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『全国の山・天狗ばなし』(04)
【とよだ 時】(ゆーもあ漫画家)

▼天狗とはなんだ!

【本文】
 いまさら天狗なんてといわれそうですが、ま、少
しの間お付き合い下さいませ。あちこちの山々を歩
いていると、天狗山、天狗岳、天狗岩、天狗平など
の天狗の文字がつく地名が目につきます。山名事典
には、70もの文字がならんでいます。地名の由来
は、地形や岩の形が天狗面に似ているものもありま
すが、なかには実際天狗さまがすんでいると伝承さ
れる山もあります。

(★天狗の歴史)
 国語辞典には、「天狗は深山に棲息するという想
像上の怪物。人の形をし、顔赤く、鼻高く、翼があ
って神通力を持ち、飛行自在で羽団扇を持つ」など
とあります。そして天災・人災を起こすことなど自
由自在、いたずら、人間同士のけんかが大好きな魔
物でもありますから困ります。

 こんな天狗にも階級があるといいますから愉快で
す。上から大天狗、中天拘、小天狗、木の葉天狗、
カラス天狗、白狼(はくろう)とならびます。江戸
古川柳に、「ありそうでないのが中天狗」というの
がありますが、中天狗はいるそうです。そしていち
ばん下に溝越天狗(みぞこしてんぐ)がいるのだそ
うです。

 この天狗は、まだろくに空も飛べず、溝を飛び越
すにもときどき落ちるという。いちばん上の大天狗
でも、名前がないものが多く、名前のついている天
狗はそれこそ大物なのです。そのほかの下っ端は、
とるに足らない「ゴミ天狗」で、ただいたずらをし
てるのみ。

 平安時代、木霊(こだま)のようなモノだと思わ
れていた天狗が、次第に修験道との結びついて具体
になっていきます。そして修験者の移動とともに各
地の山々に広がっていったらしい。その証拠に、吉
野の金峰山を模した東京奥多摩の御岳山のように、
奥の院に吉野の天狗の弟分の天狗がまつられている
ことでも分かります。

(★修験道の祖・役の小角
 修験道の祖といえばあの役(えんの)行者小角(お
づぬ)。あちこちの山を開いた人物として知られ、
開山した山は記録に残るものだけでも約80座を数
えます。この役行者が起こした修験道は神道と仏教
の両方をとり入れ、山や谷を巡りながら苦行するも
の。

 小角は少年時代から大の山好きで、山に入っては
自然と一体となり、次第に家に帰らないようになり、
ついには神通力を得て、17、18歳のころには、す
でに山の神である一言主命を自由に扱い、鬼の前鬼、
後鬼を水くみや、まき割りに使っていたというから
うらやましい。

 のちに前鬼、後鬼は天狗に昇格します。この修験
道が盛んになり各地の集団が統一され、身分が確立
されてくると、山伏になりたいという志望者が急増
します。各集団には苦行を積んで呪験・行力に秀で
た行者が次々にあらわれます。

(★天狗山伏)
 そんななか、その能力に限界を感じてあきらめた
ものや、落ちこぼれた山伏くずれが出てきます。そ
れらが山から下りて、一般民衆の中に入り込みます。

 そうした連中の中にも一通りの苦行、ある程度の
行力のある山伏がいて、加持祈祷、揉み療治、薬草
施与、中には恐喝や、押し売り、女性を拐かしたり
し、天狗のせいにして山に逃げ込んだりしたらしい。
そんなことから天狗とは恐ろしいバケモノだという
風潮が根づいていきます。

 しかしまた、山伏として山中を駆けめぐり心身を
鍛え、険しい岩場で行を練り、岩屋に籠り、法験・
行力をそなえた呪験師となった山伏も多くいまし
た。そして各地の天狗の活躍ばなしが人々の噂にな
ると、天狗そのものが次第に神格化されていくので
した。

