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山旅通信【画っ展】(01)
【とよだ 時】

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山旅962号「茨城、栃木、福島県境八溝山・水戸黄門と金鉱と蛇穴」
【短略説明】
八溝山には八岐大蛇がすむという。退治するよう朝廷から勅命を受
けた那須の国造は、かねてから聞いていた伝説の神馬天津速駒を探
し、乗鞍岳から天安鞍を、立山から天広盾を、槍ヶ岳から天日矛を
借り、とうとう大蛇を退治できたという。
・茨城県大子(だいご)町、栃木県大田原市と、福島県棚倉町と
の境。

962号「八溝山・金鉱跡と八岐大蛇」

【説明本文】 (長文です)
八溝山は、福島県と茨城県町、栃木県との境にあり、深い谷が八
方に放射しているため、8つの溝の山なのだそうです。もとは日
高山、雲霊山、山王岳ともいっていましたが貞享(じょうきょう)
4年(1687)、黄門さま水戸光圀(みつくに)が八溝山と名づけた
という。山頂には一等三角点(茨城、福島県境)があり山が丸み
をおび、全体がなだらかな高原状になっています。

山頂の茨城県側に八溝峰(やみぞみね)神社があります。八溝嶺
神社の祭神は、大己貴神(おおなむちのかみ)、事代主神(ことし
ろぬしのかみ)。また山王(さんのう)、二荒(ふたら)の2社もま
つってあります。八溝嶺神社は日本武尊(やまとたけるのみこと)
の創建と伝え、下って平安初期の大同2年(807)に弘法大師空海
が参籠したという。源義経が衣川(ころもがわ)で殺される文治
5年(1189)の奥州合戦のときには、源頼朝がこの神社に参拝し
ています。

八溝山はまた金が採れる山で、平安時代初期の天長10(833)年か
ら嘉祥3(850) 年までの仁明天皇一代の編年史である『続日本後
紀』の承和(じょうわ)三年(836)一月二十五日条に、「詔、奉充
陸奥国白河郡従五位下勲十等八溝黄金神封戸ニ烟、以応国司之祷、
令採得砂金、其数倍常、能助遣唐之資也」とあります。国司に祈ら
せながら砂金を採取したら何倍の金が採れた。その砂金を朝廷に
献上して遣唐使の費用を助けたので、八溝嶺神社は朝廷から「八
溝黄金社」の神号を賜ったのだそうです。

陸奥国白河郡とあるのは、八溝山は、古くは陸奥国白河郡に属し
ていたのですが、のち常陸国に属するようになった(『新編常陸国
誌』)という。そこで神社は湧き水を金性水、黄金水と呼んだとい
う。八溝山の山中にはいまも金採掘のための坑道のあとがのこっ
ています。その洞穴・窪地は蛇穴(じゃけぢ)や蛇の窪(くぼ)と
呼ばれ、大蛇がすんでいたとか、悪魔のすみかであったという伝説
を生みました。

そのひとつにこんな話があります。昔、弘法大師が全国行脚(あ
んぎゃ)の途中、八溝山のふもとを通りかかると谷川に香気がた
だよっています。不思議に思い水をすくってみると、手のひらに
梵字が浮かんできました。この川上にある山はきっと霊山に違い
ない。大師はこの山に登ろうとしましたが、このふもとにはどう
猛な怪物がすんでいるという。

怪物はあるときは鬼に変身し、あるときは蛇身になって里を荒ら
し、村人に危害を与えているという。この話を聞いた大師は、す
ぐさまこの山に登り山頂に立って、天に向かって「般若」の梵字
を描きました。するとその神通力が山全体に降りそそぎ、怪物は
たまらず一目散に逃げ出しました。それからというもの里人はこ
の山でけだもの怪物の姿を見ることはなくなったという。

また別の伝説もあります。八溝山には8つの頭のある大蛇の八岐
大蛇(やまたのおろち)がすんでいました。これを退治するよう
朝廷から勅命を受けた那須の国造(くにのみやっこ)は、大蛇を
退治しようにも相手が強すぎて手も足も出ません。そこで国造は、
かねてから聞いていた信州の高山にすむという伝説の神馬・天津
速駒(あまつはやこま)を探そうと考えました。

1930年(昭和5)発行『山の伝説』(青木純二著)によると天津速
駒は、中央アルプス木曽駒ヶ岳(南アルプス甲斐駒ヶ岳とする説
もある)にはその昔、天津速駒という不老不死の白馬がすんでい
たという。天津速駒は建御雷神(たけみかづちのかみ)の御霊か
ら生まれた勇猛果敢な名馬で、双肩に生やした銀色の翼で天空を
飛び、夜は山頂で眠るという馬です。ちなみに建御雷神は、『古事
記』に出てくる「国譲り神話」で、甲斐駒ヶ岳に縁の深い大国主
(おおくにぬし)の子・建御名方神(たけみなかたのかみ)を諏
訪湖まで追いかけてきて降参させた神。

那須の国造(くにのみやっこ)は、はるばる木曽駒ヶ岳へやって
きました。そして毎日遊びに来るという「姫ヶ泉」のほとりで待
ち伏せました。ある日、天津速駒あらわれ泉の水を飲みはじめま
した。国造はすばやく飛びかかり、すかさず手綱を引くことがで
きました。次に乗鞍岳に行って山の神から天安鞍(あめのやすく
ら)を借りました。また立山から天広盾(あめのひろたて)を、
槍ヶ岳から天日矛(あめのひぼこ)を借り受けました。

