▼山の伝承神話【本文のページ】(04)
【とよだ時】(豊田時男)
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山旅【ひとり画ッ展】
▼箱根「金時山」・源頼光と金太郎
(長文です。拾い読みしてください)
▼箱根「金時山」・源頼光と金太郎
【説明本文】
箱根といえば足柄山。足柄山とは箱根外輪
山の金時山北側斜面一帯山地の総称だそう
で、古代・中世には足柄道が、近世には矢倉
沢往還が通り、箱根の山とともに交通・軍事
上の要地だったといいます。『古事記』(中つ
記・倭建命、足柄の神を殺す条)にも倭建命
(やまとたけるのみこと)が東征の際、足柄
峠山麓の坂本に至るとその坂の神が白い鹿に
なってあらわれたと出てきます。
古代にはこの山の木材が船の材料として利
用され、「続歌林良材集」には、「『相模国風
土記』に云(いう)」として「足軽(アシガ
ラ)山は、此山の杉の木をとりて船をつくる
に、あしの軽き事、他の材にて作れる船にこ
となり。よりてあしからの山と付たり」と、
山名の由来を記しています。
金時山は、江戸時代の文化8年の箱根温泉
の案内書「七湯の枝折」には「足柄八重山公
時山之図」と記され、『新編相模風土記稿』
には猪鼻ヶ嶽(いのはながだけ)あるいは公
時山(きんときやま)とありますが、江戸時
代の史料では「猪鼻ヶ嶽」が一般的で、公時
・金時が混用されていたらしい。
この山で有名なのは金太郎伝説です。丹波
の国大江山の酒呑童子退治で活躍し、源頼光
の四天王のひとりに数えられた坂田公時(金
時)。坂田公時は、平安後期の武士で、「新編
相模風土記稿」によればここから出たとして
います。公時は『今昔物語集』、『古今著聞集』
では、源頼光の郎党のひとりで、36歳のと
き丹波の国大江山の酒呑童子征伐に参加して
活躍し、源頼光の四天王のひとりに数えられ
ています。
その金太郎が初めて源頼光に出会った記事
が『前太平記』という本にあります。『前太
平記』は全40巻からなる戦記物で、元禄5
年(1692)刊とも享和3年(1803)ともいわ
れ、著者についても藤元元という人物とも、
平山素閑(伊勢貞丈の説)ともされるがはっ
きりしていません。
その『前太平記』(巻第十六)「頼光朝臣(あ
そん)上洛(らくの)事付酒田公時(さかた
のきんときが)事」条に源頼光上洛の途中、
足柄山の辺りに赤い雲気があるので、渡部綱
(わたなべのつな)を様子を見に行かせ山姥
親子を発見。岩壁を平気で歩く金太郎を見て
驚き、主君の源頼光に会わせました。
「太守(頼光)見給ひ、其相(さう)の奇
なる事、甚だ驚嘆し給ひて、其(その)姓名
を問ひ給ふ。老嫗(ろうおう)答へて、「天
地の間だに孕(はら)まれて、天の命(めい)
を稟(うく)。何を以てか姓とせん」。太守、
「其(その)童(わらは)は汝が子か。其父
は誰(た)そ」。
老嫗が曰く、「是(これ)我(わが)子な
り。而(しか)も父無し。妾(しゃう)、嘗
(かつ)て此山中に住む事、幾年(いくばく
とし)と云ふことを知らず。一日此巓(いた
だき)に出でゝ寝(い)ねたりしに、夢中に
赤竜(しゃくりゃう)来たって妾(しゃう)
に通ず。其時、雷鳴夥多(をびたゞ)しくし
て驚き覚ぬ。
果たして此子を孕めり。生まれてより廿一
年を経たり。長(ひとゝなる)に及んで、山
嶽(さんがく)をも難しと為(せ)ず、磐石
(ばんじゃく)をも重しと為ず。而(しか)
も其意(こころ)豁如(くわつじょ)たり」。
つまり、ここ箱根足柄山頂で、山姥が赤竜と
交わった夢を見て出来た子だというのです。
そして「誠に公(きみ)に事(つかふまつ)
るに時を得たれば、其名を酒田公時と名乗る
べし」というわけで公時と名づけられ源頼光
の家臣になったとあります。
老嫗がおびただしい雷鳴を聞いたのは赤竜
が雷だからで、金太郎は雷の子だとする説も
あります。金太郎が真っ赤なのと雷の持ち物
である鉞(まさかり)を持っているのはその
ためだとしています。
こうして四天王の一員として、大江山の酒
呑童子征伐など武勇をふるいましたが、一生
妻をめとらず頼光死後は行方不明となり、足
