山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画っ展】とよだ 時

▼189号 「北ア・立山の天狗伝説」

【簡略文】
立山にも天狗伝説があります。弥陀ヶ原東部の溶岩台地を天狗平、
その南に天狗山もあります。立山信仰のいいつたえに「参詣人の
不敬、慢心の者には天狗が怒り、石を投げる」とあります。天狗
の名は立山縄乗坊。しかし不敬・慢心など何のそのの世の中、い
まはさっぱりあらわれなくなってしいました。・富山県立山町。

【本文】は下記にあります。

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▼189号 「北ア・立山の天狗伝説」

【本文】
 北アルプス立山にも、天狗がすんでいることになっています。
弥陀ヶ原東部の溶岩台地を天狗平、その南側の山を天狗山といい
ます。立山信仰のいいつたえに「参詣人の不敬、慢心の者には天
狗が怒り、石を投げる」とあります。天狗の名は立山縄乗坊(し
じょうぼう)と呼ばれています。

 『甲子夜話』(かっしやわ)(1821年・江戸時代文政4年起稿)
という本の(巻七十三)に、ある時、千葉県上総(かずさ)の源
左衛門という人が天狗にさらわれました。そしてここ立山にある
大きな洞窟(穴は石川県の白山まで通じているという)に連れこ
まれた話が載っています。

 立山は、主峰の雄山(おやま)、大汝山(おおなんじやま)、富
士ノ折立(おりたて)の三峰をとくに「立山三山」といっていま
す。雄山山頂には雄山神社奥宮(立山権現)があります。祭られ
ている神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と刀尾(たちお)天神
という神さまです。

 立山権現などと、よくいわれる「権現」とは、聞きかじりによ
れば「平安時代におこった本地垂迹説(ほんぢすいじゃくせつ)
という説によるもので、日本の神は仏や菩薩が人々を救うために
権(かり・仮)に神の姿になってあらわれているものだとしてい
ます。

 それによれば、伊邪那岐命の本地仏(ほんぢぶつ・本当の姿の
仏さま)は阿弥陀如来だといいます。また立山信仰にとって重要
な神刀尾天神(たちおてんじん)の本地仏は不動明王になるそう
です。さらに刀尾天天神は剱岳の地主神でもあり、天岩戸を開け
た力持ちの手力雄命(たぢからおのみこと)のことだそうです。
話が難しくなってきました。

 もともとこの立山を開山したのは佐伯有頼(さえきありより・
のちの慈興上人(じこうじょうにん)、実際は約200年後の延喜年
間の人)という人(大宝元年・701開山)だとされています。その
あと修験道が確立し、天台宗、真言宗の修験者たちにより、下記
のようにそれぞれ立山への入峰(にゅうぶ)の道が作られます。

 富山県中新川郡立山町(合併なし)から東へ向かって突き上げ
る常願寺川に沿って、岩峅寺(いわくらじ)から芦峅寺(あしく
らじ)という所を経由して雄山に登る道は天台宗の人たちが通っ
た入峰の道。一方、富山県中新川郡上市町大岩にある大岩山日石
寺を拠点とする真言宗は、馬場島(ばんばじま)から大日岳に登
るコースだそうです。(天台宗の修験でも芦峅寺から大日岳の順路
で入峰した)。このコースは不思議なことにどちらも剱岳は避けて
います。剱岳は、近世末までは立ち入ることはタブーの山だった
からだそうです。

 それでも登りたがる人間はいたらしく、天保9年(1838)ごろ、
加賀前田藩士の増(松)崎藤左衛門という人が剱岳へ登ったという
記録があります。しかし、その帰途に急死しているという(登る
のは藩命違反だということでお上に処分されたらしい)。同じころ、
修験者の快天(かいてん)も登頂したそうですが、自分の手柄と
して自慢して歩いたため地元の村人に虐殺されたと聞きます。

 こんな中でも、このタブーの山、しかも「裏剱」(うらつるぎ)
の仙人谷洞窟で修行した行者がいたというから驚きです。さらに
南北朝時代の作と思われる仏像が洞窟で見つかってもいます。仏
像は大日如来の座像らしいというから、たぶん真言系の修験者で
はないかといわれています。

 下って明治40(1907)年、柴崎芳太郎が測量のため登山した時、
剱岳山頂で、銅製錫杖頭と鉄剣を発見。さらに山頂わきの石窟の
中に木炭も見つけている話は有名です。柴崎芳太郎が見つけたそ
の錫杖頭は、8世紀代のものといいますから、こんな大昔から剱
岳山頂わきの石窟は、籠山修行の場だったのですね。

 そんなに古くから盛んだった修験道場の立山、剱岳あたりに天
狗がいないわけがなく、いろいろな天狗ばなしが伝わっています。
しかし、いまではシーズンになると押すな押すなの登山者たち。
雄山神社は本殿に入るのに入場料をとられ、剱岳山頂では、祠に
よりかかって昼寝をするやから、小宴会をやらかすパーティまで
いて、記念写真もままなりません。そんな有りさまにあきれかえ
ったのか、いまでは天狗の姿も見かけなく、文献を調べてもサッ
パリ出て来ないようです。



▼立山室堂【データ】
【山名・地名】室堂平バスターミナル。室堂は立山の信仰登山のた
め、1695年(元禄8)に金沢藩の参籠所としてつくられた。のち享
保年間(1716〜36)に山小屋になった。わが国で最も古い山小屋。

★【所在地】
・富山県中新川郡立山町町。富山地方鉄道立山線立山駅の東14キロ。
富山地方鉄道立山駅からケーブル、美女平駅からバス、立山室堂平。
電子基準点(標高2441.24m)と電子基準点(付)(標高2432.55m)
ある。

・地形図に室堂平、室堂ターミナル、自然保護センター、郵便局記
号、病院建物記号、交番建物記号、官公署建物記号、電子基準点記
号とその標高(2432.6m)の記載あり。

★【位置】
・電子基準点:【緯度経度】(三角点位置・北緯36度34分37.17秒、
東経137度35分45.47秒)

★【地図】
・2万5千分の1地形図「立山(高山)」



▼【参考文献】
・東洋文庫『甲子夜話・5』(松浦靜山著)校訂・中村幸彦ほか(平
凡社)1989年(昭和64):『甲子夜話』(巻七十三・六)
・『角川日本地名大辞典16・富山県』坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)
・『山岳宗教史研究叢書・16』五木重編著(名著出版)1981年(昭
和56)
・『図聚天狗列伝・東日本編』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

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