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【新・丹沢山ものがたり】(06)
【とよだ 時】
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大山は雨降山。不動前の大山寺の山号も雨降山

【小略文】
大山の山頂には阿夫利神社の本社が、中腹には下社、不動前には
大山寺があります。大山とは山頂にまつられている大山祇神から
ついた名前だそうです。大山は雨降山とも呼ばれます。山名の由
来については、頂上にいつも雲がかかっていて、雨がよく降るか
らという説などがあります。
・神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。

大山は雨降山。不動前の大山寺の山号も雨降山

【本文】
 丹沢の山には仏果山(ぶつかさん)、経ヶ岳、木ノ又大日岳、行
者岳、不動ノ峰、権現山など、仏教にちなんだ名前が多いようです。
そういえば最高峰の蛭ヶ岳も、別名は薬師岳ですし、塔ノ岳にも仏
尊山の別名があります。

 それもそのはずで、かつてここは修験道の盛んな山域だったそう
です。大山(当山派)や日向薬師(ひなたやくし・本山派)に本拠
のあった山伏たちは、いまから1200年も前に表尾根道を開き、修
験道入峰修行の場にしていたといわれます。

 大山から表尾根をたどり、塔ノ岳にたどりついた山伏たちは、さ
らに奥へ、丹沢山から蛭ヶ岳へと進み、次々に名前をつけていった
のだそうです。

 さて、この大山は奈良時代の霊亀(れいき)2年(716)、行基(ぎょ
うき)という僧が、近畿地方から関東にやってきました。この人は、
奈良時代の高僧で、行基菩薩と呼ばれるほど人々に慕われた坊
さんです。

 そして、国分寺や日向薬師を造立後、大山をも開山しようとしま
したが、果たせなかったといいます。奈良時代も後期になり、天平
勝宝(てんぴょうしょうほう)7年(755)、奈良東大寺別当(べっ
とう・寺務を統轄した長官)の良弁(ろうべん)というお坊さんが
大山を開山したといわれています。

 良弁は、奈良時代の華厳(かげん)・法相宗(ほっそうしゅう)
の学僧(学問に優れた僧)(お坊さんはみんな学問に優れていると
思っていたけど…)で、奈良市雑司町にある東大寺を開山した偉い
お坊さんです。幼い時に金色の鷲にさらわれ、のち成長して名僧に
なったという。

 良弁が鷲にさらわれてから30数年間、わが子を探し歩いていた
母が、風の便りに偉いお坊さんになっていることを知りました。母
は東大寺に出かけましたが、相手は高僧ですから、面会も思うよう
にいきません。そこで二月堂の「大杉」に事情を書いた札を立てて
おきました。それが良弁の目にとまり、やっと再会できたという。
このことは「良弁杉」の故事として有名になっています。

 江戸時代の地誌『新編相模国風土記稿』には、「……縁起(大山
寺縁起)に據(よる)に、往昔當山の嶺頭に五色の彩光あり、土人
(住民)恠(あやし)みて嶺上に至るに、地中に不動の石像あり、
其後天平勝宝七年僧良弁(ろうべん)山頂に攀(よじ)て不動を拝
し、霊告を得て、不動の像(明王社の神体是なり)を彫刻し、且堂
舎僧坊等を造立す」とあります。

 良弁が、「住民たちが大山山頂から5色の光が発しているのを見
て頂に登り、不動明王の石像を得た」ことを聞き、山頂に登ったと
ころ不動明王と出会えました。そこで早速、不動明王の石像を彫り、
またお堂や社など49院を建立。その後八大坊を開いたというので
す。

 いま丹沢の大山(相模大山)の山頂には、阿夫利(あふり)神社
の本社があり、中腹にもその下社(しもしゃ)、また不動前には大
山寺があります。大山寺は雨降山大山寺(うごうさんだいさんじ)
といい、かつては、石尊社は大山寺の支配下になっていて、業務は
一切仏式で行われていたそうです。ところが明治維新の神仏分離の
時、石尊社は大山寺から独立し、神仏習合名である石尊大権現の名
をやめて、いまのような阿夫利神社に改めたといいます。

 廃仏棄釈は、江戸時代、幕府が儒学を奨励、ことに宋学を推した
ことから神仏の関係は急変、仏教排斥の気運が高まっていきました。
やがて明治初年の神仏分離令につながり、仏像は壊され、お堂は焼
かれ、奈良時代から伝わってきた、貴重な文化財は焼失してしまい
ました。まるでどこかの文化大革命のようだったという。その陰に
当時の神道家の林羅山や平田篤胤・本居宣長などの陰謀があったと
もいわれています。

 さて、大山とは山頂にまつられている大山祇神(おおやまづみの
かみ・山ノ神)の名からついた名前だそうです。相模地方にあるの
で相模大山とも呼ばれています。また雨降山、阿倍利山、阿夫利山
などと書き、「あふり、あぶり」と読んだりもします。「あふりやま」
の山名の由来についてはいくつかの説があります。

 まず、頂上にいつも雲がかかっていて、雨がよく降るからという
説。次にアイヌ語のアスプリ(偉大なる山という意味)が、なまっ
てあぶりやあふりになったとの説。また、古代には「しかばね」を
山に葬る(はふる=ほうむる)習慣があったといい、「はふり山」
に転じたという説もあります。

