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CD本『全国の山・天狗ばなし』(09)
【とよだ 時】

 CD本目次
(イラスト本ではありません)

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秋田大平山の三吉神

【概略文】
 新幹線秋田駅の北東にある太平山は、市街から望む姿は高山の趣
があり、郷土の山としても親しまれています。太平山の神は、「太
平山仙人三吉権現」と呼ばれる荒神で、「乱発長爪」、「長柄の樵斧
を持ち」、雲にのった姿の巨大な山人とされています。

 山ろくには、戦国武将で同国の長崎城主藤原三吉という人が、永
井左近将監に攻め滅ぼされ、山中に逃げ込み、神通力を得て、怪人
に化したという話も残っています。

 菅江真澄(江戸時代後期の旅行家)は、三吉とは「山鬼人」の意
味だといい、また巨人ダイダラボッチに関係があるという解釈をす
る人もいるようです。一部では天狗ともされています。また巨人で
力持ち、ひょうきんないたずら者ともされているようです。

 相撲好きな三吉がある時、江戸相撲の横綱秀ノ山と勝負しました。
負けてしまった三吉はたいそう怒って、その夜、秀ノ山の旅宿の下
女に化けて、風呂に入った秀ノ山を、風呂桶ごと持ち上げて降参さ
せた話があります。
・秋田県秋田市と、上小阿仁村の境。
(本文は下記にあります)

秋田大平山の三吉神

【本文】 
 新幹線秋田駅の北東に太平山という山があります。標高は1170
m(奧岳)と、そう高くはありませんが、市街から望む姿は高い山
の趣があり、郷土の山としても親しまれています。ここの中世の領
主は大江(永井)氏(中世秋田郡最大の石高を誇っていた太平郷を
二分していた惣領家)という人だったという。

 太平(おいだら)は、その大江平(おおえだいら)だとする説(久
保田能落穂)、また狼平(おおいぬだいら)によるとも、巨人伝説
おいだらぼっちに由来する説などなどがあります。太平山も「おい
だら山」と呼ばれていたようです。そのほか蛇根(おろちね)、三
本岳(三本ヶ嶽)とも書いていたようです。(『地名辞書』・『大日
本地誌』)。

 山頂は前岳・中岳・奧岳などがあり、奧岳山頂には太平山三吉神
社奥社がまつられています。里宮は山ろくの秋田市広面字赤沼の三
吉神社。祭神は大己貴(おおなむち)大神・少彦名(すくなびこな)
大神・三吉霊神の三柱。

 太平山の形は、大蛇に似ているといい、「蛇根(おろちね)山」
ともいいました。大蛇の頭に当たるところが太平権現堂のある山頂。
『東北の山岳信仰』によれば、その体は七峰(前岳、中岳、鶴舞岳、
剣岳、宝蔵岳、弟子帰岳、奧岳)(※ママ)にまたがり、その尾にた
とえられる所は蛇尾ヶ原だといっているとあり、いまの秋田市手形
蛇野や小字の野崎などが昔の名称の名残であろうとしています。

 太平山の神(三吉霊神)は、「太平山仙人三吉権現」と呼ばれる
荒神で、「乱発長爪(そう)」、「長柄の樵斧を持ち」、雲にのった姿
の巨大な山人とされています。山ろくには、戦国武将で同国の長崎
城主藤原三吉という人が、永井左近将監に攻め滅ぼされ、山中に逃
げ込み、神通力を得て、怪人に化したという話も残っています。

 菅江真澄(江戸時代後期の旅行家)は、三吉とは「山鬼人」の意
味だといい、また巨人ダイダラボッチに関係があるという解釈をす
る人もいるようです。一部では天狗ともされています。

 太平山三吉神社の社伝では、天武天皇の時代(飛鳥時代、白鳳2
年・天武2年・673との説も)に、役小角(えんのおづぬ)が創建
したもので、延暦20年(801)坂上田村麻呂が再興したということ
になっています。