柄山で足跡を絶ったと伝えらています。とこ
ろがこの公時と金太郎との結びつきが不詳だ
というのです。しかもこの話ができたのは室
町時代だというから頼りなくなります。
この説話が記録に出てくるのは江戸末期
『公平(きんぴら)誕生記』という浄瑠璃の
本あたりかららしいといい、平安時代末期に
成立したとされる『今昔物語』に出てくるの
は、坂田という姓もまだない、ただの「公時」。
明治の中期、「金太郎」が小学校の教科書に
載ってからは、金時山の名が定着したらしく
「足柄上郡志」、「足柄下郡史」なども金時山
として記載しています。(『日本歴史地名大系
・神奈川県』)。
しかし、「新編相模風土記稿」によると、
公時という人物は実在したが、その両親は京
の役人で、公時は摂関政治の栄華を極めた権
力者・藤原道長の随臣をつとめ、1017年(寛
仁元)に18歳で死亡しているので金時山と
縁があるとは考えにくいとの説も(「新日本
山岳誌」)。
でもその曖昧さが何ともいいのです。金時
が産湯を使ったという「夕日の滝」、山頂に
ある「踏跨り石」に「宿り石」。さらに金時
が山姥と住んだと伝える「石室」や「手まり
石」から金時娘までが楽しい世界をつくり出
しています。
この山は、山頂のとがった形がイノシシの
鼻に似ているというので一名猪鼻山。山頂に
はふたつの猪鼻神社の石祠があり、それぞれ
祀った村の方を向いています。南麓の金時神
社は坂田の金時を祀り、5月5日の金時祭に
は湯立獅子舞いでにぎわいます。(『角川日本
地名大辞典・神奈川』p332)。
なお蛇足ながら、坂田金時(金平)の荒々
しい強さはその後、金平ゴボウ(堅い、辛い)、
金平糊(ねばり強い)、金平骨(太い、堅い)、
金平娘(おてんば)というように使われたと
いう。これに似た話は、長野県木曽の南木曾
岳(金太郎山)や大町市近くの八坂村にもあ
って、昔は金時伝説は各地にあったと柳田国
男も「山の人生」の中で述べています。
▼金時山【データ】
★【所在地】
・神奈川県南足柄市、足柄下郡箱根町、静岡
県駿東郡小山町との境。JR東海道本線小田
原駅の北北西15キロ。小田原駅からバス仙石
下車、歩いて1時間30分で金時山。三等三角
点(1212.5m)と、金太郎茶屋と金時茶屋が
ある。
★【位置】国土地理院「電子国土ポータルWe
bシステム」から検索
・三等三角点:北緯35度17分22.8秒、東経13
9度00分17.51秒
★【地図】
・2万5千分の1地形図「御殿場(静岡)」&
「関本(横須賀)」(2図葉名と重なる)。
★【山行】
・某年1月11日(金曜日・晴れ)
▼【参考文献】
・『古事記・中つ巻』:新潮日本古典集成「古
事記」西宮一臣校注(新潮社)2005年(平
成17)
・『今昔物語集』:日本古典文学全集24「今
昔物語」(4)馬淵和夫ほか校注・訳(小学館)
1995年
・『神社辞典」白井永治ほか編(東京堂出版)
1986年(昭和61)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ
出版)2005年(平成17)
・『新編相模風土記稿』(巻之二十一 村里部
足柄上郡巻之十 苅野庄):大日本地誌大
系19』新編相模国風土記稿・第1巻』編集
校訂・蘆田伊人(雄山閣)1980年(昭和55)
・『前太平記』:叢書江戸文庫3「前太平記・
上」(巻第1〜巻第20まで収納)のうち巻第
十六「頼光朝臣上洛事付酒田公時事」校訂・
板垣俊一(国書刊行会)1988年(昭和63)
・『日本神話伝説総覧』歴史読本特別増刊
新人物往来社 1992年(平成4)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平
凡社)1992年(平成4)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名』
鈴木棠三ほか(平凡社)1990年(平成2)
・『山の人生』柳田国男:『柳田国男全集・4』
(筑摩文庫)1989年(昭和64・平成1)
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