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CD本『全国の山・天狗ばなし』(02)
【とよだ 時】

 CD本目次
(イラスト本ではありません)

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役行者開山の山々

【略文】
修験道の祖・役ノ行者小角が開山の山は各地にやたらに多い。羽黒
山、月山、湯殿山、金峰・鳥海山などその数全国で80座とも90座と
もいわる。しかし山といっても名刹の山号もあるため、どこまで山
の数に入れたらいいのか迷うのが難点。行者おん歳、67歳までの間
だという。

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▼役行者開山の山々

【本文】
 各地の岩屋、祠の中に役ノ行者(えんのぎょうじゃ)の石像もよ
くみかけます。やせた体に高げた、杖を持ちごわ−い顔をしてにら
んでいるあれです。かたわらに前鬼(ぜんき)、後鬼(ごき)とい
う2匹の鬼を従えています。

 役ノ行者は、飛鳥時代に修験道を開いた行者で、全国各地の山や
まを八十座も開山したと伝えます。平安時代後期の文人大江匡房(ま
さふさ)が著した『本朝神仙伝』(ほんちょうしんせんでん)とい
う本には、37人の仙人中、5番目に選ばれています。

 役行者は、本名役小角(えんのおづぬ)。634(舒明6)年1月1
日、いまの奈良県御所市茅原(ちばら)で生まれたという。現在も
生家の吉祥草寺(きちじょうそうじ)というお寺には「役行者産湯
の井戸」や「腰かけ石」のほか行者堂などがあります。(JR和歌
山線玉手駅から歩いて10分)。

 父は賀茂(かも)の公(きみ)大角(おおづぬ)といい、葛城山
の神のお告げを朝廷に奏上する呪術者。茅原郷は葛城山(いまの金
剛山から大和葛城山などの一帯)のふもと。小角は13歳のころか
らこの山に入り、松葉や木の実、薬草を食料に蜂や谷をかけめぐっ
たという。

 こうして自然と一体となって成長した小角は、17〜18歳になる
と鳥獣を手なづけるまでになり、ついに山の神である一言主(ひと
ことぬし)の神をを自由に使役することができたという。

 さて役ノ行者の石像には、2匹の鬼がピタリとよりそっています。
前鬼(ぜんき)、後鬼(ごき)といい、行者の修行の邪魔をする敵
を排除する従者。兄弟だとも夫婦鬼だともます。

 前鬼は赤眼でおのを持ち、後鬼は黄色い□をしているという。酒
を飲み、眼を赤くして歌を唄っている夫鬼を、黄色い口を開けて笑
う女房鬼をあらわしているのだとか。

 この忠実な従者の鬼たちは、大峰山を開く時も献身的に行者をた
すけ、のち、行者の遺志どおり天狗になって前鬼の里(奈良県下北
山村)に住みつき大峰山を守ったという。いまでも前鬼の里で、そ
の子孫が宿坊を経営しています。

 奈良県と大阪府にまたがる葛城山系から信貴山(しぎさん)、生
駒山(いこまやま)などで修行した役ノ行者小角(えんのぎょうじ
ゃおづぬ)は、すでに神格を具え、多くの弟子を従えて、葛城山と
大峰山と交互に住みわけていました。

 それを見習いこの二大聖地を目指して修行に入る人たちが次第に
多くなってきます。行者はひと飛びで両山を行ったり来たりできま
すが、普通の人は歩いて両方の山を往復するですから容易ではあり
ません。そこで行者は、葛城山と吉野金峰山の間の空中に岩で橋を
架けて近道をつくり、これらの人々を行き来させようと考えました。

 『今昔物語』にも「優婆塞(うばそく)諸々(もろもろ)ノ鬼神
ヲ召シ集メテ仰セテ云ワク、我、葛木(かつらぎ)ノ山ヨリ金峰ノ
山二参ル(葛城山ト金峰山トニ橋ヲツクリワタセ、我カヨフ「脱落
部分あり」)道ト為ム、ト」とあります。