(★天狗の記録文)
 さて日本での天狗の最初の記録は、『日本書紀』
(巻第二十三)の記事(637年・舒明9)です。そ
のころは天狗と書いて「あまつきつね」読ませてい
たといいます。それからしばらくは天狗の文字が文
書、記録には出てきません。平安時代中期になり『源
氏物語』(夢浮橋)に「天狗、木霊のようなもの」
との一文、また『宇津保物語』(俊陰)などに天狗
の文字がちらほらとあらわれる程度でした。

 さらに平安末期になると『今昔物語集』などで天
狗が俄然活躍をし始めます。中国の天狗が、日本の
お坊さんと力比べをしようとやってきましたが、比
叡山の慈恵僧正にこっぴどくやられた話など(巻第
二十)があります。

 天狗が活躍し出すのは、グーンと下った南北朝あ
たりです。『太平記』(巻第五)の中にある「高時天
狗舞い」のように、北条八代執権の北条高時が酔っ
ぱらって、さんざん天狗になぶりものにされたこと
もありました。『太平記』の舞台になった南北朝時
代の天狗は、まだ鼻が高くないカラス天狗であらわ
されていた時代。物語には天狗の陰謀が数多くから
んでいます。

(★六本杉の天狗評定)
 なかでも有名なものは京都仁和寺(にんなじ)の
六本杉の梢で行われた「天狗評定」です。夕立のた
め仁和寺の六木杉のかげで雨やどりしていた坊さん
が、たいへんなものを見てしまいました。雨がやん
で月明かりのなか、ふと杉の梢を見上げると、大物
天狗がズラリならんでなにやら相談中。

 足利家に内紛を起こさせようというもので、内容
は「まず、尊氏の弟・直義の妻のお腹を借り、大塔
宮が生まれる。次に尊氏が帰依している僧・夢窓国
師の弟子で野心家の妙吉侍者の邪心にとりつく。そ
して上杉重能、畠山直宗に邪法を吹き込み、高師直、
師泰兄弟を滅亡させ、尊氏兄弟にけんかをさせると
いうものでした。

 この謀議がまとまった直後、上杉重能、畠山直宗
が殺されました。また翌々年には高師直(こうのも
ろなお)一族が亡ぼされ、その次の年には直義(た
だよし)が兄の尊氏に忙殺されるなど大波乱が起こ
り、とうとう天狗たちの思うつぼになってしまいま
した。このことは、詳しく『太平記』(巻第二十五)
に記述されています。

(★日本八天狗)
 さて、修験道と結びつき、守護神になった天狗は、
南北朝あたりから霊山や力のある山伏集団のいる山
で勢力を増していきます。なかでも最も強い力をも
った天狗が8狗選ばれ「日本八天狗」と呼ばれてい
ます。それは、愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、飯綱
三郎、大峰前鬼後鬼、鞍馬山僧正坊、彦山豊前坊、
相模大山伯耆坊、白峰相模坊の8狗です(天狗は1
狗2狗と数える)。

(★天狗の山移り)
 相模とくれば神奈川県の丹沢・大山の天狗。かつ
て大山には、たくさんの子分の天狗をつれた相模坊
という大天狗がいたのですが、なにがあったか、四
国・香川県の白峰山に移ってしまいました。(天狗
信奉の修験者たちの移動にともなうものか)。以来
白峰相模坊と呼ばれています。そのあと、鳥取県・
伯耆大山から伯耆坊(ほうきぼう)が移ってきたと
いう。これを天狗の山移りというそうです。

(★鼻高天狗)
 室町時代末期になり、日本画の狩野派2代目・狩
野元信が初めて大天狗「鞍罵大僧正」を描きました。
それは今までのカラス天狗と違って山伏姿の鼻の高
いカッコいい天狗です。その威厳のある姿に各地の
山々の天狗信奉者たちは、みなこの姿の天狗にのり
かえてしまいました。そのため、いまでは天狗とい
えば赤ら顔で鼻の高い姿が一般的になっています。

