▼山のまん画ばなし【本文】のページ06
 【とよだ 時】

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▼大菩薩小金沢連嶺・ハマイバ丸

【概略】

 ハマイバ丸は、山梨県大月市が1992年(平成4)に公布した「秀
麗富嶽十二景」のひとつ。山名のハマは「破魔」で正月に神社でも
らう「破魔矢」のハマ。イバは「射場」で破魔矢を射たところとい
う。


 これは、「オテントウ様の誕生日」という行事。昔、正月の17日
に、村人がこの山に登り、山の神に矢を射かけた場所だという。


 ハマイバ丸からずっと南の、鎮西ヶ丸(滝子山、1590m)にも、
かつて里人が「オテントウ様の誕生日」と称して山上に登り、太陽
を拝み矢を射る行事があったという。地元大月市の人は「ハメーバ」
というそうです。


 ハメーバとは三角点のあるピークの南面、カヤトになっている緩
やかな斜面をいうそうです。西ろく甲州市側の田野の猟師もハメー
バというそうです。


 それはいまでいうハマイバ丸の南側は、繁殖期にシカが「ハメ遊
ぶ」ところで、秋、夜になるとシカが、「メタハミ出してタケる」
からだそうです。
・山梨県甲州市と大月市との境。


※ご用とお急ぎでない方は、下方の【本文】もどうぞ。

【本文】

 一時期有名になった中里介山の時代小説『大菩薩峠』の舞台、大
菩薩峠(標高1897m)から南下、湯ノ沢峠、大蔵高丸の南に「ハ
マイバ丸」という山があります。山梨県大月市が1992年(平成4)
に公布した「秀麗富嶽十二景」のひとつ。東ろくは大月市真木(旧
北都留郡広里村真木)で、ふもとの真木から見ると金字形をした立
派な山容だという。


 山名のハマイバ丸のハマは「破魔」で正月に神社でもらう「破魔
矢」のハマ。イバは「射場」で破魔矢の矢を射るところという。漢
字で書くと破魔射場丸。ここでいう丸は、ピークを表す朝鮮語にル
ーツをもつ言語なのだそうです。地元大月市の人は「ハメーバ」と
いうそうです。


 ハメーバとは三角点のあるピークの南面、カヤトになっている緩
やかな斜面をいうそうです。「ハメーバの丸」という人もいるとか。
ちなみに西ろく甲州市側の田野の猟師もハメーバというそうです。
それはいまでいうハマイバ丸の南側は、繁殖期にシカが「ハメ遊ぶ」
ところで、秋、10月15日くらいから1週間くらいは、夜になると
シカが、「メタハミ出してタケる」そうです。


 猟師にとってはよいシカの狩り場だったとそうです。それはさて
おき、破魔射の行事は「オテントウ様の誕生日」といい、昔、正月
の17日に、東ろくの村人がこの山に登り、山の神に矢を射かける
行事のことだという。


 一方、『大菩薩連嶺瞥見』(小暮理太郎)では、「破魔射場の破魔
は宛字である。普通浜居場と書き、平野はどうか知らぬが、山間の
部落には、今も残っている地名で、近くでは名栗の谷や足柄上郡の
酒匂川の沿岸などに現存している」との意見もあるようです。矢の
的(まと)をハマといい、「浜」の字をあてたというのです。また
こんなことも書いています。


 「このハメーバはハマイバの転化であるという。ハマイバならば
日本全国の各地に亘って広く存在する名であって、ハマを射た場所
であることを示すものである。ハマとは特殊の的の事で、これを射
るに用ひた弓矢をハマ弓、ハマ矢と称し、後には単に男子の初正月
を祝う飾り物となってしまった。…


 …ハマは藁縄や藤蔓などを束ねて作ったりする。型は真丸で大き
さ径3寸(10センチ)から1尺に及ぶものもあったらしく、大き
さに従って相当大きな厚みがあり、中央に穴が開いていた。つまり
輪なのである。それを転がすか投げ上げるかして、動いている所を
横から射止めるのである。(中略)…


 …元来、破魔弓を射るという行事の根本は、文字どおり弓矢を以
て悪魔外道を追い払う祭で、それらのものが自分の村に入られては
困るから、隣村に投げ入れた方を勝ちとする例もある。常に村境を
中にして競技は行われ、ハマを飛ばして深く隣村に投げ入れた方を
勝ちとする例もある。」そうです。