 しかし神社の社伝、お寺の寺伝ほど大げさで、信用できないもの
はありません。結局は、東北に多い修験道の信仰と、蝦夷(えみし)
征定伝承がごちゃまぜになった言い伝えらしく、本来の山岳信仰が
修験道と結びつき、近世になって伝承として定着したものらしいと
いう。

 太平山三吉神社の別当寺(神社の経営管理を行った寺)は、山谷
の枝郷野田村の参道登山口にあった東光院というお寺だったとい
う。山ろくの秋田市赤沼にある太平山三吉神社の里宮は江戸中期、
天明元年(1781)、赤沼に写る「逆さ太平山」をめでて、藩主佐竹
義敦(さたけよしあつ)の雪見殿があった場所。

 慶応4年(1868)藩主が奥宮遙拝所祈願所を建てたのがはじまり
で、明治12年(1879)県社となり、大正2(1913)年に里宮の社
殿を建立、里宮としたという。そして太平山山頂の本殿を奥宮とな
し、両宮をひっくるめて「県社太平山神社」と呼ぶようになったと
いう。

 この神社は、正月17日に行われる「梵天祭」が有名で、長さ3
mもの大わらじや、日本一だとする大煙管(きせる)、直径1mの
大盃などが奉納されます。例祭は5月8日・10月17日。初詣でも
にぎわい、「勝負の神」・「幸運の神」として崇敬を受け、北海道方
面からも参拝客があるそうです。

 さて問題の三吉神の前世は、戦国武将藤原三吉が、永井将監に攻
め滅ぼされ、山中に逃げ込み、神通力を得て、山神になったと縁起
にあり、三吉神はもとは殿様だったとされています。しかし一般的
な伝説の三吉神は、庶民に近い農民や木こりくらいの身分で、巨人
で力持ち、ひょうきんな(?)いたずら者とされているようです。
そのためどんな人からも親近感をもたれ、いつまでも人気者でいら
れるらしい。

 それについては次のような話が残っています。相撲好きな三吉が
ある時、江戸相撲の横綱秀ノ山(伊勢海などともいう)と勝負しま
した。負けてしまった三吉はたいそう怒って、その夜、秀ノ山の旅
宿の下女に化けて、風呂に入った秀ノ山を、風呂桶ごと持ち上げて
降参させた話があります。

 また一日市(ひといち・いまの八郎潟町南部)の太郎兵衛という
人が、8人娘のひとりを三吉に嫁にやると約束、末娘も承知しまし
た。しかし太郎兵衛夫婦が難癖をつけはじめたので、怒った三吉が
太郎兵衛を盲目にさせ、女房の片足を不自由にしてしまったという。
そのほか干ばつで干上がった田んぼに水を張ってくれた話などがあ
ります。

 また『太平山三吉大神伝説抄録』という文書には次のような話も
載っています。「秋田領稲庭(いなにわ)と云ふところに、三吉と
いふ若者がありました。この若者は子供の時から所の長者の家に奉
公していたが、長者の主人は、そういつまでも奉公させておくのも
気の毒だと思い、三吉にいいました。

 「きょうまでお前はよく働いてくれたが、いつまでも手伝って貰
うわけにもいくまい。そこでなんなりともお前の好きなものをやる
から、これから一本立ちになったらよかろう」といいました。三吉
は喜んで、「それでは旦那様の前の田んぼの稲ばせ(稲架)を一背
負い頂戴します」という。

 ……主人は「なんと欲のない男だろう」と、笑って承知しました。
翌朝、主人が起きてみると、家の前の千刈り田いっぱいにかけてあ
った稲ばせの稲がひとつの残っていません。主人は驚いて遠くを見
ると、大きい小山のようなものがノコノコ動いていきます。

