山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼831号「高山植物・タカネマツムシソウ」

【前文】
片思いの娘の魂を宿したという西欧伝説にあるマツムシソウ。その
高山にあるのがタカネマツムシソウ。標高2500m以上に生え、草
の丈は2、30センチと小さいが、花がひとまわり大きくあざやか
な青紫色で美しい。松虫草甲斐の白峰もいま眼覚む(水原秋櫻子)
・マツムシソウ科マツムシソウ属の越年草

▼831号「高山植物・タカネマツムシソウ」

【本文】
昔アルプスの山麓にフィチャという娘がいました。娘は山からとっ
てきた薬草で村人の病気を治していました。ある日、重い病にかか
った若い旅人が、やっとの思いでフィチャの所へやってきました。

娘は薬草を飲ませ、夜もろくろく寝ずに看病しました。そのせいか
数日後には高熱も下がっていきました。やがて元気になった若者は
お礼ををいいながら故郷に帰っていきました。

しかし、娘は日夜付き添って介抱した美しい若者を忘れられなくな
っていたのでした。フィチャの思いは日に日に募っていくばかりで
した。やがて夏が過ぎて秋が来ました。

フィチャがある村にやってきたとき、ある噂を聞いたのです。自分
が日夜慕いつづけてきた若者が、かねてから相思相愛だった娘と結
婚していたというのです。

愕然とした娘は次第に身も細り、暮れゆく秋とともにひとり淋しく
死んでいくのでした。そんな娘を憐れんだ神はその魂をマツムシソ
ウに宿らせたという。マツムシソウにはそんな西欧伝説があるそう
です。

秋の草原を紫色に彩るマツムシソウ。この花はマツムシソウ科マツ
ムシソウ属の越年草ということになになっています。

それはこの植物は秋、花が終わると種子を地面に落とし、やがてま
た発芽してロゼットの形で冬を越して、次の年、花を咲かせてから
全体が枯れます。そのため越年草(冬型1年草)だとされているの
だそうです。

しかし、秋の高原でよく観察してみると、もう長大な根と大きなロ
ゼットが育っている株が多いのに気がつくことがあるといいます。
しかもロゼットは大きい枯れかけている下の層の葉と、上層の小さ
な新しい緑色の葉の2層になっているという。

下層の枯れかけたロゼットは、越冬してから夏の成長期を過してい
るらしい。そんなことから高原のマツムシソウは越年草ではなく、
2年草だという。

さらに花が咲いた株にも根茎に新しいロゼットができていることが
あります。これは多年草です。このように、植物の生存期間は種に
よって決まり切っているわけではない(「植物の世界」)というので
す。専門家の分野ではありますが、なんか面白そうな話ですね。

マツムシソウの屬名スカビオサは、疥癬(かいせん)という意味の
ラテン語から来たもので皮膚病に効くからともいわれます。そこで
薬草の文献をあさりましたが、当方の手持ちには出てきませんでし
た。

さて、高山植物のタカネマツムシソウは山歩きにはおなじみの花。
標高2500m以上に生え、草の丈は2、30センチと小さいかわり、
約4センチとマツムシソウより花がひとまわり大きくあざやかな青
紫色。がくのとげも長い。

おなじみ過ぎて花の時期を逃がしてしまった年は何となくさびしい
ものです。タカネマツムシソウの花でとくに印象に残るのは、霧ヶ
峰と東北の飯豊連峰です。

なかでも飯豊連峰の福島・山形・新潟県境にある飯豊山に行ったと
きのこと。飯豊本山の少し手前に草履塚(ぞうりづか)という所が
あって、姥権(うばごん)という石仏があります。

この石仏にはその昔、羽前の国小松出身のある姥が女人禁制の飯豊
山の掟を破って登ってきたがここで神の怒りに触れて石にされたと
いう伝説があります。

よだれかけをし、長年風化された石仏のまわりは、一面、マツムシ
ソウの花が咲きみだれていたっけ。神の怒りに触れたとはいえ、せ
めて美しい花を愛でて慰めてもらいたいものです。

松虫草甲斐の白峰もいま眼覚む(水原秋櫻子)、連峰や松虫草は夕
風に(及川貞)などの句があります。
・マツムシソウ科マツムシソウ属の越年草

▼【参考文献】
「植物と神話」近藤米吉編著(雪華社)1973年(昭和48)
「植物と伝説」松田修(明文堂)1935年(昭和10)
「植物の世界・1」(朝日新聞社)1994年(平成6)
「世界の植物・1」(朝日新聞社)1975年(昭和50)
「日本大歳時記・秋」水原秋櫻子ほか監修(講談社)1989年(昭
和64・平成1)
「日本大百科全書・22」(小学館)1990年(平成2)
「牧野新日本植物図鑑」牧野富太郎(北隆館)1974年(昭和49)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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