 しかし、この姿にのりかえず、昔と変わらないく
ちばしのとがった姿を守りとおしている天狗の系列
がります。それが飯縄系の天狗です。飯綱三郎は飯
縄系の天狗の総元締めです。飯縄系の天狗の姿は、
ほかの天狗と違い、背中に火炎を背負い、白いキツ
ネに乗った荼吉尼天(だきにてん)の姿。飯縄系の
天狗は、このほか静岡県の秋葉山三尺坊、神奈川県
箱根明星ヶ岳の道了薩た(どうりょうさった)、東
京の高尾山飯縄権現、茨城県の加波山岩切大神など、
みな飯縄系の天狗です。

(★天狗と生活した少年)
 江戸時代になると、天狗小僧寅吉や神城騰雲など
天狗にさらわれ、天狗と一緒に生活してきたという
者まであらわれます。国学者の平田篤胤などは、寅
吉少年から天狗界の様子を聞き書きするなど熱心に
研究していたようです。

 明治時代になると西欧の先進国の知識に追いつけ
と背伸び体制。妖怪・天狗など迷信扱いになります。
証明も行灯(あんどん)からランプ、電灯になって
いき、天狗もおちおち姿を見せられなくなっていき
ます。そのうえ神仏分離令とかで、廃仏棄釈の嵐が
吹きまくり、山伏姿も幅を利かせられなくなりまし
た。そして現代、いまや人工衛星、宇宙旅行、核兵
器、ミサイルの時代。

 山々も走りに走り、山の神・天狗などねじ伏せて
登る時代。またなんとか百名山とやらを駆けめぐり、
それをテレビで放映する時代。さらには山小屋へ名
物メニューを食いに、いっぱい飲みに出かける時代。
天狗?なにを寝ぼけてんだとますます相手にされな
くなっています。

 しかし、いくら俗信だ迷信だといわれても、何百
年何千年と人間が胸に温め、育ててきたこれらの日
本の文化。民話に商標マークに、そして山々の神社
仏閣のシンボルとして消え去るモノではありませ
ん。天狗はますます山奥の崖の岩屋で、仲間を集め
てイッパイ傾けながら生き続けているに違いありま
せん。さらには人間社会に入り込み、姿を変えてナ
ントカ天狗などと、我慢邪慢、自慢そのままに生き
続けていく道を選ぶ天狗もいるのはご承知の通りで
す。

 以上大急ぎで天狗について述べましたが、ほかに
も身近な山々に名のない天狗、名のある天狗は数え
きれないほどいます。山歩き中に「天狗」と名のつ
く地名を見つけたら、その周囲の神社などに祠はな
いか観察してみたら、きっと意外な発見するかも知
れません。次項からは、各時代のそれぞれの天狗の、
失敗談、まぬけな話、天狗になる前の身分、悪だく
みなど不思議な話などを説明して参ります。


▼【参考文献】
・『雨月物語』上田秋成:『雨月物語』(日本古典文
学全集48)高田衛校注・訳(小学館)1989年(平
成1)
・『宇津保物語』俊蔭:武笠三校正(有朋堂書店)
大正15(1926)
・『今昔物語集』(巻第二十):日本古典文学全集24
『今昔物語集3』馬淵和夫ほか校注・訳(小学館)
1995年(平成7)
・『新著聞集』椋梨一雪原著、神谷養勇軒編。:(『日
本随筆大成第二期第5巻』日本随筆大成編輯部編(吉
川弘文館)1994年(平成6)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)
1977年(昭和52)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)
1977年(昭和52)
・『太平記』:日本古典文学大系『太平記(一)』後
藤丹治ほか(岩波書店)1993年(平成5)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭
和50)
・『日本書紀』(巻第二十三):岩波文庫『日本書紀
4』坂本太郎ほか校注(岩波書店)1996年(平成8)
・『日本未確認生物事典』笹間良彦著(柏美術出版)
1994年(平成6)
・『宿なし百神』川口謙二著(東京美術刊)1979年
(昭和54)



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02全国の山・天狗ばなし
03『山の神々いらすと紀行
04『続・山の神々いらすと紀行
05『ふるさとの神々何でも事典
06『続・ふるさとの神々事典
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