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山旅通信【ひとり画っ展】(04)
【とよだ 時】

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▼山旅【画っ展】933号「熊本阿蘇山・神の愛馬はいまでも姿を現す」

【略文】
最高峰の高岳頂上には阿蘇大明神の愛用の白馬のすみか。いまでも秋
の十五夜には姿を見せるという。また阿蘇五山の争いでた阿蘇大明神の
怒りをかい、根子岳は頭がギザキザになってしまったという伝説もありま
す。
・熊本県阿蘇市、阿蘇郡高森町、南阿蘇村にたがる。


★お急ぎでない方、下記に【本文】があります。

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▼山旅【画っ展】933号 「九州阿蘇山・神の愛馬はいまでも姿を現す」


【本文】
 阿蘇山には阿蘇山という山はなく、阿蘇カルデラの中の中岳を中心と
した中央火口丘の総称です。その外輪部は60万年前から噴火活動して
きた山々。何回もの爆発でいまのようなカルデラができたという。

 阿蘇山中央の火口丘には「阿蘇五岳」と呼ばれる峰々があります。こ
の火山群を巨大な火口原であるカルデラが取り囲んでいるのです。その
大きさは、東西18キロ、南北25キロ、周囲は130キロもの広大さ。この中に
阿蘇町、高森町、一宮町など3町3村がすっぽりと収まっているというから
ものすごい。さすが世界最大級といわれるカルデラです。

 「阿蘇五岳」というのは、東側から根子岳(ねこだけ・1408m)、高岳(た
かだけ・1592m)、中岳(なかだけ・1506m)、杵島岳(きしまだけ・1321
m)、烏帽子岳(えぼしだけ・1337m)の5峰。最高峰は高岳。中岳の火口
はいまも噴煙を上げつづけています。

 この山なみを東側を仏さまの頭にした寝姿になぞらえ、寝観音とか涅
槃像などと呼ばれます。カルデラ内には、ほかにも多くの火山群があり、
大小50余りの火口跡もあります。この山が爆発した時の火砕流や火山弾
など噴出物は、四国や中国地方にまで達しています。

 火山灰にいたっては北海道の東部地方にまで大量の灰を降らせたら
しい。この火の山のふところに旧石器時代・縄文時代の遺跡が分布され
ているというから、恐らく1万年以上も前から人間が住みついていたらしい
という。

 この火の山阿蘇の名は、中国まで知られていたらしいく、7世紀前後に
成立した『隋書倭国伝』にも出てきます。いわく「有阿蘇山、其石無故火
起接天者、俗似為異、因行祷祭」。阿蘇山有り。その石故無くして火起こ
り(なんの仕掛けもないのに火を起こす山があり、人々は噴火を異変とし
て祭祀を行っている)とあります。古代の朝廷でも火口にある池を「神霊
池」といい、水が涸れると爆発する前兆だとして恐れ祈祷しました。

 ところで山名の「アソ」とは、アイヌ語の「火を噴くところ」、すなわち「火
の山」に由来するといわれています。ほかに梵語やヘブライ語などの説も
あるという。『日本書紀』にも山名由来が出てきます。

 『日本書紀』景行天皇18年(『日本書紀』で計算すると西暦88年)5月1
6日の条に、「(熊襲(くまそ)征伐に景行天皇がこの地に入った時)……。
其の国、郊(の)原曠(ひろ)く遠(とほ)くして、人の居(いへ)を見ず。天
皇(すめらみこと)曰(のたま)はく、「是の国に人有りや」とのたまふ。時
に、二(ふたはしら)の神有(ま)す。…

 …阿蘇都彦(あそつひこ)・阿蘇都姫(あそつひめ)と曰(い)ふ。忽(た
ちまち)に人に化(な)りて遊詣(いた)りて曰(まう)さく、「吾(われ)二人在
(はべ)り。何(なに)ぞ人無(な)けむ」とまうす。故(かれ)、其(そ)の国を
号(なづ)けて阿蘇と曰(い)ふ。」(岩波文庫『日本書紀・2巻』校注・坂本
太郎ほかによる)。

