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【新・丹沢山ものがたり】(01)
【とよだ 時】

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▼丹沢表尾根・政次郎尾根戸沢・人助け大猿

【概略文】
 沢登りで知られる丹沢の水無川。この川は洪水の後などよく砥石
が流されてきたので、古くは「砥川」といったそうです。川岸の旧
戸川村はこの砥石にちなんだ地名だといいます。

 この上流、表尾根烏尾山や行者ヶ岳、政次郎尾根頂上に突き上げ
る「戸沢」もそうした名前。昔、ここでも坑道を掘り砥石の原石を
採掘していたという。

 ある日、原石を切りそろえている人夫の前に大きな猿があらわれ、
滑稽な踊りをはじめました。その面白さといったらありません。人
々は腹を抱えて笑いました。

 坑道の中にいる仲間たちも出てきてヤンヤの大喝采。すると猿は
踊りながら後ずさりし、川の向こう岸に誘導しはじめました。次の
瞬間、採掘抗が「ド、ドーッ」と崩れ落ち、山の形さえ変わってい
ます。

 猿の姿はいつの間にか消えていました。これは山神さまが猿の姿
になってみんなを助けてくれたに相違ない。それからは村の山神さ
まに感謝をこめて、「山神祭り」を行うようになったということで
す。

・(政次郎尾根頂上)神奈川県秦野市と清川村との境。
※御用とお急ぎでない方は下方に【本文】あります。

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▼丹沢表尾根・政次郎尾根戸沢・人助け大猿


【本文】


 丹沢の水無川(みずなしがわ)は、神奈川県秦野市を流れる二級

河川。上流部は丹沢の沢登りの適地で知られています。この川は古

くは「砥川」ともいったそうです。



 その昔、洪水が出た後など川に行くと、良質の「砥石」の原石が

流されてきていて、村人はよく拾ったものだといいます。秦野市の

戸川(旧戸川村)は砥石の「砥」が「戸」に転化した地名だといい

ます。



 この水無川上流から、表尾根烏尾山や行者ヶ岳、政次郎尾根頂上

に突き上げる「戸沢」も砥石の砥が変化したもの。村人はこの沢で

その原石を発見、坑道をつくって採掘していたと伝えられています。



 そこには次のような話があります。「昔、水無川の上流の山の中

で砥石を掘っていました。大勢の人が坑道に入って、タガネや槌で

砥石の原石を掘っていました。原石は坑道の外に運び出され、石の

形をきれいに整え村に運搬し、町で砥石として売りに出されるので

した。



 ある日のこと、坑道の外で原石を切りそろえている人夫の前に一

匹の大きな猿があらわれました。みんなが驚いて、作業の手を休め、

猿を見つめました。すると猿は人夫たちの前で身振り手振りよろし

く踊りはじめたのです。



 猿の踊りは面白くその滑稽さといったらありません。人々は腹を

抱えて転げまわりました。人夫たちは、坑道の中で原石を彫ってい

る仲間たちにも見せてやろうと大声で呼びました。みんなが外へ出

て、大猿の熱演を見て大喜び。ヤンヤ、ヤンヤの大喝采。



 すると猿は踊りながら少しずつ後ずさりし、川向こうに誘導しは

じめました。人夫たちはもうすっかり仕事のことなど忘れ、とうと

う川の向かいの岸までついていってしまいました。



 その時です。「ゴーッ」と山なりがしたと同時に、砥石の原石を

掘っていた採掘抗が「ド、ドーッ」と崩れ落ちたのです。間一髪。

坑道の入り口あたりは、モウモウと砂煙が舞い上がっているではあ

りませんか。人夫たちはタダあ然としたまま、話はおろか動くこと

もできません。



 やがて砂塵がおさまった現場を見れば、採掘場の跡形もなく、見

上げれば山の形さえ変わってしまっています。大猿の姿はいつの間

にか消えていました。これは山神さまが猿の姿になってみんなを助

けてくれたに相違ない。人夫たちはその場に平伏しました。



 それからというもの、村人たちは村の山神さまに感謝をこめて、

毎月7日に「山神祭り」を行うようになったということです。実際、

水無川戸沢、木ノ又大日沢、セドノ沢付近に砥石鉱山があったとい

うことです。



 『新編相模国風土記稿』にも、「又此川(※水無川)ノ一名ヲ砥

川ト呼フ。古ヘ洪水ノ時塔ヶ岳邊ヨリ落ル水勢強クシテ。砥石多ク。

流レ出シ故ナリ村名モ。此ヨリ起リシト云ヘリ。」



 ……昔洪水で上流の塔ノ岳のあたりから砥石が流れてきた。その

ため水無川を一名を砥川と呼んでいたが、いつしか村の名前もそれ

にちなんで戸川というようになった……と書かれています。



 また「丹沢だより・399号」・「丹沢だより・430」によると、「…

…『神奈川県秦野地方の地名探訪』でも、洪水の時に塔ヶ岳辺より

落ちる水勢が強くて、砥石が多く流れ出たからとしている。さらに

古くは、延享元年(1744)の横野村の記録には「行者峯に青砥御座

候中略 寛文6年(1666)横野村・菩提村両村ヨリ成瀬五左衛門御

注進申上候…」とあるところからみると、砥石の存在は古くから知

られていたようだ。…



 …行者ヶ岳は、戸沢の上部に当たり修験者が修行した場所である

といわれている。修験者が見つけたのであろうか?山岳修験者は、

山師(やまし)鉱山師の能力も兼ねそろえているとの話にも頷ける。

手近な採掘場所は、書策新道が水無川を横切る地点の上流、木又大

日沢の入り口付近だろう。…



 …露天掘りで掘り出されており、戸川砥と呼ばれる青白色の石で

ある。この砥石は風化した安山岩で上質(オコンド)、並質(青砥)

に分けて、鉱山道を利用して運び出されていた。上質の砥石は、戸

沢の政次郎尾根付近にあるという。…



 …これらは、最近1972年(昭和47)まで採掘されており、秦野

や小田原に卸されていて、農機具用の砥石として地元で消費されて

いた」との記述もあります。



▼政次郎尾根頂上【データ】
【所在地】
・神奈川県秦野市と清川村との境。小田急小田原線渋沢駅の北9キ
ロ。小田急小田原線秦野駅からバス。ヤビツ峠下車。歩いて約3時
間15分で政次郎尾根頂上。
【位置】
・政次郎頂上:北緯35度26分50.34秒、東経139度10分44.59秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「大山」

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『新編相模国風土記稿』(巻之五十二大住郡巻之第十一波多野庄)
明治18(1885)年(国立国会図書館電子デジタル)
・『尊仏2号』栗原祥・山田邦昭ほか(さがみの会)1989年(平成
元)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名』鈴木棠三ほか(平凡社)
1990年(平成2)



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