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【新・丹沢山ものがたり】(07)
【とよだ 時】

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▼大山の良弁僧正は不思議な坊さん

【小略文】
丹沢の大山を開山したのは鎌倉生まれの良弁というお坊さん。小さ
い時金色のワシにさらわれ、奈良東大寺の大きな杉の木の上で見つ
かったという。その時猿に助けおろされ、のち、エライお坊さんに
なった良弁は、父母に巡り合い、故郷に帰り、大山に登って、不動
明王の石像を発見。霊木で本尊を制作、ここに大山は開山されまし
た。

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▼大山の良弁僧正は不思議な坊さん

【本文】
 丹沢大山は、歴史も伝承も古く、山頂から縄文時代の遺跡が発見
されていて、平安時代の壺や和鏡も発掘されているという。また相
模の国御岳(くにみたけ)として農神や海神としての信仰も厚く、
関東各地からも石尊大権現として親しまれていました。

 その名は、江戸時代に編纂された相模国の地誌『新編相模国風土
記稿』に、「一は雨降山(阿女布里也末)と呼び、又阿部利山或は
大福山・如意山等の名あり」などとあり、昔は阿女布里也末、阿部
利山と書かれ、大福山とか如意山とも呼ばれていたようです。

 明治の初期、神仏分離以前は、いまの阿夫利神社上社のある山頂
には石尊社(せきそんしゃ)があり、また下社のある中腹には大山
寺不動堂がありました。この2ヶ所が大山信仰の中心だったそうで
す。そもそも大山は奈良時代から名僧の注目を浴びていたという。
奈良時代前期の霊亀2年(716)、関東地方に巡遊していた行基菩薩
が、国分寺や日向薬師を建立しました。そしてさらに大山に登って
ここを開山しようとしましたが、目的は果たせなかったという。

 下って同じく奈良時代後期の天平勝宝7年(755)、奈良東大寺別
当の良弁(ろうべん)というお坊さんが開山しました。良弁は、華
厳・法相宗の学僧。3年間大山に在住し、伽藍、坊舎、僧堂等を建
立し、雨降山(うごうざん)大山寺(だいさんじ)と号し、その本
社を石尊社といったという。良弁は鎌倉の出身で、奈良東大寺の初
代別当というエライ人。その誕生には、こんなはなしがあります。

 『大山寺縁起絵巻』に、「當國相模の国司太郎太夫時忠と申せし
人、(中略)家繁盛にして快楽限りなし。然りと雖も齢四十を歴(へ)
て、家を継(つぐ)べき一子なかりしかば、常々此を嘆き給ひ……」
とあります。昔、鎌倉に太郎太夫時忠という子どものいない夫婦が
住んでいました。時忠は40歳を過ぎても家を継ぐ子どもが授から
ず、「どうか子どもをお与えください。」と、日夜神仏に祈っていま
した。

 ある夜、夢に年老いた坊さんが枕もとに立つ場面を見て、「扨(さ
て)は願(ねがい)成就せりと悦の色を催ほされけり……」。やが
て玉のような男の子が生まれ、夫婦は大喜び、大切に育てていまし
た。ところがある日、金色に輝くワシが飛んできて、男の子をさら
っていってしまったのでした。この金色のワシは、遠く奈良東大寺
二月堂まで飛んでいき、境内の杉の木の枝にとまりました。

 ちょうどそのころ、覚明上人(真名本では学明、『元亨釈書』・『東
大寺要録』・「大山寺縁起」では義淵僧正)という坊さんが大きな杉
の木の下を通りかかり、子供の泣き声で気がつき、木の下まで行っ
てみると、杉の枝の間に金色のワシが小さな子供を抱いています。
覚明上人が、「此子五体を全くして帰させ給へ」と不動明王に祈念
しました。すると猿があらわれ、子どもを抱いて覚明上人に渡しま
した。

 覚明はこの子を受け取り、金のワシが連れてきた子どもというの
で、「金鷲童子」(こんじゅどうじ)と呼んで、大切に育てました。
金鷲童子(こんじゅどうじ)が19歳の時、覚明上人が亡くなりま
した。悲しんだ金鷲童子は、執金剛神像(仏教の護法善神)を作っ
て天下泰平等を祈ると、不思議や神像の脚にかかっていた五色の糸
から光が出て、時の天皇(聖武天皇)の宮殿を照らしたのです。