 この阿蘇山をまつる阿蘇神社は、阿蘇山の北麓の熊本県阿蘇市にあ
ります。この神社の祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)(阿蘇大明
神で神武天皇の孫とつたえられる)など12神です。

 12神とは、一宮が主神の健磐龍(たけいわたつ)命、二宮が阿蘇都比
刀iあそつひめ)命、三宮が國龍(くにたつ)神(草部吉見神、日子八井
命)、四宮が比東芬q(ひめみこ)神、五宮が彦御子(ひこみこ)神、六宮
が若比刀iわかひめ)神、七宮が新彦(にいひこ)神、八宮が新比刀iに
いひめ)神、九宮が若彦(わかひこ)神、十宮が彌比刀iやひめ)神、十一
宮が國造速甕玉(はやみかたま)命、十二宮が金凝(かなこり)神(綏靖天
皇)とならびます。

 阿蘇神社の伝説では、神武天皇は孫の健磐龍命(たけいわたつのみ
こと)に阿蘇山におもむき開くよう命じます。ちなみに神武天皇はご存じ
のように第1代の天皇(即位660B.C.〜585B.C.)で、127歳まで生きてい
ることになっている天皇(『日本書紀』による計算)です。

 阿蘇山へ来た健磐龍命(たけいわたつのみこと)は、外輪山の上から
目の前の湖を眺めてその広大さに感心、「水をなくして田畑を造ろう」と考
えました。大昔の阿蘇は外輪山に切れ目がなく、その中には水がたまっ
て広大なカルデラ湖になっていたそうです。

 そこで命(みこと)は、外輪山の一部を蹴破ろうとしましたが、なかなか
蹴破ることができません。山が二重になっているからでした。そこがいまの
二重(ふたえ)の峠と呼ばれるところだそうです。

 次に別の場所を蹴とばしました。こんどは蹴破ることできましたが、その
はずみでドスンと尻もちをつきました。あわてて起きようとしますがなかな
か立ち上がれません。健磐龍命はそこで「立てぬ」と叫んだという。それ
からというもの、そこを「立野」と呼ぶようになりました。

 一方、蹴破った場所からは、湖の水が一気に流れ出し、シカが数匹流
されてしまいました。以後そこは「数鹿流(すがる)が滝」と呼ばれるように
なったという。水が流れ出して湖水が引くと、大ナマズがあらわれました。
この大ナマズが湖の底で水をせき止めていたのでした。

 健磐龍命(たけいわたつのみこと)が刀でこのナマズを切り殺したた
め、やっと湖水が流れるようになりました。また、その大ナマズが流れ着い
た所がいまの嘉島町の「鯰」という所だというのです。…(なんだこりゃ
ぁ!)。

  さて、阿蘇山の話の戻ります。阿蘇山最高峰の高岳頂上には、浅い
円形の火口の跡があります。これは阿蘇大明神(健磐龍命)愛用の白馬
のすみかであり、中秋の名月の夜には姿を見せると伝えられています。
阿蘇山中央の火口丘「阿蘇五山」にはこんな伝説があります。くり返しま
すが「阿蘇五山」とは根子岳、高岳、中岳、杵島岳、烏帽子岳の5峰。根
子岳の山頂はギザギザ頭になっています。

 そのわけは、昔、高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳そして末っ子の根子
岳が、誰が一番高くなれるかと競争していました。そのなかで根子岳が、
長男の高岳さえも追い越して一番になってしまいました。しかし、根子岳
は、鬼たちにこの国で自由に暴れさせてやる代わりに、土を運んで自分
の頭に積むよう、こっそり約束をしてあったのでした。

 これを知った阿蘇大明神は怒り、頭を何度も叩きました。そのため、根
子岳は頭がギザキザになってしまったということです…。また、肥後国の
猫は7歳になると根子岳へ修行に来るという伝説もあります。そして人に
化けて迷った旅人をおびき寄せ、散々ふるまったあと、寝ている隙に食
べるというのです。