 大山はまた相模の国御(くにみ)岳で、昔から農神、海神とされ、
信仰された山です。「国のみたまが、吾路山命(おおやまのみこと
・大山祇神)を生んだ」と地元の神話にあるそうです。

 山頂の阿夫利神社は、ご神体が石であるため、昔は石尊社、石尊
大権現と呼ばれ、商売繁盛・豊作祈願・無病息災の神として、関東
一円の地域住民から信仰され、「大山まいり」は落語にも出てくる
ほどのブームを呼んだという。

 この山には不思議な話も伝わっています。江戸時代の国語辞典『和
訓栞』(わくんのしおり・谷川士清(たにがわことすが著)に、明
和乙酉(2年、1765年)の7月に相州雨降山(大山)に(雷獣が)
落ちたるも猫よりは大きく、ほぼ鼬(いたち)に似て色鼬より黒し、
爪五つありて甚だたくまし、と記載されています。昔ここに落雷し
た時あらわれる、雷獣に似た獣が雷とともに落ちてきたという話も
あります(『日本未確認生物事典』)。

 またこの山は天狗の山でもあります。かつてここには相模坊(さ
がみぼう)という大天狗がいました。しかし平安末期、香川県の白
峰(しらみね)に山移りしてしまい、次いで鳥取県の伯耆大山(ほ
うきだいせん・1729m)から別の天狗・伯耆坊(ほうきぼう)が
移住してきたというのです。その伯耆坊のホコラがケーブル不動前
駅の大山寺の左側わきに鎮座、また阿夫利神社下社わきには伯耆坊
の姿を彫った石碑もあります。

 ここには別の大天狗がもう1狗(天狗は1狗2狗と数える)いる
ことになっています。阿夫利山道(常)昭坊といい、平田篤胤が門
人の下総の国柏井村の中尾玄仲から聞いた話をその著『仙境異聞』
(せんきょういぶん)に紹介したもの。内容は『天狗列伝』(知切
光歳)によれば、下総の国東葛飾郡新宿に、旅館の主人で藤屋荘兵
衛という熱心な大山信者がいたという。荘兵衛はある日の午後、急
に思い立ち、大山へお参りに出発しました。

 荘兵衛が2キロも行かないうち、「柿色の絹を着て髪長く、山伏
の如き人の、凡人より眼大きく、すさまじげなる」男が道ばたで待
っていたという。さらに荘兵衛を背負って、空を飛び大山まで連れ
て行ったという。そしておまいりをすますと、また空を飛び、出会
った場所まで戻り、そこへおろしてくれました。そして近いうちに
おまえの家に行くからといって別れました。

 その後約束通り訪ねてきて、荘兵衛と酒を酌み交わしながら5,
6日滞在して帰って行ったという。その時書き残した文書からこの
山伏は、日向国坂野上の出身で、名前を常昭(道昭)山人といい、
田村という苗字で大山にすんでいることまで分かったという。

篤胤が『仙境異聞』にこの天狗について書いてからは、門人の島田
幸安、宮地堅磐などが、「幽界で常昭を見た」とか、「道昭のうわさ
を聞いた」とか、ほかのいろいろな本に書いています。

 しかし、こうした道昭のうわさ話は、平田篤胤一派以外の神道家
は、だれもいないというのです。さらに阿夫利神社の神職でさえ、
常昭坊のことを全然知らないというのですから困ったことになって
しまいます。



▼大山【データ】
★【所在地】
・神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。小田急小田原線伊勢
原駅の北6キロ。小田急伊勢原駅からバス、大山ケーブル駅からケ
ーブル利用下社駅下車、さらに歩いて1時間30分で丹沢大山。三等
三角点(1251.7m、現地確認)と写真測量による標高点(1252m・
標石はない)と阿夫利神社奥社と電波塔がある。地形図に山名と三
角点の標高、標高点の標高、阿夫利神社の建物の記号と電波塔の記
号の記載あり。
※「地図閲覧サービス」と「電子国土ポータルWebシステム」地形
図には三角点と標高点があるが、「基準点成果等閲覧サービス」地
形図には両方とも記入がない。
★【位置】
・大山標高点:北緯35度26分27.09秒、東経139度13分52.22秒
★【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『古代山岳信仰遺跡の研究」大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
・『山岳宗教史研究叢書・8」(日光山と関東の修験道)宮田登・宮
本袈裟雄編(名著出版)1979年(昭和54)
・『山岳宗教史研究叢書17・修験道史料集(T)」五木重編(名著
出版)1983年(昭和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『新編相模国風土記稿2』(大日本地誌大系20)編集校訂・蘆田
伊人(雄山閣)1980年(昭和55)
・『新編相模国風土記稿3』(大日本地誌大系21)編集校訂・蘆田
伊人(雄山閣)1980年(昭和55)
・『図聚 天狗列伝・東日本編」知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
・『天狗の研究」知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本未確認生物事典」笠間良彦(柏美術出版)1994年(平成6)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名」(平凡社)1984年(昭
和59)
・『山の石・大山石尊」羽賀正太郎:「あしなか第73輯」(山村民俗
の会)1961年(昭和36)
・『和訓栞(わくんのしおり)大綱』(谷川士清(ことすが)著・尾
崎知光編 勉誠社文庫121 1984年)



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