山頂に必ずといっていいほどあるあの祠はなんだ?
▼山の伝説伝承【本文】のページ(05 【とよだ 時】

……………………………………

▼山梨県石割山・蜃気楼と天の岩戸

【略文】
石割山は蜃気楼が出現する山だという。かつて雷の神を
まつってある大天狗、小天狗の岩で修験者が修行したそ
うです。中腹にある乗鞍石は下馬石で、女人結界石でも
ありました。
・山梨県都留市と同県山中湖村・忍野村との境。

▼山梨県石割山・蜃気楼と天の岩戸

【説明本文】
 石割山は山中湖の北岸にあり、登山口の平野集落から
も石割神社を経て、1時間半で山頂に登れるため、湖面
に映る雄大な富士山を前に、家族連れでにぎわいます。


 山中湖村教育委員会発行の「山中湖村の歴史と伝説」
には、「霊山として知られ、特に蜃気楼(しんきろう)
の出現する山として日本山岳史に記されている」とあり
ます。


 三角点のある小広い山頂で、昼飯をとっていると太陽
に暖められた土からいっせいに湯気があがりはじめまし
た。この湯気が激しいときには、あるいは蜃気楼が現れ
るのかもしれません。


 突然ですが天岩屋戸伝説。「天宇受売命(あめのうづ
めのみこと)、天香山(あまのかぐやま)の天の日影を
手次(たすき)に繋げて…天香山の小竹葉(ささば)を
手草に結ひて、天の岩屋戸(あまのいわやど)に汗気(う
け)伏せて蹈み登杼呂許志(とどろこし)、神懸り為て、
胸乳を掛き出で…高天の原動(とよ)みて、八百万の神
共に咲(わら)ひき」とあるのは『古事記』上つ巻です。


 …外の騒ぎは何事かと、天照大神(あまてらすおおか
み)が岩屋戸を細めに開けたとたん、隠れていた手力男
命(たじからおのみこと)が岩屋戸を開け、手を取って
引き出し、布刀玉命(ふとだまのみこと)が尻久米縄(し
りくめなわ・しめ縄)を張って中に入れないようにした
…」。


 この伝説の岩屋戸にちなむ伝説地は全国に多くありま
す。有名なのは長野県の戸隠山、宮崎県高千穂町天岩戸
神社、奈良県橿原(かしはらし)市の天香具山(あまの
かぐやま)など。しかしここ石割山も負けてはいません。


 その八合目にある石割神社には、高さ10m、長さ15
mもの大きな岩が垂直に切ったように立っており、まる
で岩戸を誰かが動かしたかのよう。その岩の下に祠がは
め込まれています。


 割石は「石」という字に似て割れ目が入っていて、そ
のうしろは幅50センチほどのすき間が見事に立ち割れ、
まるで岩の戸が2枚並んで立っているように見えます。


 ここ平野地区にも「天の岩戸」のいい伝えがあり、先
の神話はここのことだと信じる人が多いとか。石割山の
名も山頂下のこの割石が山名のもとといいます。


 その隙間を3回通れば幸運がひらけると伝え、大人で
も子供でも妊婦のように太った人でもすれすれに通れる
といいます。しかし、喪中の人や、悪いことをした人、
すねにキズ持つやからは岩に挟まれるというから面白
い。


 この岩の割れ目からしたたり落ちるしずくは、薬水と
して用いられ、眼病を治癒し、皮膚病の特効薬として近
郷近在まで知れ渡り、多くの病人を救ったと伝承されて
います。


 石割神社の縁起では、「創立往古詳ならず」としなが
らも、「住吉神の使いの白鳩の導きにより石割山創始さ
る。霊験あらたかな権現さまとして平野郷人の信仰心を
集める…」として、祭神は天手力男尊(アメノタヂカラ
オノミコト)、相殿・須佐之男尊(スサノヲノミコト)、
武甕槌尊(タケミカツチノミコト)、磐長姫命(イワナ
ガヒメノミコト)、日本武尊(やまとたけるのみこと)
としています。


 ここも昔は修験者が登って修行をした霊場だったそう
です。また同書「山中湖の歴史と伝説」によると、「近
くにお釜石という釜の形をした岩がある。このお釜石の
水は里宮である天神社の湯立てのまつりに湧かして人々
を祓う神湯として使われている。…→


 …→水の根源の湧く釜石であり、平野区民の飲料水と
してお釜石の遠くから掘削(くっさく)水道で区内に引
いて暮らしに役立っている。」…→


 …→さらに「干ばつの際は、雨乞いをする地として、
水象女の神(罔象女神・みずはのめのかみ?)【『日本
書紀』では罔象女神(みずはのめのかみ)、『古事記』
では弥都波能売神(みづはのめのかみ)】をもまつって
いる。…→