 そのほか「的石伝説」というのもあります。阿蘇市的石の地名の語源で
もある「的石」は、北外輪山のふもとにある石で、その昔、阿蘇神社の祭
神である健磐龍命(阿蘇大明神)が阿蘇五岳の外れにある往生岳(往生
岳は五岳に含まれない)から弓の稽古をする時に的にしたという伝説から
この名がつけられています。

 ちなみに往生岳山頂から的石までは約7キロほどの距離にあります。
往生岳から的石まで射られた矢は、健磐龍命の従者で鬼八という足の速
い男が往生岳から的石まで走って取りにいき健磐龍命に渡していまし
た。99回目までは、鬼八も的石と往生岳を往復して矢を運んでいました
が、100回目には疲れてしまい持ち帰るのは面倒なので、的石から往生
岳めがけ矢を投げ返しました。その矢がたまたま健磐龍命の腿に当たっ
てしまったからたまりません。

 腹を立てた健磐龍命は、鬼八を成敗しようとして追いかけました。鬼八
は阿蘇の国中を逃げまわり、さらに阿蘇の国の外まで逃げました。そこで
やれやれと一息ついた拍子に8回屁をひりました。その場所の地名の「矢
部」の語源はそこからきているということです。そりゃ「ヤベエー」わな。

 その後も鬼八は健磐龍命に追われ、ついには捕らえられ首をはねられ
てしまいます。しかし、鬼八の首は、はねられてもはねられてもすぐに元
通り。腕や足をはねてもやはりすぐに元通りとなってしまいます。そこで健
磐龍命は鬼八の体をばらばらに切り、それぞれを離れた場所に埋めまし
た。すると鬼八はよみがえることがなくなったという。

 しかしその後、鬼八の怨念は阿蘇の地に早霜を降らせるようになり、稲
に大きな被害が出るようになりました。そこで健磐龍命は「役犬原」という
場所に「霜の宮」と名づけた社を建て、鬼八の怨霊を鎮めたという。いま
でも霜宮神社では幼い女の子が59日間、火を絶やさずにお籠りをすると
いう神事が残っています。これは阿蘇外輪山の原野での風物詩になって
いるそうです。

 風物詩といえば、春は阿蘇の「野焼き」があります。毎年3月、村中総
出で原野に火を入れ、野草の芽立ちをよくし、ダニの駆除のために行い
ます。いまは観光のために夜間、火をつけるようになっているそうです。
野焼きのあとには、ワラビやゼンマイなど「野草つみ」が行われます。

 さらに夏はキャンプで賑わいます。夏から秋にかけては「阿蘇の雲海」
がみられます。秋の風物詩は「草泊まり」です。牛の飼料確保に一家全
員が泊まりがけで原野に出かけて採草します。くぼ地にカヤで草小屋を
作り寝泊まりして働くそうです。



▼阿蘇山高岳【データ】
★【所在地】
・熊本県阿蘇市、阿蘇郡高森町、南阿蘇村にたがる。JR豊肥本線宮地
駅からバス、仙酔峡。ロープウエー、中岳、2時間で高岳(1592.3m)。三
等三角点がある。
★【位置】
・三角点:1592.3m。北緯32度53分3.57秒、東経131度06分14.04秒
★【地図】
・2万5千分の1地形図「阿蘇山」「根子岳」「坊中」。


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典43・熊本県』竹内理三(角川書店)1991年(平
成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本書紀』(巻第七・景行天皇)720年(養老4):岩波文庫『日本書
紀』2巻(校注・坂本太郎ほか)(岩波書店)1995年(平成7)
・『日本歴史地名大系44・熊本県の地名』(平凡社)1988年(昭和63)
・『名山の日本史』高橋千劔破(ちはや)(河出書房新社)2004年(平成
16)



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