山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼674号 「埼玉県秩父・武甲山の酒好き神」

【序文】140字
武甲山は村人からの信仰も篤く、昔から神秘な伝承に包まれていま
す。ここには酒好きの神が住み、ざるにいっぱいの酒を買いにふも
との酒屋によくあらわれたという。酒屋のオヤジが酒をついでみる
とアラ不思議、一滴ももれずにざるのなかに溜まっていきます。老
人は代金を払うと何事もなかったように武甲山に帰っていくのでし
た。
・埼玉県秩父市と横瀬町との境

▼674号 「埼玉県秩父・武甲山の酒好き神」

【本文】
埼玉県秩父市南東にそびえる武甲山(ぶこうさん)は石灰岩の山で、
その採掘は江戸時代からはじまっていたといいます。1923(大正12)
年にセメント会社が出来てからは本格的に削り出され、いまでは山
頂が41mも低くなり、無惨な姿になっています。

武甲山の名は、その昔日本武尊(やまとたけるのみこと)が山頂に
武具や甲冑を神に奉納し祈ったというので「武甲」だとされ、江戸
幕府も神がかり的な神聖な山としていました。

武甲山は異名を蔵王山、妙見山などといい神秘な山との印象が深く、
昔からいろいろな伝承に包まれています。そのひとつにこの山には
酒好きな神がおわしたという話があります。

昔、武甲山の北麓横瀬の酒屋に見かけたことのない白く長いひげの
老人があらわれました。「このざる一杯の酒をわけてくださらん
か」????

酒屋のオヤジが妙な顔をしながら酒をついでみるとア〜ラ不思議、
酒は一滴ももらずにざるのなかに溜まっていきます。

キツネにつままれたようにポカンとしているオヤジに代金を払うと
老人は武甲山に帰っていきました。このことがあってから村人は武
甲山の酒好き神と噂しあったそうです。

・武甲山【データ】
【山名・異名】
・武甲山(ぶこうざん)・秩父嶺(ちちぶね)・秩父嶽(ちちぶがだ
け)・御蒿・嶽山・秩父山・蔵王山・妙見山・乳首山

【山名の由来】
・日本武尊が戦勝を祈って武兜を奉納した伝説

【所在地】
・埼玉県秩父市と埼玉県秩父郡横瀬町との境。秩父鉄道浦山口駅か
ら歩いて2時間40分で武甲山。二等三角点(1295.4m)と写真測量
による標高点(1304m)と武甲御岳神社の祠がある。地形図に山名
と三角点の標高と標高点の標高、神社記号(鳥居)の記載あり

【名山】
・深田クラブ選定「日本二百名山」(第141番選定):日本百名山以
外に100山を加えたもの・日本三百名山にも含まれる。
・田中澄江選定(1981年)「花の百名山」(第37 番選定)

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・【武甲山標高点】緯度経度:北緯35度57分5.72秒、東経139度05分
52.05秒。※50mまでアップすると標高点が消える。
・【武甲山二等三角点】緯度経度:北緯35度57分06秒、東経139度05分53秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「秩父(東京)」。5万分の1地形図「東京
−秩父」

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典11・埼玉」(角川書店)1988年(昭和63)
・「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・「日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・「日本歴史地名大系・埼玉県の地名」(平凡社)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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