こうして暴れん坊の神馬からも決して落ちない鞍、相手の数に応
じて広がる盾(たて)、矛先(ほこさき)が燃える槍を持った那須
の国造は勇気百倍、八岐大蛇がすむ八溝山に向かいました。大蛇
も必死に戦いましたが、これにはさすがの八溝山の大蛇もタジタ
ジです。ついに退治されてしまったという。なお、甲斐駒ヶ岳ふ
もとの竹宇駒ヶ岳神社の社伝では、天津速駒がいたのは甲斐駒ヶ
岳だとし、山梨県北杜市を流れる尾白川は、この白馬の尾から名
づけられたとしています。

八溝山は久慈川や那珂川の水源であるところから、作神としても
崇められた山です。旧暦4月17日の八溝神社の祭礼には福島県・
栃木県・茨城県の3県のほもとから、竹のボンデン、またカンピ
ョウ、イモガラ、稲などでつくったボンデンを競って山頂まで担
ぎ上げてその年の稔りを祈る行事もあるといいます。

八溝嶺神社の1キロほど下に八溝山日輪寺(天台宗)というお寺が
あります。本尊は十一面観音。近世には坂東三十三ヶ所観音霊場の
第二十一番札所になりましたが、ここは山奥で遠いため、札所中の
難所として巡礼者たちから「坂東の八溝知らず」などといわれ敬遠
されることあったという。

日輪寺の寺伝によれば、7世紀後半の白鳳年間、役行者小角(おづ
ぬ)が参籠したのがはじまり。大同2年(807)その跡地に弘法大
師空海が創建し、さらに伝教大師最澄が来て山上に山王(さんのう)
・二荒(ふたら)の両社を建立。その後一時衰退しましたが仁寿(に
んじゅ)3年に、天台宗三代座主(ざす)の慈覚大師円仁がきて再
興したとお寺だそうです。

江戸時代後期いまの茨城県の北・東部にあたる地域の地理・歴史を
まとめた書物『新編常陸国誌』には「山上大悲閣アリ、坂東巡礼ノ
一ナリ、日輪寺、月輪寺ト云フ両院アリ修験住セリ…イツノ頃ヨリ
カ光蔵院、勝蔵院ト云テ別当トナリシト云フ」とあります。かつて
は日輪寺に対する月輪(がちりん)寺もあったというのです。

光蔵坊は上ノ坊ともいって、月輪寺の別当(寺務を治める)だった
という。また下ノ坊には勝蔵院と、善蔵院があり、ともに日輪寺の
別当でした。勝蔵院は中ノ坊ともいったといいますが、つまびらか
ではありません。上ノ坊、下ノ坊ともいまはなく月輪寺にいたって
は影もありません。

日輪寺はかろうじて残っていますが、あちこちにあったお堂などは
壊され、本堂も焼かれすっかり衰退してしています。このように八
溝山はいまとなっては不明なところばかりになってしまいました。
…原因はすべて、明治初年の神仏分離令とそれに伴う廃仏棄釈のせ
いだと怒る人も多い。

八溝山山中には五泉、五滝、三池と呼ぶ涸れることのない湧水が
あって、現在では八溝湧水群と総称して親しまれています。環境
庁選定の「日本の名水百選」にも入っているところ。いまは昔大
蛇が棲んでいたことから地名となった大子町蛇穴(じゃけぢ)か
ら山頂に向かう車道が通じていて観光登山客で賑わいます。中腹
以下にはシャクナゲの群落が広がっています。

▼八溝山【データ】
【所在地】
茨城県大子(だいご)町、栃木県大田原市と、福島県棚倉町との
境。JR水郡線矢祭山駅の北東14キロ。JR水郡線常陸大子駅か
らバス、蛇穴(じゃけぢ)停留所下車、さらに歩いて3時間で八溝
山。一等三角点(1021.97m)と、八溝嶺神社がある。

【名山】
・「日本三百名山」(日本山岳会選定):220番選定:日本百名山以
外に200山を加えたもの。

【位置】
・三角点:北緯36度55分48.92秒、東経140度16分22.95秒


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典7・福島県』小林清治ほか編(角川書店)1981
年(昭和56)
・『角川日本地名大辞典8・茨城県』竹内理三(角川書店)1991年
(平成3)
・『角川日本地名大辞典9・栃木県』大野雅美ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『山岳宗教史研究叢書7・東北霊山と修験道』月光善弘(がっこ
うよしひろ)編 (名著出版)1977年(昭和52)
・『山岳宗教史研究叢書8・日光山と関東の修験道』宮田登・宮本
袈裟雄(みやもとけさお)編(名著出版)1979年(昭和54)
・『山岳宗教史研究叢書14・修験道の美術・芸能・文学』(Ⅰ)五
来重(ごらいしげる)編(名著出版)1980年(昭和55)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系7・福島県の地名』(平凡社)1993年(平成
5)
・『日本歴史地名大系8・茨城県の地名』瀬谷義彦ほか(平凡社)1988
年(昭和63)
・『日本歴史地名大系9・栃木県の地名』寶月圭吾ほか(平凡社)1988
年(昭和63)
・『名山の民俗史』高橋千劔破(河出書房新社)2009年(平成21)
・「八溝山信仰と近津修験」藤田定興:『山岳宗教史研究叢書8』(日
光山と関東の修験道)宮田登・宮本袈裟雄(みやもとけさお)編(名
著出版)1979年(昭和54)
・「八溝山信仰と都々古分修験」梅宮茂:『山岳宗教史研究叢書7』
(東北霊山と修験道)月光善弘(がっこうよしひろ)編 (名著出
版)1977年(昭和52)



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・名のある人の恥知らず、名も無きわれら恥を知る。
・人と群れること、付き合うことが苦手で、フリーになって半世紀。
いまごろになってそれが一番必要な職業だと気がついた。どうりで
生きにくかったわけだ。