山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼097号 「房総・伊予ヶ岳の天狗ばなし」

【概略】
昔、伊予ヶ岳には天狗が住んでいたという。千倉の小松寺の落成祝
いの稚児舞いの子どもが天狗にさらわれた。そして遠く離れたここ
伊予ヶ岳で見つかったという。ある初夏、梅雨時有志で清掃登山。
クズかごをひっくりかえし中のゴミをさらっていると、でっかいム
カデがとび出した。
・千葉県富山町

▼097号 「房総・伊予ヶ岳の天狗ばなし」

▼山旅漫歩゚【ひとり画展】097号
「房総・伊予ヶ岳の天狗ばなし」
房総半島南部に位置する伊予ヶ岳(337m)は、千葉県内ではめず
らしい岩山です。伊予ヶ岳の名は、伊予(愛媛県)の大岳(石鎚山)
とは関係があるとの説があります。

なるほど安房地方は和歌山県や四国との交わりが深く、共通した地
名も多くあります。ここは上州妙義山にちなみ「安房妙義」の異名
もあります。

また雨乞いの山でもあります。昔、伊予ヶ岳には天狗が住んでいた
という。921年(延喜21)というから平安時代も前半。あの菅原道
真公のたたりがどうのこうのという数年前の話です。

安房の国司小松民部正寿が千倉に小松寺を建立し落成祝いの真っ最
中。突然、稚児舞いをしていた息子の千代若が天狗にさらわれまし
た。そして遠く離れたここ伊予ヶ岳で遺体が見つかったというので
す。

天狗話にはこんな話もあります。その昔、伊予ヶ岳のふもに定さん
という作男が住んでいました。定さんは伊予ヶ岳の天狗と懇意にな
っていたという。夜になると、定さんは伊予ヶ岳に登って、頂上の
岩の上で村の灯りを見ながら天狗と話をしていました。

あるとき、天狗が赤い鼻をヒクヒク動かしながら、「オレは一晩で
四国香川県の像頭山(ぞうずさん)まで行って来られるゾ」といい
いました。定さんは驚いて、「そんなことができるかい」といって
否定しました。

すると天狗は「ヨシッ」っというと同時に、羽音高く飛び上がって、
大きなうちわで夜空を仰ぎながら、しだいに小さくなりかなたに消
えていったという。ひとり取り残された定さんは、待っていても仕
方がないので、家に帰って寝てしまいました。

ふと、定さんは格子戸を叩く音に目をさましました。見ると枕元に
四国の金琴平山の金毘羅大権現のお札が置いてあるではありません
か。あの天狗はやっぱり四国の像頭山へ行ってきたんだ。すっかり
天狗にお見それした定さんはそれからというもの、伊予ヶ岳でほら
貝を吹いて天狗に奉仕したといいます。

このようにこの山は天狗の話が多くあり、毎晩のように山頂から天
狗の話し声が聞こえ、一番鶏の鳴くまで続くという言い伝えもあり
ます。山頂の石祠は少比名命(すくなひこのみこと・少彦名命)の
祠とも浅間祠ともいわれています。

梅雨時の伊予ヶ岳。有志で清掃登山が行われました。黒く熟れたク
ワの実をほおばりながら雑草の生えた登山道に捨てられたゴミ拾
い。休憩所のベンチ脇にあるクズかごをひっくりかえし、中のゴミ
をさらいます。突然でっかいムカデがとび出してきました。

全身真っ赤な大ムカデはわらわらと生い茂った草むらに消えていき
ました。蒸し暑くどんよりとした天気。伊予ヶ岳の天狗がご機嫌な
なめなのか、雨乞いの山のせいなのか、雷の音がゴロゴロしつこく
鳴っていました。


▼【データ】
★【山名】・伊予(愛媛県)の大岳(石鎚山)とは関係があるとの説。
上州妙義山にちなみ「安房妙義」の異名もある。

★【所在地】
・千葉県南房総市富山地区(旧安房郡富山町)。JR内房線岩井駅
からバス、天神郷バス停から歩いて1時間で伊予ヶ岳。二等三角点
(336.56m)がある。地形図に山名と三角点の標高の記載あり。

★【地図】
・2万5千分の1地形図「金束(横須賀)」(国土地理院「地図閲覧
サービス」から検索)。5万分の1地形図「横須賀−那古」(「電子
国土ポータルWebシステム」から検索)

★【参考】
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『角川日本地名大辞典12・千葉』川村優ほか編(角川書店)1984
年(昭和59)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『房総の伝説』平野馨著(第一法規刊)1976年(昭和51)
・『房総の山』千葉県山岳連盟(千秋社)1977年(昭和52)

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山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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