、馬乗
馬場のいきさつを印刷した紙がビニールの袋に入れて木
の幹にたくさんぶらさがっているだけです。


 この馬乗馬場の一隅には、黄金を埋めたという伝説が
あります(『常盤むかし話』)。気になるその場所は、「馬
乗馬場」の中間より少し西の方に九尺(272.7センチ・30
センチくらい)程の円形にして、相撲の土俵のように周
りに1〜2尺(30センチ〜60センチ)の高さに石をな
らべた所だという。


 黄金には熱が発生するらしく、そこは地熱で降雪がつ
づく年でも、積もった雪がすぐに溶けてしまうという不
思議な場所。ただ草の芽だけが生えているそうです。


 しかし、埋蔵金を掘り出すと祟りがあるというから、
そこのところは自己責任でお願いしますヨ。名坂峠から
上成木方面に下ると、道中に畠山重忠が切ったとされる
切石もあるようです。



▼馬乗馬場【データ】
【所在地】
・東京都奥多摩町と埼玉県飯能市(旧名栗村)との境。
青梅線青梅駅からバス、終点上成木下車、歩いて2時間
20分で馬乗馬場。標高点776mがある。

【位置】
・標高点776m:北緯35度50分58.1秒、東経139度10
分10.68秒

【地図】
・2万5千分の1地形図:原市場


▼【参考文献】
・『奥多摩』宮内敏雄(百水社)1992年(平成4)
・『義経記』:日本古典文学大系37『義経記』岡見政雄
校注(岩波書店)1959年(昭和34)
・「高水山縁起」:常盤むかし話ほか

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