伝説伝承の山旅通信【ひとり画っ展】とよだ 時

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1078号信仰と伝承・茨城県加波山天中坊天狗

【略文】
茨城県にある加波山は、大昔、日本武尊が東征のため訪れた時、こ
こに祠を建てたのが信仰のはじまりらしい。加波山には四十八天狗
がいるという。なかでも大物天狗は、岩切大神天狗と天中坊天狗。
天中坊は、加波山神社の宮司が、霊媒能力があるという少女に祈
って貰ってあらわれた天狗だということです。
・茨城県桜川市真壁町と同県石岡市旧八郷町との境。

【本文】
 茨城県にある加波山(かばさん)は、筑波山・足尾山と合わせ
て「常陸(ひたち)三山」と呼ばれています。この山にはまた神母
山・樺山・加葉山の別名もあるそうです。大昔、日本武尊(やまと
たけるのみこと)が東征のため訪れた時、ここに祠(ほこら)を建
てたのが信仰のはじまりらしい。

 この山は、709mと標高は低いですが、中世は修験の霊場として
栄えたところ。奇岩岩窟の中に加波山岩屋禅定(ぜんじょう)の
修行場があちこちにあります。いまでも加波山禅定は行われてい
て、白衣、わらじ履きの行者が金剛杖をついて、六根清浄(ろっこ
んしょうじょう)を唱え、山中の霊場をめぐる修行が行われていま
す。

 ここにまつる神を加波山大権現といい、明治の初めまでは、神社
を管理する別当寺として文殊院というお寺がありました。しかし、
江戸時代後期の弘化3年(1846)に火事にあい、また、明治はじめ
の神仏分離令で、お寺から加波山神社と改めました。いま加波山神
社には中宮、本宮、親宮の加波山三社があり、社務所を兼ねた宿坊
もあります。

 里宮は八郷町にあり、祭神は国常立命(くにとこたちのみこと)
ほか。ご利益は、農耕・大漁・火災盗難予防・疫病退治などだとい
う。加波山の名は、ここにまつってある加波山神社・加波山三枝祇
神社(かばさんさえなずみじんじゃ)の庭・神の庭(神庭・かんば)
がなまってカバサンになったとの説があります。

 この山はまた、1884年(明治17)、政府転覆をはかった「加波山
事件」では、自由民権運動の富安正安ら16人が爆弾を持って「自
由の魁(さきがけ)」などの幟(のぼり)を掲げてこの山に立てこ
もりました。いまもこの幟を立てた旗立石が山頂に残っています。
またこの山の山頂近くには加波山たばこ神社という珍しい神社があ
ります。

 ここにまつられる神々は、山ノ神の元締めである大山祇神(おお
やまづみのかみ)、野の神の鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)が
主神。そのほか生産の神である大国主命(おおくにぬしのみこと・
大黒さま)などとともに八雷神(はちらいじん)がいます。

 八雷神は落雷やタバコの成育に害のある雹(ひょう)を降らせ
る雲を払うとされ、ふもとのタバコ栽培農家の信仰を集めた神だ
そうです。八雷神をまつることから、昭和33年に神奈川県丹沢大
山阿夫利(あふり)神社(祭神が雷神)を勧請(かんじょう)して
います。毎年9月5日にはキセル祭りも行われています。

 そのときのキセルは長さ3.6m、火皿の直径25センチ、深さ50
センチ、重さ60キロの巨大なものだという。肩にある加波山神社
でがん首に刻みたばこを詰めて火つけの儀式が行われます。それか
ら紫煙をくゆらせながら、さらに上部のたばこ神社に急坂を担ぎ上
げ奉納。

 そしてことしのタバコの豊作を感謝し、来年の豊作を祈る行事だ
そうです。いまタバコは、健康的にもいまいちかんばしくいわれて
はいませんが、江戸時代には薬だったという。血止めに、また万病
に効くといわれ、長寿薬に使われていたという。そのせいか、たば
こ神社は栃木県芳賀郡茂木町、福島県田村郡小野町など全国に7社
もあります。

 一方、ここも天狗の山としても知られる所。江戸時代の国学者平
田篤胤(あつたね)も「加波山には四十八天狗」がいると『仙境異
聞(せんきょういぶん)』という本に書いています。江戸後期の話
です。下谷の長屋に寅吉と呼ぶ、天狗にさらわれて茨城県岩間山に
連れて行かれ、しばらく天狗と一緒に生活したという不思議な少年
がいました。

 それを伝え聞いた平田篤胤(あつたね)は毎日のように寅吉のと
ころに通い、話を聞き本にまとめました。それによると、筑波山
塊の天狗は3つに大別され、「岩間山には十三天狗、筑波山には三
十六天狗、加波山には四十八天狗」がいるという。岩間の杉山僧
正も天に祈るときにはわざわざ加波山に行くという。加波山が一
番の神秘な郷だというのです。

 加波山にいる天狗の中でも名前をもっている大物は、岩切大神
天狗と天中坊(てんちゅうぼう)天狗だという。岩切大神は、加
波山にかくれて見えない加波隠れ山と呼ばれる燕岳の谷間に建つ
天狗祠の主(ぬし)だという(山旅【画っ展】607号参照)。

 また片方の加波山天中坊は、ふもとの里宮、加波山天中社がま
つる天狗。加波山天中社には、昔から岩切大神とは違う天狗がい
るといわれていましたが、どういうわけか名前が分からなくなっ
ていたという。ところが、1963年(昭和38)になったある日、加
波山神社の宮司が、霊媒能力があるという少女に祈って貰ったと
ころ、天狗の名前は天中坊だと分かったというのです。

