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山の伝説伝承【ひとり画展】(04) 【とよだ 時】


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▼北八ツ蓼科山・蓼科神社と武田信玄の棒道

・【略文説明】140字
形が富士山に似ているため諏訪富士とも呼ばれる蓼科山。山からし
ぼり出る水がふもとの村々を潤すので井戸の神とする高井明神をま
つってあります。昔から富士山に似ていてよい目じるしになり、武
田信玄も軍事目的の棒道を山ろくに作っています。江戸末期の本に
はライチョウがいたとの記録もあるそうです。
・長野県立科町と同県茅野市との境

北八ツ蓼科山・蓼科神社と武田信玄の棒道

・【本文説明】
 八ヶ岳連峰の一番北にそびえる端正な形の蓼科山(2530m)。そ
の形から諏訪富士とも呼ばれています。また、高井山とか飯盛山、
位山などの異名もあります。高井山とは高い井戸のことだそうです。

 蓼科山からしぼり出る水がふもとの村々を潤すため、山そのもの
を井戸の神として高井明神(いまは蓼科神社に改名)という神をま
つり、山頂に奥宮の祠を建ててあります。また、鷹がたくさんいる
ため鷹居山だとの説もあります。

 位山は神のすわる場所・座(くら)のある山のなまったもので、
それほどに高い山という意味といいます。蓼科山は富士山に形が似
ていて、どこからもよい目じるしになります。

 大和時代には、北側山ろくの雨境峠から瓜生坂に官道・東山道が
通り、室町末期にも武田信玄が軍事目的の棒道を南西側山ろくに作
っています。甲州を出発した武田勢は諏訪に入り蓼科山を目じるし
に北上、信濃攻略に向かったといわれます。

 信玄を先頭に軍師山本勘助たちが進軍して行った情景が目に浮か
びます。ある年の8月、お盆休みを利用して蓼科山に登山。山頂は
360度の展望です。でっかい岩がゴロンゴロンとしていて、東西南
北の景色を見るにも岩の間を縫うように山頂の端っこまで歩きま
す。

 景色を楽しんだあと、大岩に寝転がって流れる雲を眺めることが
できました。江戸末期の本にはライチョウもいたとの記録もありま
す。


▼蓼科山【データ】
【所在地】
・長野県北佐久郡立科町と同県茅野市との境。JR中央線茅野駅か
らバス・親湯入口から歩いて4時間30分で蓼科山(標高2530.3m)。
一等三角点と蓼科神社の奥宮がある。
【位置】
・三角点:北緯36度06分13.42秒、東経138度17分42.23秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「蓼科山(長野)」


▼【参考】
・『角川日本地名大辞典20・長野県の地名』市川健夫ほか編(角川
書店)1990年(平成2)
・『信州山岳百科・2』(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)ほか



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山旅はがき画の会
from 20/10/2000


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