ヤマケイの本『日本百霊山』 陽気な妖怪ばなし。
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▼岳みち・里みち・田んぼみち
本文のページ(07) 絵と文【とよだ時】
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山道のはなし
▼路傍の石仏「馬頭観音」
【簡略説明文】
馬頭観音は変化観音のひとつで馬の頭を持つ
観音さま。これが日本に伝来したのは弘法大
師が入唐して以来とのこと。鎌倉時代には馬
は大事な乗り物であったことから武家社会の
なか大流行。江戸時代になるとすっかり定着。
馬ばかりでは片手落ちとばかり、なかには「豚
頭観音」や、「犬頭観音」なんてのもあります。
(長文です。拾い読みしてください)
【説明本文】
山深いいなか道を歩いていると、道ばたに
馬の顔を彫った石像がこけにまみれて建って
います。かたむきかけた塔に馬頭観音と文字
を彫ったものもあります。馬頭観音は変化観
音のひとつで馬の供養塔です。文字通り馬の
頭を持つ観音さまです。形はただの文字塔だ
ったり、馬の顔を頭に乗せた像などいろいろ
です。
馬頭観音は馬頭観世音の略で、馬頭菩薩、
馬頭大工、馬頭明王ともいい、六観音の一つ
でまた八大明王のひとつでもあります。魔障
を払い、慈悲を給う菩薩です。
農業がまだ機械化されていなかった昔は、
水田の耕作から作物の運搬、人の運送まです
ベては馬を頼りにしていました。農家は馬を
それは大切にし、厩舎(うまや)を住まいと
一緒に建て、共に寝起きして家族同様の生活
をしました。
いまでもカの単位に「馬力」を使ったり、
「馬力のあるヤツだ」などといったりします。
昔から武士は槍一筋は百石の侍、馬1頭は2
00石の侍といわれてきましたが、武士の限
らず農家でも馬がいるかいないかで、その家
の裕福さの度合いがわかったという。
また祭りなどには、腹かけをかけをして着
飾り、祝いの行列に参加させるなど、馬は特
別な待遇を受けていました。
こんな大事な馬ですから、死んだら峠や山
道、死馬捨て場などに馬頭観音塔を建立して
供養、同時に他の馬の無病息災を祈ります。
馬頭観音塔の中でも、自家で飼っていた馬
を供養するために建てた塔は概して小型で
す。これに対して大型のものは、馬持ち講中
など牛馬に関係のある職業集団や、馬頭講、
観音講の講中の造った像が多い。この場合は、
不特定の馬の供養であり、馬の無病息災の祈
願が込められているのだそうです。
馬頭観音は、馬頭金剛明王ともいい、もと
もとは馬の守り神とは関係ない仏さま。観音
のなかではめずらしくこわい顔をしており、
三つの顔にそれぞれ三つの目があり、は眉間
にたてについています。口からは牙までつき
だしています。これは悪に染まった人々の度
胆を抜き、威力で魔性を打ちくだき、導こう
とする勧善懲悪の姿だといいます。
馬頭観音は、紀元前1200年にインドで
編さんされた『リグ・ベーダ』に出てくるペ
ードウ王の神話が起源だといいます。いつも
毒蛇に苦しめられていたペードウ王を、神か
ら授かった駿馬が毒蛇と戦い退治してくれた
という神話です。
馬頭観音の恐しい顔は、その時の奮闘の姿
をあらわしているといいます。また、ヒンズ
ー教神話の、シバ神とならんで有名なビシュ
ヌ神は、悪魔を退治するため10の動物や英
雄神に姿を変えるといい、その化身のひとつ
が仏教にとり入れられ、馬頭観音になったと
もいわれています。
頭に馬をのせている馬頭観音塔もありま
す。これは世界を統一する力をもっていると
いう転輪聖王(てんりんじょうおう)の馬が、
四方をかけめぐって魔性を蹴散らし、邪悪な
心を喰いつくす意味だという。のち六道の畜
生道救済の意味からいつの間にか馬の守り神