 その光をみた天皇は、勅使を向かわせました。「金鷲行者答(え)
て申さく、興隆仏法の志あれども、我(が)力にては叶ひがたし。
天皇の威光を勅(いまし)みたてまつりて、大伽藍を造立し、仏法
を修行せんと思うなりとぞ申し給ひける」。

 それを聞いた天皇は、「大(い)に叡感(えいかん・感心して)
ましまして、勅定ありけるは、朕も大願有(り)といへども、未(だ)
其師を得ず。金鷲(こんじゅ)行者を師とすべし仰(せ)下されけ
る」と『大山寺縁起絵巻』にあります。

 聖武天皇が弟子になりたいといったのですからスゴイ。そこで金
鷲童子は出家して、「良弁」(ろうべん)と名乗りました。良弁は東
大寺(金鐘寺)の初代別当になり、華厳宗を確立したのでした。良
弁は、天皇が弟子になりたいといってから出家したのですね。

 そのころ、良弁の父の時忠は、妻とともに各地を何年もかけて放
浪し、子どもの行方を探していました。そしてついに良弁の居所を
聞いて奈良に行き、苦労の末、良弁と再会できました。その話を聞
いた聖武天皇は、時忠を再び相模国の国司に任じて、良弁が相模国
に帰国することを許しました。しかし故郷で仏法を広めたらすぐに
帰るように命じたという。

 故郷に帰った良弁は村人から、大山の山頂から五色の彩光が出て
いるという話を聞きました。早速大山に登り、山頂の地面を掘ると
不動明王の石像が出てきました。(また村人が光を見て、山頂の登
り石像を掘りだしたというのを聞き、良弁が山頂に登ったともい
う)。

 そのとき、不動明王があらわれ、この山は弥勒菩薩の「兜率天(と
そつてん)浄土」(天上界の一つ)であると語ったという。良弁は
山中で見つけた霊木(槻・つき・ニレ科の落葉高木。ケヤキの一種)
で不動明王の像を彫り、その像の前で21日間祈ると、弥勒菩薩の
おわす四十九院(しじゅうくいん)があらわれるという奇特があっ
たという。

 その後、良弁が山中にある岩窟の下の池の端で、7日間祈ると、
池の中から「震蛇大王」と名のる大蛇があらわれました。「自分は
大山を守護していましたが、仏の教えを無視したため、このような
姿になってしまいました。上人のおかげで兜率天(とそつてん・天
上界のひとつ)の内院に変わることができました。これからは大山
に垂迹(すいじゃく)して大山寺を守護します。」といいました。

 良弁が参拝人のため、水が出るようにして欲しいと大蛇にいうと、
岩窟の上から水がしたたり落ちはじめ、いまある「二重の滝」にな
ったという(大山寺縁起絵巻『山岳宗教史研究叢書・17』)。伽藍、
坊舎、僧堂等を建立した良弁僧正は、大山寺と号し本社を石尊社と
したのでした。

 こうして大山寺を開山した良弁は、天皇との約束に従って、京に
帰っていったという。また、良弁は80歳で、山中の岩窟に入って
亡くなったとも伝えられています。


▼大山【データ】
★【所在地】
・神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。小田急小田原線伊勢
原駅の北6キロ。小田急伊勢原駅からバス、大山ケーブル駅からケ
ーブル利用下社駅下車、さらに歩いて1時間30分で丹沢大山。三等
三角点(1251.7m、現地確認)と写真測量による標高点(1252m・
標石はない)と阿夫利神社奥社と電波塔がある。地形図に山名と三
角点の標高、標高点の標高、阿夫利神社の建物の記号と電波塔の記
号の記載あり。
※「地図閲覧サービス」と「電子国土ポータルWebシステム」地形
図には三角点と標高点があるが、「基準点成果等閲覧サービス」地
形図には両方とも記入がない。
★【位置】
・大山標高点:北緯35度26分27.09秒、東経139度13分52.22秒
★【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『山岳宗教史研究叢書・8』(日光山と関東の修験道)宮田登・宮
本袈裟雄編(名著出版)1979年(昭和54)
・『山岳宗教史研究叢書・17』(修験道史料集・T)五木重編(名著
出版)1983年(昭和58):「大山寺縁起絵巻」
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『新編相模国風土記3』(大日本地誌大系21)編集校訂・蘆田伊
人(雄山閣)1980年(昭和55)
・『図聚 天狗列伝・西日本編』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)



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