【日本百名山の伝説・神話】

▼(073)天城山「天狗兄弟と下田富士の屏風」

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▼【本文】

★【天城山とは】
 天城山とは天城山地の総称で、ふつうは主峰の万三郎
岳(1405.3m)、万二郎岳(1299m)をいうそうです。
広い意味では、天城西山稜の達磨山や猫越岳(ねっこだ
け)をはじめ、南豆の猿山、長九郎山、婆娑羅山(ばさ
らやま)まで天城山なのだそうです。

 そもそも伊豆の山々山は、雨が多いため森林の生育が
よく、古くから林業が盛んだったそうです。マツ、スギ、
ヒノキ、モミ、ツガ、ケヤキ、サクラは「天城七木」と
呼ばれ、とくにスギの美林が多いことで知られています。
シラスタの大杉やオバケ杉などの名跡もあります。江戸
時代には御料林となり森林を保護、いまも国有林とされ
原生林が残っています。

 万三郎岳西にある「カワゴ平」のふもとの「筏場」と
いう所には、神代杉が埋もれているそうです。こうした
神代杉は、地下に何千年も閉じこめられていたので、水
分をたっぷり含み柔らかいといいます。その上、木目が
美しく出るため、工芸品やインテリアなどに珍重されて
います。昭和57年(1982)に掘りだした神代杉は、樹
齢350年あまりで、直径160センチもあったそうです。

★【山名】
 天城山は、天城山地、甘木(天木)、尼木山(あまぎ
やま)などとも呼ばれます。また古く狩野(かの)山(『吾
妻鏡』)と呼ばれていました。ここに出てくる「あまぎ」
とは甘木のことで、ヤマアジサイとその変種のアマチャ
の一種をいいます。したがって天城(甘木)山とは、甘
茶をつくるための「アマギアマチャ」を多く産するため
に名づけられた山です。

 天城(甘木)山説は、江戸時代に出版された『増訂豆
州志稿』に由来するといいます。同書「按ズルニ、天城
ノ称ハ甘木ノ義ニシテ、山中多ク土常山(アマチャ)ヲ
産スルヨリ起レルナラム。全山樹木鬱蒼、頗(すこぶ)
ル良材ニ富ム、鎌倉幕府ノ時ヨリ材木ヲ出ダシ」と出て
います。

 またそのほかの山名由来にはこの山で、漢方薬の原料
「カンゾウ」が採れたからとか、アイヌ語の焼いたアシ
からの変化したものだとの説もあります。さらに天の城
と書く「天城」という文字から、「高くそびえる天の城」
の意味だなどの由来説があるそうです。

★【役行者】
 天城(甘木)山は、修験道の祖・役行者(えんのぎょ
うじゃ)にも関係のある山です。『役行者本記』(室町
時代?発行)には、行者41歳の時、伊勢から足柄を通
って「雨降(丹沢大山)、箱根、天木(甘木、天城山)
走湯山」など巡ったとあります。

 さらに66歳の時には、伊豆大島に流され、「此(ここ)
ニイルコト三年、昼ハ禁ヲ守リ夜ハ天木(あまぎ)、走
湯、箱根、雨降、日向、八菅、江島(えのしま)、日金、
富士山ニ通ヒ、毎晩暁時島ニ帰ル」(図聚天狗列伝・西
日本)とあり、この天城山には何回も来ているようです。

★【万二・万三郎岳】
 さて、天城山の主峰万三郎岳(ばんざぶろうだけ)は、
異名に伴三郎岳、大峰(おおみね)、大岳(おおだけ)
などがあります。伊豆半島の最高峰でもあり、山頂には
一等三角点の標石があります。まわりには潅木が茂り、
眺望をさえぎっています。すぐとなりに万二郎岳(1299
m)があって、山頂は樹林に囲まれ展望はありませんが、
小さなドウダンツツジの花が登山者を癒してくれます。

★【天狗伝説】
 山で天狗伝説はまぬがれません。この万二郎岳、万三
郎岳は、マタギの祖先と伝えられる盤司盤三郎伝説に関
連があるとされています(各地に同様の伝説がある)。
この山にはそれぞれに万二郎坊、万三郎坊という名前の
天狗の兄弟がすんでいるらしい。標高の高い万三郎岳に
すむ万三郎坊天狗が兄で、低い方の万二郎岳にすむ万二
郎坊天狗が弟だといいます。人間とは名前のつけかたが
逆のようです。

 里人はこの兄弟を仲のよい天狗だといっているそうで
す。天城山が雲におおわれて、雨が降り出す日などには
「万三郎さまたち兄弟は、さぞかしうっとうしいかんべ
え」とか、よく晴れた日には「兄弟で水浴びか相撲でも
取ってござるべ」とか話題にしているといいます。この
水浴びをするところが、万三郎岳と天城峠のちょうど間
にある「八丁の池」です。

 ここで、木こりや炭焼が時どき兄弟がくつろいでいる
姿を見かけたという話も残っています。また、兄弟が相
撲をとるところが、万二郎岳にある「天狗の土俵場」と
いう場所。いまもそこだけ木が生えなく、まるく落ち葉
が踏みつけられた平地になっています。

 さらに西伊豆町南部の「弥宜(ねぎ)の畑」(祢宜の
畑温泉がある)と呼ばれるところには、表面が平らにな
った巨石がならんでいます。石の表面に黒と白の斑点が
まるで碁石をならべたように点々と浮き出しており、天
狗の碁盤石と呼んでいます。ここで昔万三郎、万二郎が
囲碁を打ちかけ、そのままになった岩だとされています。
また、河津町の河津七滝に巣くっていた、七頭七尾の大
蛇を退治したのはこの兄弟天狗だっとのといい伝えもあ
ります。