 さて、ハマイバ丸の東ろく、大月市真木には昔、牧場があったと
いう。そのころここで月見をしたためそこを月平(つきだいら)と
いい、その源頭にあるハマイバ丸を「月平の頭」いっていたそうで
す(『大菩薩連嶺』松井幹雄)。


 また一説に、真木集落では「尽き(月)ないほど広い平だ」と説
いた人もあったそうですが、これはコジツケだと、『大菩薩連嶺』
岩科小一郎氏は述べています。またハマイバ丸を西ろく、甲州市の
初鹿野・田野の人は、「松茸山」とか、松茸の頭(あたま)とも呼
んでいたそうです。


 かつて三角点のある西面の樹林を毎年狩人が焼いていたという。
そのあとがカヤトになり、ふもとから見るとマツタケの形になって
いるということです。以上ゴチャゴチャといろいろな呼び方をなら
べてみました。


 さてハマイバ丸以外でも近くで「オテントウ様の誕生日」の行事
が行われた山があるという。旧五百円札の裏側の富士山を写したと
して知られる、雁ヶ腹摺山を越えたところに3つの岩峰からなる姥
子山(うばこやま・1503m)があります。


 そこでも正月17日に、人々が山上に登って山の神に矢を射かけ
る行事があったという。またハマイバ丸からずっと南の、鎮西ヶ丸
(滝子山、1590m)にも、かつて里人が「オテントウ様の誕生日」
といって山に登り、太陽を拝み矢を射る行事があったという。


 先にも述べましたが、矢の的(まと)をハマといいます。滝子山
の南西にある浜立山(はまたてやま)(1482m)の「浜」はまさに
「的(まと)のハマ」で、「的を立てた山」の意味だそうです。そ
の意味が、時が経つにつれいつか忘れられ、「的(まと)のハマ」
が「浜」の字で書かれるようになり、一時、ここから海が見えるか、
見えないか、などと議論されたこともあったということです。


 そんなことを聞きかじり、ある早春、ハマイバ丸へ行ってきまし
た。中央線甲斐大和駅から歩きだし、天目山から林道を4時間半、
湯ノ沢峠までただひたすら歩きました。そこから南下。山影にはか
すかに雪が残る登山道。大蔵高丸でひとりの若者に出会いました。


 でかいザックを背負っています。できれば鶏冠山から奥秩父の笠
取山に登り返し、西へ西へとたどり瑞牆山まで行きたいという。「す
ごいッ」。その割には今夜は湯ノ沢峠避難小屋に泊まろうかなどと
いって山頂から降っていきます。ま、成功を祈ってこちら小生はハ
マイバ丸に向かいました。


 ハマイバ丸は三角点のあるピークよりちょっと東側にケルンや岩
などが転がったところがあり、その奧の崖ぎわが空へ向かって矢を
射るにちょうどいいところがあります。いまはなくなってしまった
「オテントウ様の誕生日」の行事がここで行われていたようです。
そこで写真を撮ったりメモったりで大休止。


 さらにそこから1時間で米背負い峠。地図を見ると水場があると
いう。樹林の中に突然現れる「天下石」。すでに16時。もう一踏ん
張り。やっと着いた米背負峠。あたり一面湿った土で、シカの足跡
だらけです。


 仕方なく大木の下、朽ちた幹のわきにテントを張りました。しか
し崖下から吹き上げる風をよける蔭もなく、テント場としてはちょ
っと不向きではありました。
・山梨県甲州市と大月市との境。




▼ハマイバ丸【データ】
【所在地】
・山梨県甲州市(旧塩山市)と大月市との境。

【位置】
・三角点:北緯35度39分40.64秒、東経138度51分2.09秒

【地図】
・2万5千分の1地形図:笹子(甲府)


▼【参考文献】
・『山名の不思議』谷有二(平凡社)2003年(平成15)
・『大菩薩連嶺瞥見』小暮理太郎:『日本山岳風土記3』(宝文館)1960
年(昭和35)
・『大菩薩連嶺』岩科小一郎著(朋文堂刊)1959年(昭和34)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『山の名前で読み解く日本史』谷有二(青春出版社)2002年(平
成14)


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