伝説伝承の山旅通信【ひとり画っ展】とよだ 時

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1069号幻の生物・各地の山にあらわれた雷獣

【説明略文】
山には昔から不思議な生物がいたらしい。雷が落ちたところに必
ずあらわれる獣がいて雷獣といいました。各地の山の記録ではタ
ヌキやハクビシンのような姿だったといいます。この動物を捕ま
えて食ったという記録もあり、その味はフカの刺身のようだとも、
雲くさくて味がなかった、またホシザメのようで美味だったとも。
捕まえられた雷獣は見せ物にもなっていたらしい。なかには酒好
きの雷獣もいたようです。

1069号幻の生物・各地の山にあらわれた雷獣

【本文】
 山には昔から何か、今はいない生物がいたらしく、山人(やまう
ど)、鬼、仙人、怪人、天狗などなどが、いろいろな本に出てきま
す。今回取り上げる「雷獣」もそのひとつ。山梨県天目山、神奈
川県大山、八ヶ岳の北端蓼科山、房総では御殿山・富山・二ツ山
などに出没した記録が残っています。そのほか町や村にも落ちて
きた記述もあります。

 雷獣は、雷が落ちたところにあらわれる生物で、捕まえて食べ
たという記録もあります。その形は、タヌキのようでもあり、テ
ン、イタチ、アナグマ、ハクビシンなどなどに似ているとかいな
いとか、それぞれの文献でさまざまです。

 雷獣は自体が雷神だとか、また雷神のお使いや眷属だなどいろ
いろな考え方があったようです。また雷獣は雲の中にいて、太鼓
をたたく雷神の手伝いをするとか、もともとは地上にいて、雷が
鳴るときに雷神のいる天に昇り落雷の時、炎に包まれて落ちてく
るといいます。

 落ちた場所には火の気だけでなく、獣の毛や爪あとまであると
いうから本当らしく聞こえてきます。そのほかに、雷獣は夏は岩
の上にいて雷雲がくるとその中に飛び込むのだとか、穴から首を
出して雲を待ち、それに乗り移ると中を駆けまわって雷といっし
ょに地上に落ちてくるともいいます。

 そして秋になると雷獣は地下に入り、冬もそのまま穴のなかに
いるという。なかには酒好きの雷獣もいたようで、名古屋真福寺
で見た木狗(雷獣のこと)は、「よく酒を飲み手にして盃を捧げて
吸ふ、其(の)行静にして愛すべき獣なりけり」(『塩尻』)とあり
ます(「雷獣考」)。これはきっと酒好きの人が書いたのでしょうネ。

 雷獣の方言もいろいろで、けりそり(栃木県)、千年鼬(いたち
・長野県)、雷牝(らいひん・不詳)、クロンボウ(木狗・岡山県
の西部から南東部、高知県)、クロ(東北)、キテン(奈良県)な
どと呼んだそうです。次ぎに雷獣があらわれた山々を書き出して
みます。

 まず山梨県天目山(てんもくざん)の雷獣の話です。天目山とは、
甲州市大和町木賊にある栖雲寺の裏の奥山あたり。甲斐武田家の第
20代当主武田勝頼が山ろくの田野村で自害、武田氏が滅亡した地
として有名です。

 そこで捕らえられた雷獣を、江戸鮫ヶ橋北町の和泉屋吉五郎とい
う人が、鉄製の籠に入れて飼っていました。「其(その)かたちを
見るに土龍(もぐら)の蠢(うごめ)くが如く狢(むじな)に似て
胸より腹の体?鼠(ムササビ)の如し」と『類聚名物考』という江
戸時代の百科事典にあります。

 一方、神奈川県の大山に落ちた雷獣は、「明和2年(1765・江戸
後半期)7月下旬、大山で雷のあと、雨雲が去ったあとに一匹の
獣がいた。大きなイタチのようで、少し黒い色をしていた。頭か
ら尾っぽにまでの長さは二尺五、六寸(75センチくらい)。捕まえ
て東京両国橋で見せ物にしたと(『震雷記(雷震記とも)』にあり
ます。さらに同書の別項には、「雷獣を食ってみたが味は、星鮫(ホ
シザメ )のようで、はなはだ美味」だったそうです。

 また北八ツの蓼科山の雷獣は、「夏雷雨の起る時、小獣嚴に、あ
らは(わ)れ雲を望み、飛(ん)で雲に入(る)。其(の)勢ひ、
絲(より糸)を引(く)ごとく火を顕(あらわ)し、數十疋(ひき)
須臾(しゅゆ・しばらく)の間に、雲に飛(び)入(る)やいなや、
夕立して雷鳴する。…

