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山旅伝説伝承【ひとり画展】(07) 【とよだ 時】


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980号佐久の幽巒(ゆうらん)・御座山(おぐらやま)

・【説明略文】
JR小海線小海駅の南東13キロにある御座山は、おぐらやま・お
ぐらさんと読み、標高2112.3mと長野県佐久山地の最高峰。南麓
の南相木村ではかつては小倉山と書かれ、ほかに燕岳ともいうそう
です。「佐久の幽境」とか、「佐久の幽巒(ゆうらん)」といわれ、
佐久の景勝のひとつにもなっています。
・長野県南相木村と北相木村にまたがる。

980号佐久の幽巒(ゆうらん)・御座山(おぐらやま)

・【本文】
 JR小海線小海駅の南東13キロにある御座山は、おぐらやま・
おぐらさんと読み、標高2112.3mと長野県佐久山地の最高峰。南
麓の南相木村(みなみあいきむら)ではかつては小倉山と書かれ、
ほかに燕岳(つばくろだけ)ともいうそうです。

 「佐久の幽境」とか、「佐久の幽巒(ゆうらん)」といわれ、佐久
の景勝のひとつにもなっています。この山はその昔は入会地として
薪、馬草、肥草などを採集した生活のための山でありました。また
神の山として村人に崇められ親しまれてきたそうです。

 ここは、1985年(昭和60年)8月に発生した『日本航空123便
墜落事故』の時、はじめ自衛隊やマスコミなどによって、墜落現場
と誤報されたこともありました。またこの山は、大正から昭和初期
の登山家大島亮吉(おおしまりょうきち)が、1926年(昭和元)、
秩父から信州・梓山まで山旅の途中で登り、それを日本山岳会の『山
岳』に発表し世間に紹介した山だという。

 蛇足ながら「佐久の幽巒」という難しい文字が使われていますが、
「幽」は奥深い(丹沢のユウシンもこの幽らしい)。「巒」は山のこ
とという。要するに「奥深い山」ということだという。これは大島
亮吉がいったのではなく、1947年(昭和22)年9月号の「山と溪
谷」誌ではじめて使われた言葉らしい。

 これは、「学匠詩人」と称される日夏耿之介(ひなつこうのすけ)
の作品にある「鮮(あた)らし驍(つよ)し湛(たの)し煕(たの)
し幽巒(ゆうらん)に入る」の一文からきたものだそうです。

 それはともかく、御座(おぐら)山の山頂からは八ヶ岳連峰、南、
北アルプス、奥秩父、金峰山や国師ヶ岳、甲武信ヶ岳、両神山から
富士山までの山々の眺めが一望できる別天地。またツツジやシャク
ナゲ、イワカガミの群生地帯もあります。

 険しい岩稜山頂には、石の祠があり、そこには浅間神社と諏訪神
社がいっしょにまつってあるという。御座(おぐら)山の名は岩山
の様子が、いかにも神が座るような感じからついたという説があり
ます。

 また、ロングロングのその昔、かの日本武尊(やまとたけるのみ
こと)が、小海線佐久広瀬駅の東北東にある臨幸峠(りんこうとう
げ・1460m)を越えて、この山にやってきて、休んだことから名
づけられたという説もあります。

 この山はまた雨乞いの山でもあります。干ばつの年などには村人
がみの(蓑)をつけて、山に登って山の神さまから剣先をお借りし
て帰ります。里に帰ったらその剣先を川に沈めるという。すると必
ずといっていいほど雨が降り出すというのです。そして神から雨を
戴いたあとに、もし剣先を返し忘れたりしようものなら、降った雨
はズーッと降りつづき、こんどは洪水が起こるというからただごと
ではありません(『長野県史』民俗編)。

 これは北相木村(きたあいきむら)に伝わる話です。南のピーク
2004mに御岳神社の祠と鉄剣があります。かつてはここでナギガマ
(薙鎌)の神事が行われていたという。この神事は、諏訪大社の神
事に欠かせないもののようで、鶏のトサカのような形をした神器ら
しい。

 諏訪明神の信州開拓の象徴であるとか、また「なぎ」が「凪ぐ」
に通じることから風雨鎮護、諸難薙ぎ祓(はら)うの意味ともいわ
れているそうです。山頂にまつられている祠の祭神が諏訪明神とい
うことに関係があるのでしょう。またふもと登山口のひとつである、
北相木村の栃原岩陰遺跡からは、北相木人として知られる縄文時代
最古の人骨が出土しています。

 ここからは縄文時代早期とされる土器・炉跡なども出土してお
り、国の史跡に指定されています。さらに北相木村京ノ岩にある厄
除観音(やくよけかんのん)は、正式には経窟山円通閣といい、「佐
久17番札所」にもなっており、「南向厄除観音」として多くの参詣
者がお参りにきます。これは上田市の別所北向観音に対してのもの
だそうです。

 これは安土桃山時代末期の永禄年間(1592〜1596)、ときの城主
依田長繁の子の興繁が京都の清水寺から捧持(ほうじ)したという。
さらに、同村にあるレジャー施設の「長者の森」は、昔、ここに住
んでいたという「一丸長者」の長者原につくったものだそうです。

 またこの村にある「大禅滝」は、北相木村三滝のひとつに数えれ
ています。この滝は、暮れのころから滝壺が凍りはじめ、節分のこ
ろには高さが30mもの氷柱に成長します。マツカサのような形に
なって凍るこの氷柱を、「太心行者」という人が高下駄をはいて経
文を唱えながら登ったという話もあります。北相木村の相木川の谷
は、秩父困民党を生んだ土地でもあります。

▼御座山(おぐらやま・さん)【データ】
【所在地】
・長野県南佐久郡南相木村(みなみあいきむら)と同郡北相木村(き
たあいきむら)にまたがる。小海線小海駅の南東13キロ。JR小
海線駅からバス、中島車庫前で南相木村営バスに乗り換え、栗生バ
ス停下車、2時間35分で御座山。二等三角点(2112.3m・亡失)
と、写真測量による標高点(2112m)、そして無人雨量観測小屋跡
のコンクリート土台がある。南のピーク2004mに御岳神社の祠と鉄
剣がある。
【位置】
・標高点:北緯36度2分1.97秒、東経138度36分31.96秒
・三角点:北緯36度2分2.46秒、東経138度36分24.18秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:2万5千分の1地形図:信濃中島

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・『信州山岳百科3』(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)


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 明日憂えん。(城山三郎)