★【天狗の詫び証文伝説】
 話変わって、天城山の北東ろくの伊東市に、仏現寺と
いうお寺があります。この寺の宝物は「天狗の侘び証文」
だそうです。それは、長さ3mくらいの紙に文字らしい
ものがビッシリ書き込まれたもの。江戸時代前期の万治
(まんじ・1658〜1661年)のころ、柏峠(いまの冷川
〜伊東間)に出没して悪事ばかりしている天狗がいまし
た。

 そこへ修行を積んだ仏現寺の住職日安上人がやってき
て、いたずら天狗を法力で「ギュッ」とした目に合わせ
たのです。どうにもならなくなった天狗は平謝り。そし
て「侘び証文」を書いて許してもらったと伝えます。し
かしいままで、この証文を読めたものは誰もいないとい
います。この天狗は万二郎、万三郎のどちらからしいで
すが、はっきりしません。

★【万太郎岳】
 万二郎、万三郎とあるからには万太郎岳があってもい
いはずです。それがあるのです。これらの山からちょっ
と離れた、伊豆半島北西部にそびえる達磨山(981.9m)
がそれ。山名は、すそ野を広げた姿が立派で、座禅する
達磨大師の姿に似ていることに由来しているらしい。達
磨山は「万太郎」とも「番太郎」ともいいます。この「番
太郎」の名は、『伊豆志稿』に名が出ており、『大日本
地名辞書』には「其の絶頂を番太郎と云い、天狗の住所
と聞けり」とあるが、ひとつの伝承もなく、天狗研究者
は残念がっています。

★【お姉さん富士と妹富士伝説】
 日本一の富士山にからんだ伝説もあります。全国には
自慢の郷土富士がありますが、静岡県下田市にも丘のよ
うな下田富士という山があります。この山は本物の富士
山(駿河富士)のお姉さんだといいます。昔々のその昔、
まだ日本中が国造りの途中で、あちこちに山ができたり
湖ができたりしているころの話だそうです。妹の駿河富
士と、姉の伊豆の下田富士は高さも同じくらいで、仲の
よい姉妹山だったといいます。

 お姉さんの下田富士は、妹の富士山の面倒をよくみて
やっていました。強風が吹けば雲の手を長くのばしてか
ばってやったり、雨が降りそうになるとかさ雲をかけて
やったりと世話をしてやっていました。富士山になびく
細長い雲や「かさ雲」はお姉さんのせいだったのですね。

 しかし成長するにつれ、妹(富士山)は美しく、姉(下
田富士)は醜くくなっていきました。長いすそ野をひい
た端正な形。ほんのりと積もった雪で薄化粧をした山頂
付近。朝日や夕日に照らされて、頬を紅色に染めた妹の
姿はそれはそれは気品がありました。姉は自分の姿とく
らべて次第に妹を嫌いはじめました。姉の下田富士は、
妹の姿が見えないように間に、「天城山」という屏風を
立ててしまいました。

 姉の姿が急に見えなくなって妹の富士山は心配して、
様子をうかがおうと背伸びをします。すると姉は身をか
がめてますます小さくなっていきます。妹は背伸びをし
ながらどんどん大きくなり、とうとういまのような高さ
になってしまいました。こんな話もあります。駿河富士
(木花咲邪比畔命)と下田富士(磐長姫命)と、八丈島
の八丈富士(佐伎多摩比畔命)は三人姉妹山だったとい
います。こうした二人の姉さんたちの様子を見て、八丈
の末娘の富士は、胸をいためているということです。



▼天城山(万三郎岳)【データ】
★【所在地】
・静岡県伊豆市と賀茂郡東伊豆町との境。伊豆急行片瀬白
田駅の北西8キロ。JR伊東線伊東駅からバス、天城高原ゴ
ルフ場停留所下車、さらに歩いて2時間30分で万三郎岳。
一等三角点(1405.6m)がある。

★【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から
・三角点:北緯34度51分46.22秒、東経139度00分6.5秒

★【地図】
・2万5千分1地形図名:「天城山」



▼【参考文献】
・『役行者伝記集成』銭谷武平(東方出版)1994年(平
成6)
・『角川日本地名大辞典22・静岡県』竹内理三編(角川
書店)1982年(昭和57)
・『植物の世界5巻・58号』(週刊朝日百科)(朝日新聞
社)1955年(昭和30)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005
年(平成17)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977
年(昭和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992
年(平成4)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年
(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平
成16)
・『日本伝説大系7・中部』(長野・静岡・愛知・岐阜)
岡部由文ほか(みずうみ書房)1982年(昭和57)
・『日本の伝30・静岡の伝説』武田静澄ほか(角川書店)
1978年(昭和53)
・『日本の民話・7』(遠江・駿河・伊豆編)菅沼五十
一ほか(未来社)1974年(昭和49)
・『日本百名山』(新潮文庫)深田久弥(新潮社)1979
年(昭和54)
・『日本歴史地名大系22・静岡県の地名』若林淳之ほか
(平凡社)2000年(平成12)
・『富士山・史話と伝説』遠藤秀男(名著出版)1988年
(昭和63)
・『名山の文化史』高橋千劔破(河出書房新社)2007年
(平成19)

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