 …→石割山には大天狗、小天狗という名の岩がそびえ
て雷の神をまつっている。往古、山伏が修行道場として
この岩でも修行したと伝えられている。いまの石割山は
…とくに蜃気楼が出現する山として日本山岳史に記され
ている」としています。


 なお、中腹には乗鞍石という岩があり、昔はここで馬
をおり、ここからは歩かなければならなりませんでした。
またかつてはこの山も女人禁制で、女性が登れるのはこ
こまでだったそうです。


 そのため乗鞍石は、下馬石とか、女八遥拝石とも呼ば
れていました。そこは雷神をまつってあるという大天狗、
小天狗という岩の遥拝所にもなっています。神社の大祭
は4月9日。


 各地でよく聞くように、ここでも以前は祭りの日には
賭博が行われていたらしい。いまでは開運、厄除け追難、
疫病払い、長寿息災、産業などの神として信仰されてい
るそうです。


 乗鞍石にはこんな伝説があります。「昔、ショウヘイ
様の先祖が石割様の山へ鉄砲猟に行った。旧3月9日に
鳩に向かって9発打ったが死ななかったのでそのまま帰
った。その処に神代のジョウリ(草履か)が石の根にあ
った。…→


 …→この石は乗鞍石である事は知らなかった。翌年の
3月9日に自宅の廊下に弾丸が9発転がっていた。不思
議に思い先の場所を調べると石がありそれが乗鞍石とわ
かったので、それから石割様をまつった」(資料のママ)
……のだそうです。


 富士急富士吉田駅からのバス終点平野から、道祖神の
祠を右に見て道志方面の車道を進みます。すぐ左に薬医
門、続いて寿徳禅寺の入口。まもなく石割山ハイキング
入口のバス停を過ぎると赤い鳥居が目立ち、石垣の上に
不動妙王社があります。


 土地の人はこれを里の石割神社だといっています。手
前左への道の両側には石割神社の石柱があり、道標も建
っていて分かりやすい。なおも別荘地のある雑木林のな
かの車道を進むと、右の小沢を渡ったところに赤い鳥居
があって奥に長い石段が続きます。


 両わきはつつじが裁植されています。石段を上りきる
とあずま屋がありベンチもあります。なだらかな尾根道
は林道と重なります。なるべく林道から離れて、林の中
を歩くとやがて石割神社奥社につきます。


 私が訪れたときは、奥社を修理をしていて祠の前に立
派な社を建てていました。新しい石塔なども建っていま
した。屋根を修理している宮大工さんの足元に天狗の赤
いげたがポツンところがっています。岩戸の隙間を通り
ましたが、ご神水は涸れていました。


 神社手前、左にスズタケのなかを急登。まもなく広場
のような石割山頂に着きます。すぐに大天狗、小天狗の
岩へ通じる道はないものかと尾根道をしばらくうろつい
たが見つかりませんでした。昼食も過ぎて、蜃気楼にな
りそうな湯気を見ながら、帰りは山中湖と富士山を眺め
つづける大平山へのコースをとりました。


 北富士演習場の実弾が砲撃されるたびに、裾野に上が
る大きな砂けむりが手に取るようです。長池山手前の林
道を内野に下ります。しばらくすると人家が現れ、たん
ぼの中を進むと天狗社バス停に着きました。


▼石割山【データ】
【所在地】
・山梨県都留市と山中湖村・忍野村との境。富士急行三
つ峠駅の南東10キロ。富士急行富士吉田駅からバス・平
野から歩いて1時間30分で石割山。三等三角点(1412.5
m)がある。地形図に山名と三角点の標高、南側に神社
記号(鳥居)の記載あり。

【位置】
・三等三角点:北緯35度27分01.87秒、東経138度54分04.
68秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「御正体山(甲府)」


▼【参考文献】
・「石割神社縁起資料」(「石割山登山口の看板」石割神

社縁起)
・『角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角
川書店)1984年(昭和59)
・『古事記』:新潮日本古典集成・27『古事記』校注・
西宮一民(新潮社版)2005年(平成17)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005
年(平成17)
・『日本山名事典」徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平
成4)
・『山中湖村史」山梨県山中湖村
・『山中湖の歴史と伝説」(山中湖村教育委員会):「山
梨県山中湖村観光協会」(協力)



…………………
▼上記は、ヤマケイ新書日本百霊山を参考にしました。
書店で発売中 ・店頭にない時は店員の方にご注文を。
品薄のため、多少時間がかかるかもしれません。ご了承下さい。

…………………
▼【
売店】もあります。


……………………………………
【とよだ 時】 山の伝説伝承探査

…………………………………………
たまにはトップページへもどうぞ。
https://toki.moo.jp/
【峠と花と地蔵さんと…】