山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼888号 房総・高宕山観音堂

【前文】
房総の高宕山は雨乞いの山、山頂には雨をつかさどる神・高オカミ
神をまつる清滝神社の祠が建てられています。直下、天狗面のある
観音堂の洞窟は、その昔源頼朝が小田原の石橋山の戦いで房総に逃
れ、源氏の再興と武運長久を祈って籠もったところだといいます。
・千葉県富津市と君津市との境

▼888号「房総・高宕山観音堂」

【本文】
低山ながら360度の展望がきく房総の高宕山(たかごやま・315
m)。九十九谷、東京湾、丹沢、富士山も望めます。狭い山頂の岩
峰には小さな石祠とふたつの鉄釜がさびて穴があいて置かれていま
す。この山は雨乞いの山として有名で、釜にたまった雨水を竹の筒
に入れて村に持ち帰り、田畑にまくと不思議に雨が降り出すという。

祠は雨をつかさどる神「高おかみ神」をまつる清滝(きよたき)神
社です。「高おかみ神」の「おかみ」の漢字は、雨かんむりの下に
口を横に3つならべ、その下に龍の字を書いた何やら難しい字で
す。この神は「暗(くら)おかみ神」と一対で雨を司る神だとい
う。

古くから祈雨、止雨の神で京都の貴船神社の祭神になっています。
前者は文字通り高い山にまつる神であり、丹沢の大山にも祭られ
ています。後者は谷底に祭られます。

また高宕山の「宕」は、洞のことで、山の名は高くて洞窟のある
山のことだとも、房総の山のなかでも高い山で、京都にある愛宕山
にちなんだものだともいいます。たしかに山頂直下には深くえぐら
れたような洞窟があり、そこに食い込むように観音堂(高宕観音)
が建ち、堂の中の柱に京都・高宕山の象徴になっている天狗の面が
かかっています。

ここにはこんな伝説があります。時は平安末期の治承(じしょう)
4年(1180)、源頼政のすすめで、後白河天皇の第2皇子である以
仁王(もちひとおう)は、平氏の討伐を決意します。その令旨(り
ょうじ・命令を伝える文書)に応じて、伊豆で兵を挙げた源頼朝は、
同国の目代(もくだい)山木兼隆を討ち、ついでに三浦氏の大軍と
の合流を約して相模に向かいます。

途中、小田原市の南部石橋地区にある石橋山(箱根外輪山のひとつ、
255m)に布陣しますが、平家方の大庭景親らと戦いで苦戦、三浦
の大群との合流を阻止されてしまい大敗しました。頼朝は逃げる途
中、倒木の洞に身をひそめますが見つけられてしまいます。

しかし、梶原景時に見逃されます。九死に一生を得た頼朝は、安
房(あわ)の国(房総半島南部)に逃れます。(東方東京湾沿いの
竜島という。鋸南町には頼朝上陸地の碑もあります)。頼朝は、再
挙を図るため、高宕山の肩にある岩壁(いまの観音堂のあるところ)
にこもって、一寸八分の黄金の観音像を刻んで、源氏の再興と武運
長久を祈ったといいます。

のち念願がかない、鎌倉に幕府を開くと、その仏像を観音堂に寄進
したといわれ、いまでもその像は富津市田原にある満福寺というお
寺に奉納されているという。山頂にある鉄釜は、頼朝がこの時、煮
炊きに使ったものだとの伝承があります。

しかし朽ちかかった釜の文字から、江戸末期の「嘉永年間」銘が読
みとれるのが愉快です。また雨乞いの水は実際は、観音堂わきの岩
からしたたり落ちる水を持ち帰るものだったらしい。

途中で休んだりすると霊験がなくなるといい、むらの田畑まで走り
続けなくてならないいうから大変です。くみ取る人々は安房地方な
どかなり遠方からも来たという。この水は涸れたことがなく、落下
する水のたまった小さな池は毎年オタマジャクシで真っ黒になりま
す。

▼高宕観音堂【データ】
・【所在地】
・千葉県富津市と君津市との境。内房線上総湊駅の北東5キロ。J
R内房線木更津駅からバス宿原下車、歩いて1時間45分で高宕観音。
地形図上には山名と建物記号のみ記載。山頂は観音堂より南東方向
直線約480mにある。

・【位置】
・【高宕観音】北緯35度12分1.6秒、東経139度59分26.8秒

・【地図】
・2万5千分の1地形図「鬼泪山(横須賀)」。5万分の1地形図「横
須賀−富津」

【参考】
・『角川日本地名大辞典12・千葉』(角川書店)1991年(平成3)
・『日本伝奇伝説大事典』乾克己ほか編(角川書店)1990年(平成
2)
・『房総山岳志』内田栄一(論書房出版)2005年(平成17)
・『房総叢書・6』紀元二千六百年記念(房総叢書刊行会)1941年
(昭和16)
・『房総の山』千葉県山岳連盟(千秋社)1977年(昭和52)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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