 そう大昔のことではないようです。霊媒少女が祈りのなかで見
た姿は、次のようだったといいます。「天中坊は身長約七尺(約2.1
m)、顔はやや丸く、耳が大きくて、遠くの声をよく聞き分ける。
高声で顎髭長く、眼はやさしいが眼底に光を発す。姿は頭に兜巾
(ときん)をつけた山伏風で、兜巾の頭上に何かの形があり、顎
で結んだ紐は赤い。

 左手に鉾をもち、右手は印を結んだ形で、背には鳥の羽の光被
(こうひ・光がおおう)着用し、法衣は鮮やかな海水色で、綿織
りである。袴は青紫色で、特殊な帯で結んである」(『図聚天狗列
伝・東日本編』)。

 この話が「心霊研究」という雑誌に掲載されているといいます。
記事は、「多くの天狗は人間界から入るが、天中坊は天の霊気によ
って生まれたとのことだ」と結んでいます。しかも少女が祈って
あらわれた、天中坊天狗の姿を直接見た人たちも、全く同じ姿だ
ったというのです。

 その人たちは心霊界でも名のある人たちでした。こんなことが
あるのですねえ。「天中坊は天の霊気によって生まれた」というの
は山神系の天狗であり、もうひとりの天狗・岩切大神が加波山の
第一天狗とすれば、天中坊天狗は、加波山の地主神ではないかと、
研究者は見ています。

 ちなみに、加波山山頂付近には、3つの加波山神社の本殿と拝
殿が個別にあり、里宮も別々にあって、加波山神社が多くあります。
それもそのはず、加波山に鎮座する神社は複雑で、江戸時代までは、
「加波山大権現」というひとつの神社として扱われていました。そ
のなかに中宮、本宮、新院があって、神宮を文殊院というお寺が治
め、本宮を正幢院(しょうとういん)、新宮を円鏡院という寺院が
治めて、それぞれ神仏習合として3社に分立していました。

 しかし明治の神仏分離令による廃仏棄釈の影響もあり、3つの神
社に独立しました。いまは、加波山神社、加波山神社本宮、加波山
神社親宮と呼ばれる3社になり、いずれも加波山神社なのだそうで
す。正式には、加波山神社とは、加波山神社中宮あるいは加波山神
社天中宮というそうです。

 また加波山神社本宮は、加波山三枝祇(さえなずみ)神社本宮で
す。 同じく加波山神社親宮は、加波山三枝祇(さえなづみ)神社
親宮のことをいうのだそうです(「つくば新聞社」)。その上、加波
山神社と加波山三枝祇神社は対立しているときたもんだ。神社名称
でも加波山三枝祇神社が、加波山神社本宮を自称するなど複雑であ
るというから、われらシロウトには手に負えません。

 加波山のふもとに伝わる伝説です。その昔、ある役人が山のふも
とにきたとき、一軒の家で娘と両親が泣いています。事情を聞いて
みると「この村では毎年、化け物に娘をひとり差し出すことになっ
ています。ことしは自分の娘がその順番なのです」という。役人は、
化け物の様子をお宮の中に隠れて見ることにしました。

 真夜中になると白い大きな化け物があらわれました。化け物は「丹
波(たんば)の国のシッペイ太郎に知らせるな。ドッドコドノド」
と歌いながら踊りはじめました。そして夜が明けるとどこかへ帰っ
ていきました。化け物は丹波(たんば)の国(京都府中部と兵庫県
の一部)のシッペイ太郎というのを怖がっているらしい。

 役人は丹波の国へシッペイ太郎を探しに行きました。あちこちと
探しましたがなかなか見つかりません。最後の日に入った家に、シ
ッペイ太郎という大きな犬がいるのを見つけました。役人はその犬
を連れて加波山のふもとの家に帰りました。早速、娘を入れる箱に、
役人とシッペイ太郎が入ると、村人たちがお宮に運んでいきました。

 夜中になり、箱をかこんで化け物たちが歌い、踊りはじめました。
しばらくすると化け物たちが箱を開けました。そのせつな、犬のシ
ッペイ太郎が箱から飛び出し大暴れ、化け物たちを残らずかみ殺し
ました。役人が箱から出てみるとそこには大きな白猿が死んでいた
ということです。

▼加波山【データ】
★【所在地】
・茨城県桜川市真壁町(旧真壁郡真壁町)と同県石岡市旧八郷町
各地区名(旧新治郡八郷町)との境。水戸線羽黒駅の南6キロ。
加波山。三等三角点(標高709.0m)がある。

★【位置】
・三角点:北緯36度17分55.75秒、東経140度08分37.15秒

★【地図】
・2万5千分の1地形図「加波山(水戸)」

▼【山行】
・某年3月2日(日)晴れ

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典8・茨城県」杉山博ほか編(角川書店)1983
年(昭和58)
・『産業の神々」林正巳(東京書籍)1981年(昭和56)
・加波山神社パンフ
・『古代山岳信仰遺跡の研究」大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
・『山岳宗教史研究叢書6・山岳宗教と民間信仰の研究』桜井徳太
郎(名著出版)1976年(昭和51)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『図聚天狗列伝・東日本編』知切光歳(三樹書房)1977年(昭和52)
・『仙境異聞・勝五郎再生記聞』平田篤胤著・子安宣邦校注(岩波
書店)2018年(平成30)
・『祖神・守護神」川口謙二(東京美術)1979年(昭和54)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本歴史地名大系8・茨城県の地名」(平凡社)1982年(昭和57)

 

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