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山旅通信【ひとり画っ展】(05)
【とよだ 時】

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山旅【画っ展】974号「千葉・保田見嵯峨山・ぼてみさがやま」

【略文】
樹林の中のただのピークとしか見られなかったこの山も里山人気が
増すにつれ、県外からも大勢訪れているという。さて、富津市側で
は嵯峨山、南側の鋸南町方面では毛無山と呼んでいたという。内房線大
貫駅付近の旧吉野村にある嵯峨山と区別して保田見嵯峨山というらし
い。
・千葉県鋸南町と富津市との境。

▼974号「房総・保田見嵯峨山」

【本文】
 冬でも沢歩きができる房総。その中でも富津市梨沢にある「七ツ釜」
(湊川源流梨沢左俣)は地元の山ヤたちに人気があります。大きな滝を
越えて沢を詰めると、一面に広がるスイセン畑。その香りがただよってい
ます。ここは保田見(ぼてみ)集落の一角です。

 そのあこがれのスイセン畑にとうとうテントを張って一晩過ごす事ができ
た…。そんな記事を「山と溪谷」1987年(昭和62)に連載させてもらって
いた(いらすとーく第2回)欄に紹介したことがありました。しかし気にかか
るのが、ものすごい倒木が沢をふさいでいる場所があったこと。

 この記事を来てくれる人がいないとは限りません。そこで12月も
下旬に家内を巻き込み、のこぎり、ナタなどを持って沢の倒木整備に出
かけました。邪魔になっている幹や枝を切っては片づけての悪戦苦闘。
いくら温かい房総とはいえ、沢水は切れるような冷たさです。ようやく人が
通れるスペースを確保。真っ赤になった足をもみながら、遡行します。今
夜のテントの夕食は焼き肉をおごりました。

 次の日は尾根伝いに鋸山まで縦走(当時)です。やがて樹林の中のピ
ーク315mの三角点を通過、ちょっとした急登を過ぎれば、「…桜の樹林
と水仙の群落が調和したピークに出る。このあたりの南斜面一帯に水仙
が栽培されている。名付けて水仙ピークと呼ぶ」(『房総の山』千葉県山
岳連盟)。なつかしい。

 以前、家族連れでよく鋸山からここ「水仙ピーク」まで縦走したっけ。…
ン!ピーク315?そうです、このピーク315が今回の保田見嵯峨山(ぼ
てみさがやま)です。そんな何でもないピークだったものが、いまは三等
三角点315.5mにはリッパな標識が建っています。

 里山人気が増すにつれ、県外から登山姿の人たちがマイカーで大
勢訪れているという。嵯峨山は、別名毛無山(けなしやま)とか保田
見山。富津市側では嵯峨山、南側の鋸南町方面では毛無山と呼んでい
たという。いまは樹林帯ですが毛無山とあるからには、「…その山名から
察するに昔は木が少なかった」らしい(『房総山岳志』)。

 『千葉縣誌・上巻』(第一編第一章)第三節山嶽「安房」に、「毛無山:
同町(保田町)大字小保田にあり、鋸山脈中に屹立せる一秀峰にして、
西は鋸山に連なり、東は横根嶺に接す」と出てくるのがそれだという。さら
に江戸時代の古地図には、「ボテミ山」とか「ボテミサガ山」(保田見嵯峨
山)と記載されているという。これはJR内房線大貫駅付近の旧吉野村に
ある嵯峨山と区別しての表記らしいというのです(先述『房総山岳志』)。

 旧吉野村については、『千葉縣君津郡誌』の(第三編・第一章)名勝の
部「吉野の里」の項に「…吉野の里は即ち此地を謂ふ傳へ曰ふ、(第90
代)亀山天皇の弘長二壬戌(みずのえいぬ)年鎌倉将軍宗尊親王本州
に来遊し京都を慕ひ大和吉野郡金峰山の蔵王権現を此地に移し祀り
(住吉神社と称す 八田沼に在り)其他にも社寺を建て又 吉野の桜を此
に移し栽へ吉野に擬す是よりこの地を吉野郷と称すと准后道興の回国
雑記に、「吉野郷といへる所あり、宗尊親王芳野の花をここに移して植さ
せ給ふと云傳ふ。花ざかり思ひやられてみよしのゝ桜の紅葉これも名残
と」あります。

 つまり、後嵯峨天皇の第2皇子(事実上の長子)で、鎌倉幕府6代将軍
であった宗尊親王(むねたかしんのう )が、鎌倉時代中期の弘長2年
(1262年)に房総に来遊した。その時、京都を慕って奈良吉野の金峰山
蔵王権現を勧請し、寺社を建て吉野の桜を植えて吉野に模したという。
吉野郷の名はここから来ているらしい。また父を偲んで近くにある山に嵯
峨山と名づけたという。

 その近くにある「水仙ピーク」のスイセンは近隣の農家が出荷用に栽培
している場所。江戸中期からこれをとって売っていたという記録が
あります。そのそばには富士嶽神社の石碑が鎮座まします。富士山
を信仰する富士講の講中が建立したもので、これは富士講身禄派の
山水講の碑で、「山」のマークの下に「水」の文字があり、明治期
のものらしいという。いまでも地元の人たちがお参りに来るのか花が供
えられています。

 もうかなり前のこと、この石碑の前にテントを張ったことがありまし
た。夜、毒虫にでも刺されたか、翌朝、右のあごが腫れあがって顔がゆが
み、まさに「非対称顔稜」で朝飯も食えないありさま。その夜は山仲間の
忘年会。「もの好きな虫もいたもの」などとひやかされながら、必死に顔を
ゆがめるのでありました。



▼嵯峨山【データ】
【所在地】
・千葉県安房郡鋸南町と富津市との境。JR浜金谷駅から鋸山東尾根つ
たいにあるいて5時間で水仙ピーク。地形図に記載なし。三等三角点
(315.2)がある。地形図に三角点標高の記載あり。
【位置】
・三等三角点:北緯35度09分26.56秒、東経139度53分0.75秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「金束(横須賀)」


▼【参考文献】
・『千葉懸君津郡誌』(編輯兼発行者・千葉懸君津郡教育会)1927年(昭
和2):『千葉懸君津郡誌』(復刻版)(千秋社)1990年(平成2)
・『千葉懸誌』(巻上)編纂者千葉懸(発行・能勢鼎三)大正8(1919)年:
完全復刻版・県別郷土歴史叢書『千葉懸誌』(巻上)(千秋社)1995年
(平成7)
・『房総山岳志』内田栄一(論書房出版)2005年(平成17)
・『房総の伝説』平野馨著(第一法規刊)1976年(昭和51)
・『房総の山』(千葉県山岳連盟)1977年(昭和52)



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