山頂に必ずといっていいほどあるあの祠はなんだ?
▼山旅いらすと話【本文】のページ(08) 【とよだ 時】

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▼奥多摩・御岳山奥之院日本武尊伝説

【略文】
御岳山の御岳神社社伝によれば、創建は崇神天皇の時
代(前97〜前30年)という。その後日本武尊が白狼の
案内で無事ここに訪れて陣を張り、奥ノ院峰の岩倉に
武具を納めたと伝えます。そんなことから御岳神社ノ
院峰山頂下には、日本武尊をまつる男具那社が建って
います。
・東京都奥多摩町

▼奥多摩・御岳山奥之院日本武尊伝説

【抜粋文】
 東京都の山岳地帯奥多摩。その御岳山にある武蔵御
岳神社は、鹿の肩の骨を火で焼いて、その年の豊作を
占うという「太占(ふとまに)」の神である櫛真智命(く
しまちのみこと)を主神としています。


 また大己貴命(おおなむちのみこと・大国主命)と、
その片腕となって国土の経営にあたったと日本神話に
書かれている、少彦名命(すくなひこなのみこと)の
3神をまつります。


 御岳神社の社伝によれば、この神社の創建は崇神天
皇(すじんてんのう)(『日本書紀』による第10代天皇)
の時代(前97〜前30年)というからモノスゴイ。


 その後、日本武尊(やまとたけるのみこと)が山中
で道に迷ってしまった時、白狼の案内で無事ここに訪
れて陣を張ることができたといいます。そして、奥之
院峰の岩倉(蔵)に武具を納めたと伝えます。そのた
めこのあたりを武蔵の国というのだそうです(武具を
蔵に納めた)。


 御岳神社奥之院峰山頂下には、日本武尊をまつる男
具那社(おぐなしゃ)が建っています。日本武尊とい
えば、走水(はしりみず)の海(浦賀水道・千葉県と
神奈川県の境)で身を投げた弟橘姫(おとたちばなひ
め)を連想します。


 御岳神社左下の道をとり「天狗の腰掛け杉」わきか
ら右へ登り、奥ノ院へ向かう途中にある橘姫の碑は、
それにちなんだ石碑です。奥の院峰はいまも訪れる人
が少なく静かです。


▼御岳山奥之院【データ】
【所在地】
・東京都西多摩郡奥多摩町。JR青梅線御岳駅からバ
ス・ケーブル御岳山から歩いて1時間半で御岳山奥ノ
院ピーク。写真測量による標高点(1077m)。地形図に
標高点の標高のみ記載あり。標高点より北東方向59mに
奥ノ院がある。


【ご利益】
・【武蔵御獄神社奥ノ院】:火難・盗難退除


【位置】
・標高点:北緯35度46分47.1秒、東経139度08分
30.29秒


【地図】
・2万5千分の1地形図:「武蔵御岳(東京)」


▼【参考文献】
・『奥多摩』宮内敏雄(百水社)1992年(平成4)
・『奥多摩風土記』大館勇吉著(武蔵野郷土史研究会)1975
年(昭和50)
・『角川日本地名大辞典13・東京都』北原進(角川書店)
1978年(昭和53年)
・『古代山岳信仰遺跡の研究』大和久震平著(名著出版)
1990年(平成2)
・『山岳宗教史研究叢書8・日光山と関東の修験道』宮
田登・宮本袈裟雄編(名著出版)1979年(昭和54)
・『山岳宗教史研究叢書・17』(修験道史料集1・東日
本編)五来重編(名著出版)1983年(昭和58)
・大日本地誌大系12『新編武蔵風土記稿6』(蘆田伊人
編(雄山閣)昭和45(1970)年版
・『図聚天狗列伝・東日本編』知切光歳(三樹書房)1977
年(昭和52)
・『日本歴史地名大系13・東京都の地名』児玉幸多ほか
(平凡社)2002年(平成14)
・「武州御岳山信仰と講社」西海賢二::『山岳宗教史
研究叢書8・日光山と関東の修験道』(名著出版)1979
年(昭和54)


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▼上記は、ヤマケイ新書日本百霊山を参考にしました。
書店で発売中 ・店頭にない時は店員の方にご注文を。
品薄のため、多少時間がかかるかもしれません。ご了承下さい。

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▼【
売店】もあります。


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【とよだ 時】 山の伝説伝承探査

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