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【よも山画ッテン話】(本文のページ)02
【とよだ時】(豊田時男
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▼丹沢大山を開山した良弁僧正と関係ある山

【概略文】
神奈川県大山を開山したのは良弁(ろうべん)
という坊さんは有名です。その丹沢大山から
東京湾をまたぎ、ずーっと東のここ千葉県の
山にも、良弁僧正が開山したお寺があります。
元清澄山頂には2つの石祠があって「大山神
社」と読める文字があります。里宮の鴨川市
大山の大山神社はもと大山寺本体。丹沢大山
を開山した良弁が創建したといい、本山と同
じにやはり雨乞いのお寺でしたが明治の廃仏
棄釈の影響で大山神社の名に変わったとい
う。

▼丹沢大山を開山した良弁僧正と関係ある山

【本文】

 神奈川県大山を開山したのは良弁(ろうべ
ん)という坊さんは有名です。良弁僧正は、
鎌倉の出身で奈良東大寺の初代別当というエ
ライ人。その丹沢大山から東京湾をまたぎ、
ずーっと東のここ千葉県の山にも、良弁僧正
が開山したお寺があります。

 鎌倉時代、日蓮上人が修行したお寺・千葉
県鴨川市にある日蓮宗 大本山 清澄寺(せい
ちょうじ・きよすみでら)で有名なその名も
清澄山。その西側奥に元清澄(もときよすみ)
山(標高344m)という山があります。

 清澄寺の「清澄」とは、その昔、山頂にき
れいに澄んだ池があったのでついた名前だと
いう説があります。しかし、それならその奥
にある元清澄山は「奥清澄」になるはずです
よね。また清澄山の奥にあるから(日本山岳
ルーツ大辞典」)とする本もありますが、これ
も「元」ではなく「奥」がつかなければ不自然
です。

 一説に、清澄は「木屋住み」のなまったも
のといいます。昔、房総開拓の祖・天富命(あ
めのとみのみこと)とともにやってきた木地
師たちが北上、鹿野山方面に定住、さらにそ
こから南へ移動してきて、まず、いまの元清
澄に住み、のち清澄山に定住したというので
す。それなら元住んでいた所は元木屋住み(元
清澄)になるわけで、まさにいまの地名とド
ンピシャリです。

 元清澄山頂には2つの石祠があって正面に
「大山神社」読める文字が彫ってあります。
向かって左側面には明治22年に建立したこと
を記してあります。里宮の鴨川市平塚大山地
区にある大山神社はもと、大山寺(高藏山大
山寺)を本体とし、神亀元年(724)、丹沢大
山を開山した良弁(ろうべん)僧正が創建し
たといわれ、雨乞いのお寺だったという。「角
川日本地名大辞典12・千葉」)。

 神亀(じんき)元年(724)とえば、飛鳥
時代から奈良時代に入ったばかり。太安麻呂
(おおのやすまろ)らが『古事記』を撰上し
た年だというから古い。それがいつのころか
神仏習合の修験の寺となり、その後大山祇(お
おやまつみ)をまつる大山神社へと変わって
いったそうです。

 天保(てんぽう)11年(1841)に、石尊
大権現高蔵神社(祭神:日本武尊)と尊称す
るようになります。ここには高蔵神社と不動
尊がまつられています。そんなことから元清
澄山の山頂の二つの祠は、南西ろく側の大山
地区を向いて建てられています。祠の前には
無造作にサカキが供えられています。

 昼飯のおにぎりを食べていたら、突然ガサ
ガサと物音。サカキを背中いっぱいに背負っ
た村人が現れました。そうか、年末も近い。
地元の人は正月用のサカキの出荷に忙しかっ
たのだ。

 元清澄山への登山口に金山ダムがありま
す。このダムサイトの下にある小さな集落の
裏山に、金山城址があります。金山バス停か
ら金山ダムに向かい、トンネルの手前から川
沿いに集落に入ると、農家のわきから裏山に
抜ける小道があります。10分くらい登ると、
一面ススキの原となっている広場に出ます。

 いまは民有地だといいますが、そこは鎌倉
時代に長狭(ながさ)氏が、また室町時代に
は東条七郎左衛門政常が居城していた城の跡
だそうです。東条政常は同時代、安房国(千
葉県)の東条城主として知られています。し
かし文安年間(1449〜1449)、安房に入国し
てきた里見義実 (よしざね)に攻められる立
場になります。義実は安房里見氏の初代とも
いわれる人物。

 江戸時代前期の『房総里見軍記』に、「(金
山城は)元より山城にして、大手先に堀を切
り、東南の方に深田を湛え、裏は一面屏風を
立てし如き険岨にして、実に堅固の城郭なり」
とあります。里見義実(よしざね)はそんな
城に、夜討ちをかけて攻めたてました。たま
らず、ついに東条氏は自害、2日間で落城し
たといいます。文安2年(1445)6月9日の
ことと伝えます。

 ただ別の説では東条七郎左衛門政常は、里
見義実のひ孫の里見義豊(よしとよ)に敗れ、
その戦いで没したとも伝えられています。里
見家はその後、第9代の忠義が元和元年に罪
により追放されるまで170年間、房総を治め
ましたが、歴史上、金山城の戦いは興味深い
ところです(『房総の山』)。


▼元清澄山【データ】
★【所在地】
・千葉県鴨川市と君津市との境。外房線天津
小湊駅の北西8キロ。JR久留里線亀山駅か
ら歩いて3時間で元清澄山。三等三角点
(344.2m)と大山神社の祠がある。地形図
に山名と三角点の標高の記載あり。関東ふれ
あいの道に指定

★【位置】(国土地理院「電子国土ポータルW
ebシステム」から検索)
・三等三角点:北緯35度10分31.11秒、東
経140度05分45.8秒

★【地図】
・2万5千分の1地形図「坂畑(大多喜)」


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典12・千葉』川村優ほ
か編(角川書店)1984年(昭和59)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ
出版)2005年(平成17)
・「日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書
房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004
年(平成4)
・『房総山岳志』内田栄一(論書房出版)2005
年(平成17)
・『房総の山』千葉県山岳連盟(千秋社)1977
年(昭和52)
・『房総里見軍記』(浪人山田某著)。寛永8
年(1631年・江戸時代前記)



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