 すぐ役ノ行者の忠実な従者である前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)が
全国の天狗や鬼神・山神たちを招集しました。集められた天狗や鬼
神、山神たちは、嫌々ながらそれでも仕方なく行者の命にしたがい、
大岩で橋のたもとを作りはじめますがなかなか仕事がはかどりませ
ん。

 気の短い役ノ行者は工事の進み方が気に入らず、やいのやいのと
せき立てます。山神や天狗は、嘆き悲しみますが行者はゆるしてく
れません。天狗や鬼神たちは「私たちは姿形が見苦しいため、暗い
夜に隠れて働きたい」というのを役ノ行者は叱りつけ、「なにを恥
ずかしがっているッ。早く作れ、もっと働け」と責め立てました。

 その山の神のなかに葛城山の山神の一言主(ひとことぬし)の神
もいました。ついに一言主の神は「それじゃ、こんなものやってら
れねえッ」と、仕事を放り出してしまいました。怒った役ノ行者は
一言主の神に呪文をかけて、クズのつるで7周り巻いてしばり、谷
底に捨ててしまいました。

 それを恨んだ一言主神(ひとことぬしのかみ)が、都人(みやこ
びと)の心に取りつき「行者が謀反をたくらんでいる」と朝廷にざ
ん言します。驚いた朝廷は行者を捕まえようとしますが、行者は空
を飛べるので捕まえられません。

 そこで役行者の母を捕え「空を飛ぶのをやめて観念しろ…」。親
孝行な行者は自ら縄につき、捕らえられて伊豆の大島に流されたと
いう(『日本霊異記』平等初期、『本朝神仙伝』平安後期の本)。こ
うそて 岩橋は未完成に終わったといいます。

 この都人に中傷したのは、行者の弟子の韓国連広足(からくにの
くらじひろたり)だったとの説(『続日本紀(しょくにほんぎ)』)
もあります。その岩の橋の造りかけが大和葛城山の北側・岩橋山に
いまでも残っています。

 そのあたりにはない大岩でつくった橋のたもとは、大峰山の方角
に向かって積まれています。ただ大きな岩がほっぽり出したように
置かれているのがなんともおかしい。これでは役行者も怒るわなと
笑ってしまいました。

 朝廷に捕まえられた役行者小角は船に乗せられ伊豆の大島に向か
いました。船が静岡沖を通るころ、にわかにわきおこった黒雪のな
かに孔雀明王が姿を現し、船が転覆せんばかりにゆれたという不思
議なことが続きました。

 やっと伊豆大島についた役ノ行者は、昼間は禁制を守っています
が、夜になると「こちらの時間だ」とばかり、空を飛び富士山頂に
登って修行したという。またあちこちの山々を周遊したという。

 それについて、『役行者伝記集成』(銭谷武平著)は、『役行者本
記』を引用して、役ノ行者の開山した山々を時系列で記載していま
す。それを孫引きでさせて戴きました(ただし天武天皇の4ヶ所、
年号が西暦と1年ずつずれて誤記されていましたが、十干十二支を
参考に「歴史年表」を使い修正しました)。

 「飛鳥時代の天智天皇九年(670)、庚午(かのえうま)、小角は37
歳。7月大峯を出発して、3日のうちに出羽の国の羽黒山に着いた。
それから、出羽の国の月山・湯殿山・金峯・鳥海山、奥州の秀峯な
どを巡って、22日の後に大和に帰ってきた。およそ里数にして三
千百里。

 天智天皇十年(671)辛未(かのとひつじ)、小角は、38歳。5
月には上野国の赤城山に行った。下野の国の二荒山(日光山)・越
後の伊夜彦山(弥彦山)・越中の立山・加賀の白山・若狭の越智山
・近江日枝山(比叡山)・山城の愛宕山などを巡って、四十余日後
に金峯に帰ってきた。