 不審に思い走って、そばに行ってみると、三吉が刈り取った山の
ような稲束を背負っていたのでした。主人もはじめてこの時、これ
はただ者ではないと思いました。それからというもの三吉は、いよ
いよ神力をあらわすようになったそうです。

 千刈り田の稲ばせを背負ったその中から、稲束がたった二束地上
に落ちておりましたので、その土地をいまの如く二束(稲庭)と申
すのでございます」(『日本伝説大系2・中奥羽編』から)。とあり
ます。

 さらにこの太平山には「七不思議」があります。(1)連夜の点
灯:谷間の所々に灯りが見えるという。(2)深更の咳音:静かな
り深夜に、谷間に咳の音がするという。(3)雲間の厳室:これを
見るのは天保(1830)以来だという。(4)巨材の掴裂(かくれつ)
:大樹を打ちさきとるさまを参詣の人は多く見ているという。(5)
清旦の来迎:朝明け時夕陽の如くあらわれるという。

 (6)幽谷の鶏声:東方の谷合に多い現象だという。(7)合龍
沢の葬具:合龍(だひ・荼毘)(ママ)沢に葬具が流れついていると
いう。沢は滝を含む谷川のことだそうです。この七不思議は、江戸
時代後期の天保年間ごろ(1830)、秋田市豊巻の修験大頭だった、
実相院清淳という人が選定したもの。その著『太平山霊験記』にあ
るそうです。

 さて、太平山といえば、おなじみ銘酒「太平山」があります。こ
とのはじまりは、大正2(1913)年、南秋田郡飯田川町(いまの潟
上市)の小玉某が、酒造業をはじめ「金剛」という酒を売り出しま
した。はじめは好調でしたが2,3年するとピタリと売れなくなり、
悩んでおりました。

 そんなある夜、何者かが夢枕に立ち、「太平山に登れ」という。
そこで思いついて「銘酒太平山」に改名。それからは、社運が急に
開けはじめ、たちまち需要が増え、全国的にも著名な銘酒となった
ということです。



▼秋田太平山(奧岳)【データ】
【所在地】
・秋田県秋田市(旧秋田市と河辺郡河辺町)と、北秋田郡上小阿仁
村にまたがる。一等三角点がある。奧岳・1170m。2万5千分の
1地形図:太平山。秋田新幹線秋田駅からバス秋田中央交通バス大
平線野田行き、または岩見三内行きで(1時間)野田下車、5時間20
分で太平山(奧岳)。一等三角点(1170.43m)と、三吉神社がある。
【位置】
・奧岳三角点:北緯39度47分49.22秒、東経140度18分38.48秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:太平山



▼【参考文献】
・アルペンガイド『飯豊・早池峰・八甲田』(東北の山々)(山と渓
谷社)1983年(昭和58)
・『角川日本地名大辞典5・秋田県』竹内理三ほか編(角川書店)1991
年(平成3)
・『山岳宗教史研究叢書7』(東北霊山と修験道)月光善弘(がっこ
うよしひろ)編 (名著出版)1977年(昭和52)
・『神社辞典』白井永治ほか編(東京堂出版)1986年(昭和61)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『月廼遠呂智泥』(つきのおろちね)菅江真澄:『日本伝説体系2』
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本伝説大系2・中奥羽編』(岩手・秋田・宮城)野村純一編(み
ずうみ書房)1985年(昭和60)
・『日本の民話8』(神々の物語)松谷みよ子ほか編(角川書店)1973
年(昭和48)
・『日本歴史地名大系5・秋田県の地名』今村義孝ほか(平凡社)1980
年(昭和55)
・『名山の文化史』高橋千劔破(河出書房新社)2007年(平成19)
・「山の人生」柳田国男:『柳田国男全集・4』(筑摩文庫)1989年
(昭和64・平成1)


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・ねたむな、そしるな、うらやむな。
・今朝酒あらば 今朝酒を楽しみ 明日憂来らば
 明日憂えん。(城山三郎)