ヤマケイの本日本百霊山』 陽気な妖怪ばなし。
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▼岳みち・里みち・田んぼみち
本文のページ(06)  絵と文【とよだ時】
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山のはなし
山の妖怪・天狗とはなんだ

(長文です。拾い読みしてください)
【説明本文】

 いまさら天狗なんてといわれそうですが、
ま、少しの間お付き合い下さいませ。あちこ
ちの山々を歩いていると、天狗山、天狗岳、
天狗岩、天狗平などの天狗の文字がつく地名
が目につきます。

 「山名事典」には、70もの文字がならん
でいます。地名の由来は、地形や岩の形が天
狗面に似ているものもありますが、なかには
実際天狗さまがすんでいると伝承される山も
あります。

 国語辞典には、「天狗は深山に棲息すると
いう想像上の怪物。人の形をし、顔赤く、鼻
高く、翼があって神通力を持ち、飛行自在で
羽団扇を持つ」などとあります。そして天災
・人災を起こすことなど自由自在、いたずら、
人間同士のけんかが大好きな魔物でもありま
すから困ります。

 こんな天狗にも階級があるといいますから
愉快です。上から大天狗、中天拘、小天狗、
木の葉天狗、カラス天狗、白狼(はくろう)
とならびます。江戸古川柳に、「ありそうで
ないのが中天狗」というのがありますが、中
天狗はいるそうです。

 そしていちばん下に溝越天狗(みぞこして
んぐ)がいるのだそうです。この天狗は、ま
だろくに空も飛べず、溝を飛び越すにもとき
どき落ちるといいます。

 いちばん上の大天狗でも、名前がないもの
が多く、名前のついている天狗はそれこそ大
物なのです。そのほかの下っ端は、とるに足
らない「ゴミ天狗」で、ただいたずらをして
るのみ。

 さて、平安時代中期の『源氏物語』(夢浮
橋)に「天狗、木霊のようなもの」との一文
があります。この木霊(こだま)のようなモ
ノだと思われていた天狗が、時が経つにつれ
て次第に修験道との結びついて具体になって
いきます。

 そして修験者の移動とともに各地の山々に
広がっていったらしい。その証拠に、吉野の
金峰山を模した東京奥多摩の御岳山のよう
に、奥の院に吉野の天狗の弟分の天狗がまつ
られていることでも分かります。

 修験道の祖といえばあの役(えんの)行者
小角(おづぬ)。あちこちの山を開いた人物
として知られ、開山した山は記録に残るもの
だけでも約80座を数えます。

 この役行者が起こした修験道は神道と仏教
の両方をとり入れ、山や谷を巡りながら苦行
するもの。小角は少年時代から大の山好きで、
山に入っては自然と一体となり、次第に家に
帰らないようになります。

 ついには神通力を得て、17、18歳のころ
には、すでに山の神である一言主命を自由に
扱い、鬼の前鬼、後鬼を水くみや、まき割り
に使っていたというからうらやましい。のち
に前鬼、後鬼は天狗に昇格します。

 この修験道が盛んになり各地の集団が統一
され、身分が確立されてくると、山伏になり
たいという志望者が急増します。各集団には
苦行を積んで呪験・行力に秀でた行者が次々
にあらわれます。

 そんななか、その能力に限界を感じてあき
らめたものや、落ちこぼれた山伏くずれが出
てきます。それらが山から下りて、一般民衆
の中に入り込みます。そうした連中の中にも
一通りの苦行、ある程度の行力のある山伏が
いて、加持祈祷、揉み療治、薬草施与と人の
役に立つ者もいたらしい。

 ところが、中には恐喝や、押し売り、女性
を拐かしたりし、天狗のせいにして山に逃げ
込んだりする落ちこぼれもいました。そんな
ことから天狗とは恐ろしいバケモノだという
風潮が根づいていきます。

 しかしまた、山伏として山中を駆けめぐり
心身を鍛え、険しい岩場で行を練り、岩屋に
籠り、法験・行力をそなえた呪験師となった
山伏も多くいました。そして各地の天狗の活
躍ばなしが人々の噂になると、天狗そのもの
が次第に神格化されていくのでした。