にされ、塔に建立されるまでになったのだそ
うです。
馬頭観音は悪人をこらしめ、諸病をとり除
き、天変地異を防ぎ、悪人との論議得勝を祈
るためにまつります。また天台大師の「摩詞
止観(まかしかん)」(第二)では師子無畏観
世音と名づけ、六観音のひとつ、六道(地獄、
餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の中の畜生
道の救済にあたる仏尊になっています。
しかし、こんな小ムズカシイことはさてお
き、農山村の馬頭観音はあくまでもわが家の
労働力であり、働き手である馬の供養と安全
と健康を祈るためのものです。
馬頭観音の信仰は、弘法大師の入唐以来日
本に伝来したといい、大分県大分市の平安時
代の五尊磨崖仏の中にも馬頭観音雪石仏があ
ったという。鎌倉時代、武家社会のなかで馬
は大事な武器であったことからこの信仰が流
行したという。
江戸時代になると馬頭信仰はすっかり定
着。馬の守り神として民間に広まり、江戸時
代中期には道ばたに石像が建てられるように
なりました。
路傍の馬頭観音の像は、一面二臂、三面六
臂や三面八臂像が多く、両方ともに立像と座
像があります。頭の上の馬は一頭のものがふ
つうですが、栃木県那須町には頭上に五頭刻
んだ塔があるとか。これら複数のものは、そ
の刻んだ頭数の供養を意味するのだという。
また、一基に一面二臂像を二体彫った双体馬
頭観音像も山梨県塩山市にみられます。
馬頭観音には像だけでなく、角柱や自然石
に馬頭観世音、馬頭尊、馬頭宮、馬頭大士な
どと、文字だけのものも多く、これは像のも
のより新しいといいます。
馬とならんで人間の役に立ったのがお牛サ
マ。馬ばかりでは片手落ちです。そこで牛頭
観音というのを作りまして同じように道ばた
にまつってあります。牛馬一緒の石碑も時折
り見られ、牛馬観音と書かれて牛、馬の絵が
彫られています。なかには「豚頭観音」まで
あります。
ある年の正月も松がとれるころ、甲斐大和
駅から景徳院、竜門峡、栖雲寺をめぐり、こ
の林道を湯ノ沢峠まで歩いたことがありまし
た。途中竜天宮社に寄ってみました。
境内で氏子の人が焚き火をしています。お
焚き上げの最中らしい。静かな境内を巡るう
ち、「犬頭観音」を見つけました。馬頭、牛
頭、豚頭は見たことはあるけれど、犬頭は初
めてです。「これは珍しいものを見させてい
ただきました。写真を撮らせてください」。
すると「これから山に登るのですか。これ
持って行きなさいよ」と、神前からミカンと
リンゴのお供物を貰ったことがありました。
▼【参考文献】
・『信州の石仏』曽根原駿吉郎(文一総合出
版)1980年(昭和55):
・「石仏紀行・日本発見」(暁教育図書)1980
年(昭和55)
・『日本石仏事典』庚申懇話会(雄山閣)1979
年(昭和54)
・『日本の石仏8』(北関東篇)大塚省悟編(国
書刊行会刊)1983年(昭和58)
・『日本の石仏6』(甲信・東海篇)池田三四
郎ほか編(国書刊行会刊)1983年(昭和58)
・『日本の石仏9』(東北篇)板橋英三編(国
書刊行会刊)1984年(昭和59)
・『日本の石仏』(南関東)監修・大護八郎(国
書刊行会刊)
・『日本の民俗・全47巻』(第一法規出版)
昭和46(1971)年〜昭和50(1975)年
・『仏さまの履歴書』市川智康(水書房)1979
年(昭和54)
・「民間信仰辞典」桜井徳太郎(東京堂出版)
1984年(昭和59)
・『目で見る民俗神・3』(境と辻の神)萩原
秀三郎(東京美術)1988年(昭和63)
・『宿なし百神』川口謙二著(東京美術刊)1979
年(昭和54)
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