山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼208号 「中ア・木曽駒濃ヶ池の柳と竜伝説」

【概略】
山麓の娘に恋をした濃ヶ池の蛇身のヌシは、夜中に恐ろしい顔にな
るよう妖術をかけたという。悲しんだ娘は柳の枝をついて山に登り、
池のほとりに杖を差し水中に身を投げてしまいました。そのためい
までも池の底から娘の機を織る音が聞こえ、芽のふいたヤナギの枝
がすすり泣くといいます。
・長野県宮田村と木曽福島町、上松町との境

▼208号 「中ア・木曽駒濃ヶ池の柳と竜伝説」

その昔、中央アルプス木曽駒岳山麓の長野県木曽郡木曽町(旧木曽
郡木曽福島町)大原という里に美しい娘がいました。その娘を毎日
高い山の上から見ていたものがいました。

あまりの美しさにすっかり夢中になった木曽駒ヶ岳の濃ヶ池の蛇身
のヌシは、娘を自分のものにしたいと思うようになりました。そこ
で密かに娘に妖術をかけたのでした。

夜中になると娘の髪が逆立ち恐ろしい顔に変わるというのです。そ
のため婿さんを貰って結婚をしても夜中に娘の顔を見たとたんに逃
げてしまいます。次に結婚してもまた一晩で婿さんは逃げだします。
3度目4度目も同じこと。

ある晩、ふと鏡で自分の顔を見た娘は気がつき驚きました。何とい
う恐ろしい顔に顔になっていることでしょう。娘はわが身を悲しみ
何日も泣きつづけました。そんなある日娘は決心しました。

ヤナギの枝を杖がわりにつきながら何かに誘われるように山に登り
はじめたのです。やがて頂上近くの池にたどり着きました。そこは
木曽駒ヶ岳の濃ヶ池でした。

娘は、池のほとりに杖を差すと水中に身を投げてしまいました。池
のヌシが妖術で娘を呼んでいたのです。娘は深い池の底に沈んでい
きました。いまでも濃ヶ池のそこからは娘の機を織る音が聞こえ、
芽のふいたヤナギの枝がすすり泣くといいます。

ある年の9月のはじめ、JR飯田線の伊那市駅から小黒川沿いの駒
ヶ岳神社経由桂小場、将棊頭山から濃ヶ池のほとりでテントを張り
ました。ここは本岳から北東に伸びる馬の背尾根の伊那側にあるカ
ールの中。

周囲2〜300m位の池で、黒体黒竜王、宝台竜王、白敬竜王など、
やはり竜王の祠や石碑がならんでいます。なるほど周囲には伝説に
柳の杖が根づいたのかヤナギがたくさん生えています。

濃ヶ池は完全に干上がり、池の中ほどにわずかな流れがある程度。
底にひび割れが入っていますが、かつては里人は雨乞いの池として
あがめていたといいます。

江戸時代宝暦6年(1756)に高遠藩がおこなった駒ヶ岳見聞登山で
まとめた「駒嶽見聞復命書」のなかに「濃ヶ池の水は毒水といわれ
ているが、飲んでみたら何ともなかった」とか「山中で大声を出す
と山が荒れるといわれるが、鉄砲を撃ち大声をあげても何の変化も
なかった」などと書かれています(「信州山岳百科」)。

私も大声を出してみました。また池の水でウイスキーを水割りにし
飲みましたがまだ生きています。

▼【データ】
【所在地】
・長野県伊那郡宮田村。JR飯田線駒ヶ根駅からロープウエイ千畳
敷からバス、歩いて1時間30分で濃ヶ池。地形図に池名と湖沼の記
号のみ記載。付近に何も記載なし

【位置】
・濃ヶ池:北緯35度47分41.75秒、東経137度48分59.1秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「木曽駒ヶ岳(飯田)」

【山行】中央アルプス縦走
・某年(平成2)9月22日(土・晴れ)探訪

【参考】
・「信州山岳百科2」(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)
・「日本の民話・10」(信濃・越中編)「信濃の民話」編集委員会(未
来社)1974年(昭和49)
・「山の伝説」日本アルプス編(青木純二)(丁未出版)1930年(昭
和5)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよた 時】

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