 さて日本での天狗の最初の記録は、『日本
書紀』(巻第二十三)の記事(637年・舒明
9)です。そのころは天狗と書いて「あまつ
きつね」読ませていたといいます。

 それからしばらくは天狗の文字が文書、記
録には出てきません。平安時代中期になり『源
氏物語』(夢浮橋)に「天狗、木霊のような
もの」との一文、また『宇津保物語』(俊陰)
などに天狗の文字がちらほら。

 さらに平安末期になると『今昔物語集』な
どで天狗が俄然活躍をし始めます。なかには
中国の天狗が、日本のお坊さんと力比べをし
ようとやってきましたが、比叡山の慈恵僧正
にこっぴどくやられた話など(巻第二十)も
あります。

 天狗が活躍し出すのは、グーンと下った南
北朝あたりです。『太平記』(巻第五)の中に
ある「高時天狗舞い」のように、北条八代執
権の北条高時が酔っぱらって、さんざん天狗
になぶりものにされたこともありました。

 『太平記』の舞台になった南北朝時代の天
狗は、まだ鼻が高くないカラス天狗であらわ
されていた時代。その物語には天狗の陰謀が
数多くからんでいます。

 なかでも有名なものは京都仁和寺(にんな
じ)の六本杉の梢で行われた「天狗評定」で
す。夕立のため仁和寺の六木杉のかげで雨や
どりしていた坊さんが、たいへんなものを見
てしまいました。

 雨がやんで月明かりのなか、ふと杉の梢を
見上げると、大物天狗がズラリならんでなに
やら相談中。足利家に内紛を起こさせようと
いうものです。

 その内容は「まず、尊氏の弟・直義の妻の
お腹を借り、大塔宮(おおとうのみや)が生
まれる。次に尊氏が帰依している僧・夢窓国
師の弟子で野心家の妙吉侍者の邪心にとりつ
く。そして上杉重能、畠山直宗に邪法を吹き
込み、高師直、師泰兄弟を滅亡させ、尊氏兄
弟にけんかをさせるというものでした。

 この謀議がまとまった直後、上杉重能、畠
山直宗が殺されました。また翌々年には高師
直(こうのもろなお)一族が亡ぼされ、その
次の年には直義(ただよし)が兄の尊氏に忙
殺されるなど大波乱が起こり、とうとう天狗
たちの思うつぼになってしまいました。 こ
のことは、詳しく『太平記』(巻第二十五)
に記述されています。

 さて、修験道と結びついた天狗は、次第に
山の守護神になっていきました。そして南北
朝あたりから霊山や力のある山伏集団のいる
山で勢力を増していきます。

 なかでも最も強い力をもった天狗が8狗選
ばれ「日本八天狗」と呼ばれています。それ
は、愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、飯綱三郎、
大峰前鬼後鬼、鞍馬山僧正坊、彦山豊前坊、
相模大山伯耆坊、白峰相模坊の8狗です(天
狗は1狗2狗と数える)。

 このなかでも「相模」とくれば神奈川県の
丹沢・大山の天狗。かつて大山には、たくさ
んの子分の天狗をつれた相模坊という大天狗
がいたのですが、なにがあったか、四国・香
川県の白峰山に移ってしまいました。(天狗
信奉の修験者たちの移動にともなうものか)。
以来白峰相模坊と呼ばれています。

 そのあと丹沢大山には、鳥取県・伯耆大山
から伯耆坊(ほうきぼう)が移ってきたとい
うのです。これを天狗の山移りというそうで
す。

 ところで天狗の姿ですが、昔は天狗といえ
ばトビの形をしたカラス天狗を描くのが普通
でした。それが室町時代末期になり、日本画
の狩野派2代目・狩野元信が初めて大天狗
「鞍罵大僧正」を描きました。

 それはいままでのカラス天狗と違って、山
伏姿で鼻の高いカッコいい天狗姿です。その
威厳のある姿に各地の山々の天狗信奉者たち
は、みなこの姿の天狗にのりかえてしまいま
した。そのため、いまでは天狗といえば赤ら
顔で鼻の高い姿が一般的になっています。

