■まえがき

 私は、千葉県の農村で生まれました。いまでこそ、市になり、都心から30キロ圏内とて、国道が通り車がビユンビユン走っていますが、当時はまだ村。キツネに化かされた話などここかしこ。

 1時問に1、2本のバスがガタガタ走る山ン中。そんな県道沿いに、となりの地区への道すじに「庚申」とか「馬頭観音」と書いた石塔がたくさんならんでいました。もちろん、これが何なのか、どんな意味があるのかはわかりませんでしたが、その神々のまわりでかくれんぼをし、鬼ごっこして育ちました。

 大人になり、好きな山登りに行き、あちこちの農山村でもまつられているのを知りました。そしてそれはまわりの景色に完全に溶けこみ、田園風景の一部になりきっているのに気づさました。

 また、それらに出合うとき、なんとなく心が安らぎ、ホッとする自分を発見しました。そんなことから注意してみると、開発され、昔の術道を削りとり、環状道路が走って見るかげもない近郊農村でも、団地ができ、工場が建った通すじでも、これら石碑、石塔、路傍の神は場所を移され、しめなわ、ご幣でまつられ、大いに健在です。

 そして、登山、バードウォッチング、野草の会などアウトドア派の人たちからも道標がわりに、また路傍の友として親しまれ、敬われさい銭が供えられています。

 でも、それが何なのか、どうして建てたのかになると私などはもちろん、地元の人に聞いても、ただ「昔からあったんだ」ですまされてしまいます。

 そこで機会あるごとに、ホコラ、石仏をスケッチし、私のようなどしろうとにもわかるよう調べてみたいと思いました。そして次第に、この路傍の神々に興味を持ってもらうきっかけになるような楽しい本はできないものかと、ふとどきな事を考えるようになりました。

 しかし如何にせよ、テーマがテーマ、ブームなどに関係のない地味なもの。
ちょっと心配ではありましたが、幸い富民協会の河上定雄理事のご英断で実現することができました。福の神、貧乏神、厄病神までいっしょくた、ただただ
感謝なのであります。

 例によってヤジウマ的オモシロ百科の本、あの説もこの説もというわけで専門家の先生の監修は受けませんでした。文章も専門用語そっちのけ、山村の田畑で話したおばあさんの言葉優先で書きました。

 この本はあくまで路傍の神々に興味を持ってもらう入門書。詳しく調べたい向きはそれぞれの専門書をひもといてください。

 また本の末尾に年号と西暦の一覧表をつけました。先に述べたアウトドア派の人たち、田園志向派、自然愛好派などなど、少しでも民俗神に関心ある人たちが、本書を片手に、石塔うらの年号でも気にするようになっていただければ幸いです。

 あわせてまた、これら路傍の神々たちから田園風景を思い出し、農村に、そしていま、とりざたされている農業問題に、変わりゆく「ふるさと」にちょっとでも思いをはせていただければと考えるのは、欲ばりすぎでしょうか。なお、神々の各項目への分類は筆者の独断と偏見で勝手に行ってあります。

 1989年3月  とよた 時

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第1章野山・田園の神