 天武天皇白鳳元年(原文では二年になっていた・673)癸酉(み
ずのととり)、小角は四十歳。六月に伊勢の両皇宮にお詣りをした。
二見の浦・尾張の熱田、三州の猿取・峯堂・白峯、駿州の富士、相
州の足利(矢倉岳)・雨降・箱根、伊豆の天城・走湯、相州の江ノ
島、常陸の筑波、三岫の香島・香取・浮巣、信州の浅間岳、甲斐の
駒ヶ岳、信州甲州両国の内の御岳・美濃の南宮・鳳凰山、近江の息
吹山(伊吹山)・石山、大和の笠置山などを巡って、四十数日の後、
八月上旬に葛城山に帰ってきた。

 天武天皇六年(原文では七年になっていた・678)戊寅(つちの
えとら)、小角は四十五歳。八月に西州(山陽道、四国、九州)に
赴いた。讃州の八栗岳(五剣山)・筑前の背振山・豊前の彦山・筑
後の高羅(高良山)、日向の霧島・土佐の足摺・伊予の石鎚、薩州
の鹿児山、日向の憶原・高千穂ノ岳・速日岳・小戸瀬戸、豊前の木
綿(湯布岳)・宇佐山・日向の阿蘇山・筑前の朝蔵山(朝倉山)・
御笠山(宝満山)・宗像山、長州の表景山(面影山)・周防の盤国山
(岩国山)、安芸の厳島・備後の式部山・備中の黒髪山・弥高山、
美作の塩垂山・播州の青山・赤山、石見の八上山・出雲の手間山・
杵築社、伯州の大山・但馬の国山・丹後の橋立・大山、丹波の大江
山・北峯(北大峯、岩屋山)などを巡って、十月下旬に大峯山に帰
ってきた。

 天武天皇十年(原文では十二年になっていた・682)壬午(みず
のえうま)、小角は四十九歳。四月に大峯を経てから、熊野に行き、
三山に詣り、みなはその神に閲した。紀州の三栖山・百重山・真形
(まなかた)・飽美(あくみ)山。ことごとく経歴して、摂州の箕
尾・毘陽山・摩耶・和泉の荒山・河内の生駒山を、常に遊戯の地と
していた。

 天武天皇十一年(原文では十二年になっていた・683)癸未(み
ずのとひつじ)、小角は五十歳。四月、直ちに三熊野(熊野三社)
山に赴いた。…大日岳・釈迦ケ岳・空鉢岳・七面山(ななおもてや
ま)・弥山(みせん)に着いた。…後に、吉野を出た。大峯を経歴
することをここに於いて果たすことができ終わった。

 九月十四日であった。持続天皇金明二年(688)戌子(のえね)
夏、山城の愛宕山に遊行してとどこおりなく修めることができた。
持続十一年(697)、この年文武元年丁酉(ひのととり)。小角は六
十四歳。

 二月に伊豆大島に流されて、三年の間住んでいた。富士山に登り、
毎夜、天城・足利・走湯に往来して修行に専念するのが日常であっ
た。文武天皇四年(700)庚子(かのえね)、小角は六十七歳。京の
都に帰還した」とならびます。

 しかし山といっても名刹の山号もあるため、どこまで山の数に入
れたらいいのか迷うのが難点です。行者おん歳、67歳までの間だそ
うです。

 さすが仙人ともいわれ、大和葛城山の岩橋建設の際には全国の山
神や天狗・鬼・妖怪たちを使役した役行者の偉業はすごいですね。



▼【参考】
・『役行者本記(ほんぎ)』(奈良時代・神亀元(724)年・役義元
著の記述があるがはっきりしない)
・『役行者伝記集成』銭谷武平(東方出版)1994年(平成6)
・『役行者本記(ほんぎ)』(奈良時代・神亀元(724)年・役義元
著の記述があるがはっきりしない)


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