 …あるとし、何としたりけん、此(の)小獣夕立のゝち、山より
死して流れいづるを、人こぞりて取(り)あげ(て)、みるに、か
の獣なり。しかも二疋あり」(『遠山奇談』後篇)。とあってさらに、
「小犬のようで灰色。体の毛は松葉のようにとがり、手を添える
と痛い。頭が長く鳥のようにくちばしがある。尾は狐のもののよう
にふっさりとして爪は鷹よりも鋭い」とあり、想像もつかない姿で
す。

 また捕まえた雷獣を食べたという話もたくさんあります。栃木県
烏山あたりでは、畑に芋を植えると、雷獣が掘って食ってしまうた
め、農民が捕まえて食ったそうです(『北窓瑳談』)。秋田では、「あ
る日、雷鳴が激しくなって落雷した。乱暴な気性な男が、雷と一緒
に落ちてきてウロウロしている雷獣を見つけ、捕まえて煮て食った」
といいます(『甲子夜話』)。

 秋田で食った雷獣はアナグマのような味がしたらしい。また高知
県では、「その味鱶(ふか)の刺身のごとし。雷獣を食った人は、
雷を恐れないといわれる」と書く本もあります(『扶桑雷除考』)。「雲
くさくて味なし」(『あづまかひ』)との報告も。「雲くさい」ってど
んな臭さでしょう?

 さてこの雷獣とされる動物は何なのでしょうか。研究者はおおざ
っぱにいって、ハクビシン、イタチ、テン、アナグマ、カワウソ、
リス、ムササビ、イヌ、オオカミなどではないかとしています。ナ
ンダ、そうなるとあまりに現実的。夢もしぼんで、ちょとがっかり
します。

 しかし最近、「漁師たちの中には、雷獣は戦前の時代から野生し
ていたのに、学者たちが気づかなかったのだといいはるものがもの
がいた」(「雷獣考」)という文書を見つけました。へえ、こうなる
と、まだまだロマンはつづきそうですネ。

▼【参考文献】
・『甲子夜話1』松浦靜山(東洋文庫)校訂中村幸彦ほか(平凡社)
1989年(昭和64)
・『閑田次筆』伴蒿蹊(出版野田次兵衛ほか)1806年(文化3)(国
立国会図書館デジタルコレクション)
・『玄同放言』滝沢馬琴:日本随筆大成編輯部『日本随筆大成〈第
一期〉5』(吉川弘文館、1975年)
・『駿国雑志』阿部正信(吉見書店)明治42(1909)年〜明治45(1912)
年(国立国会図書館デジタルコレクション)
・『駿国雑志』(阿部正信)1843年(天保14):復刻版全4巻(吉見
書店)1977年(昭和52)。
・『震雷記(雷震記)』(しんらいき)後藤光生(東都須原屋茂兵衛)
明和4(1767)『国書総目録』所収1(国立国会図書館電子デジタル)
・『世界大百科事典31』(平凡社)1974年(昭和49)
・『遠山奇談』巻之四(華誘居士):『日本庶民生活史料集成』第16
巻(山一書房)1989年(平成元)
・『日本大百科全書・5』(小学館)1985年(昭和60)
・『日本未確認生物事典』笠間良彦(柏美術出版)1994年(平成6)
・『扶桑雷除考』寺田正晴ほか(出版者:寺田佐助)江戸中期の元
文2年(1737)(国立国会図書館デジタルコレクション)
・『房総雑記』(楓江・嶺田雋士徳著)明治16(1883)年:『房総叢
書2巻』(第2輯)(編集兼発行者・房総叢書刊行会)大正3(1914)

・『松屋筆記』小山田与清 著(国書刊行会)1908年(明治41)(国
立国会図書館デジタルコレクション)
・『耳嚢』(耳袋)巻之六(根岸鎮衛)1814年(文化11):(『日本庶
民生活史料集成・16』鈴木棠三ほか編(三一書房)1989年(平成
1)
・「雷獣考」(比較民俗研究21)吉岡郁夫
・『類聚名物考』山岡浚明(まつあけ)(近藤活版所)明治36(1903)
年(国立国会図書館電子デジタル)
・『和漢三才図会』寺島良安:(東洋文庫)『和漢三才図会・1』島
田勇雄ほか訳(平凡社)1988年(昭和63)
・『和訓栞』谷川士清(ことすが)著(岐阜成美堂蔵版・二)明治31
(1898)年

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画文
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 (主に画文著作で活動)
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