 しかし、この姿にのりかえず、昔と変わら
ないくちばしのとがった姿を守りとおしてい
る天狗の系列がいます。それが飯縄系の天狗
です。飯綱三郎は飯縄系の天狗の総元締めで
す。飯縄系の天狗の姿は、ほかの天狗と違い、
背中に火炎を背負い、白いキツネに乗った荼
吉尼天(だきにてん)の姿。

 飯縄系の天狗は、このほか静岡県の秋葉山
三尺坊、神奈川県箱根明星ヶ岳の道了薩た(ど
うりょうさった)、東京の高尾山飯縄権現、
茨城県の加波山岩切大神など、みな飯縄系の
天狗です。

 江戸時代になると、天狗小僧寅吉や神城騰
雲(かみしろとううん)など、天狗にさらわ
れて天狗と一緒に生活してきたという者まで
あらわれます。国学者の平田篤胤などは、こ
の寅吉少年から天狗界の様子を聞き書きする
など熱心に研究していたようです。

 明治時代になると西欧の先進国の知識に追
いつけと背伸び体制。妖怪・天狗など迷信扱
いになります。証明も行灯(あんどん)から
ランプ、電灯になっていき、天狗もおちおち
姿を見せられなくなっていきます。そのうえ
神仏分離令とかで、廃仏棄釈の嵐が吹きまく
り、山伏姿も幅を利かせられなくなりました。

 そして現代、いまや人工衛星やドローン、
宇宙旅行、ミサイルの時代。山々も走って登
る競技があらわれ、山の神・天狗などねじ伏
せて登る時代。またなんとか百名山とやらを
駆けめぐり、それをテレビで放映する時代。
さらには山小屋へ名物メニューを食いに、い
っぱい飲みに出かける時代。天狗?なにを寝
ぼけてんだとますます相手にされなくなって
います。

 しかし、いくら俗信だ迷信だといわれても、
何百年何千年と人間が胸に温め、育ててきた
これらの日本の文化。民話に商標マークに、
そして山々の神社仏閣のシンボルとして消え
去るモノではありません。天狗はますます山
奥の崖の岩屋で、仲間を集めてイッパイ傾け
ながら生き続けているに違いありません。

 さらには人間社会に入り込み、姿を変えて
ナントカ天狗などと、我慢邪慢、自慢そのま
まに生き続けていく道を選ぶ天狗もいるのは
ご承知の通りです。以上大急ぎで天狗につい
て述べましたが、ほかにも身近な山々に名の
ない天狗、名のある天狗は数えきれないほど
います。山歩き中に「天狗」と名のつく地名
を見つけたら、その周囲の神社などに祠はな
いか観察してみたら、きっと意外な発見する
かも知れません。


▼【参考文献】
・『雨月物語』上田秋成:『雨月物語・春雨物
語・世間子息気質・東海道中膝栗毛・浮世
床』(日本文学全集・13)円地文子ほか訳(河
出書房新社)1961年(昭和36)
・『宇津保物語』俊蔭:有朋堂文庫『宇津保
物語』(上)デジタルコレクション:武笠三
校正(有朋堂書店)1926年(昭和元)
・『源氏物語』デジタルコレクション。
・『今昔物語集』(巻第二十):日本古典文学
全集24『今昔物語集3』馬淵和夫ほか校注・
訳(小学館)1995年(平成7)
・『源平盛衰記』(国民文庫)古谷知新(国民
文庫刊行会)1910年(明治43)
・『新著聞集』椋梨一雪原著、神谷養勇軒編。
:(『日本随筆大成第二期第5巻』日本随筆大
成編輯部編(吉川弘文館)1994年(平成6)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三
樹書房)1977年(昭和52)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三
樹書房)1977年(昭和52)
・『太平記』:日本古典文学大系『太平記(一)』
後藤丹治ほか(岩波書店)1993年(平成5)
・『日本書紀』(巻第二十三):岩波文庫『日
本書紀4』坂本太郎ほか校注(岩波書店)19
96年(平成8)
・『日本神話伝説伝承地紀行』(吉元昭治著)
(勉誠出版)2005年(平成17)
・『日本未確認生物事典』笹間良彦著(柏美
術出版)1994年(平成6)
・『宿なし百神』川口謙二著(東京美術刊)1
979年(昭和54)


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06『続・ふるさとの神々事典
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