『伝説と神話の百名山』
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【とよだ時】(豊田時男
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▼青森県・岩木山

【説明略文】

岩木山中央山頂には岩木山神社の奥宮本宮の
建物が鎮座しています。ここには『安寿と厨
子王』で有名な安寿姫がまつられているとい
います。この伝説から安寿姫を責め殺した山
椒大夫の国丹後(京都)の人が岩木山の支配
地に入っても神が怒るのだということです。
・青森県弘前市と鰺ヶ沢町の境。

【本文】
 この山はその山の様子から「石(いわ)の
城(き)」の字に「岩木」をあてたものらし
い。山頂は3つに分かれ、北の峰は巌鬼山(が
んきさん)、真ん中の峰は一等三角点のある
岩木山、南には鳥海山というピークがそびえ
ています。岩木山も津軽に人が住みついたと
きからの信仰(自然崇拝)の山。それに天台
密教や熊野信仰などの要素が加わり岩木山三
所権現となり、人々の信仰を集めるようにな
ったもの。

 山頂には岩木山神社(下居宮・おりいのみ
や)の奥宮本宮の建物が鎮座しています。こ
の神社の創立についてはいろいろな伝説があ
ります。津軽の開国を、『山岳宗教史研究叢
書16』にある「東日流開滄物語」(江戸中期)
をもとに述べますと、「神代のはじめ、国常
立(くにとこたち)の命が芦原の雑草を切り
開いて、1500ヶ所もの土地を造成、津軽はそ
の一つだったそうです。

 その後、大元命という神がここに入ってき
ました。その命の次男・往来半日彦(いこは
かひこ)は、島わたりして大王になり、長男
・洲東王(しまつかみ)はこの国に留まって、
国を東日流(つがる)と名づけました。その
後、この神の子孫の時代になり、来襲してき
た日本武尊に降伏。いまの津軽と秋田の国王
になったそうです。(「東日流開滄物語」作者
不詳、江戸中期)。

 一方、「岩木山縁起」によれば、大昔、大
己貴命(おおなむちのみこと・大国主とも大
元命ともいう)がこの国に降臨しました。(ま
た大元命が出てきましたが、先の洲東王の父
親と同一かは不明)。そして「津軽はよく土
地が肥えている。多くの子供たちを遊ばせる
によい」というわけで、阿曽部(あそべ)と
いう地名ができました。この神にはこどもが
180人もいたといいます。


 ある時、土地の女神の竜女が、田光(たっ
ぴ)沼からとれた「国安の珠」というものを、
大己貴命に献上しました。命は喜んで、竜女
を「国安珠姫」と名づけました。そしてふた
りは結婚、そして夫婦は国を治めるようにな
ったのでした(『山岳宗教史研究叢書17』)。

 その後奈良時代の772年(宝亀3)には、
岩木山山頂の3つのピークに磐椅(いわはし)
宮を建てました。3つのピークのうち、中央
の三角点のある本峰には国常立命(くにとこ
たちのみこと)を、北峰の巌鬼山(がんきさ
ん)には大元命を、そして南峰の鳥海山には
国安珠姫をまつりました。

 ところで、竜女が大己貴命に献上した「国
安の珠」が、海賊に盗まれたことがあったら
しいのです。その海賊が、丹後由良(京都府
宮津市由良)の港の賊だったのです。宝物は
取り返しはしましたが、そんな因縁から以後、
丹後の国の人が岩木山に登ると、山が荒れる
ようになったのだそうです。これを「丹後日
和」といいます。

 この伝説について、江戸時代の百科事典『和
漢三才図会』岩城山権現の項に、「当国の領
主岩城判官正氏は、永保元年(1081)の冬、
京にあって讒言にあい西国に流された。本国
に二子あり、姉を安寿、弟を津志王丸という。
…うんぬん」とあります。わかりやすく書く
と、つまり津軽国の領主岩城判官正氏という
人が、上洛中にだまされ西国に流されたのだ
そうです。


 正氏には安寿姫と津志王丸という2人の子
どもがいました。母親と子どもたちも、父親
を追い西国へ向かいましたが、途中悪党たち
のため、母親は佐渡の国に売り飛ばされまし
た。一方、安寿姫と津志王丸は、丹後国由良
(京都府宮津市由良)の山椒太夫に売られて
奴隷のような生活を送ります。

 津志王丸は何とか逃げ出しましたが、安寿
姫は弟を逃がした罪で、山椒太夫に惨殺され
ました。その後「津志王は上洛し、帝の助け
を得て世に出る。安寿は岩木山の神にまつら
れた」とあります(同『和漢三才図会』)。こ
んな物語から、安寿姫を責め殺した山椒大夫
の国・丹後国の人が岩木山の支配地に入ると
神が怒り天気が荒れるのだという。

 この山にはほかにも伝説があります。青森
市の東に、東岳という山頂の首のないような
山があります。また、弘前市の西には岩木山
があり、ふたつの山の中間に八甲田山が控え
ています。しかし困ったことに、昔から東岳
と八甲田山が仲がよくないのです。ある時、
なにがあったのか八甲田山が怒り出し、刀で
東岳の首をはねるという事件がありました。

 首は血潮をふきながら西の方に飛んでい
き、岩木山の肩のあたりに落ちました。そし
てそのまま、岩木山にひっついてしまったの
です。いま岩木山の肩にコブがあるのは、そ
の時の東岳の首なのだそうです。そしてこの
あたりの土が肥えていて、作物がよく実るの
は首が飛んだ時、したたった血潮のおかげだ
ということです(『日本伝説集』)。


 さらにもう一話「巨人伝説」です。弘前市
の鬼神社のある鬼沢村の弥十郎という男が、
ある日、岩木山に薪を採りに入ったところ、
突然、見上げるばかりの大男に出会いました。
大男は「薪などいくらでも採ってやるから、
おれと相撲をとれ」といいます。弥十郎は仕
方なく相撲をとったあと、から身で家に帰り
ました。

 するとその夜、大男が薪を山のように家の
裏に積んでくれてありました。弥十郎と親し
くなった大男は、村のための開墾や、また水
不足のために水路まで造ってくれました。こ
のあたりに水源などないのに、どこからくる
のか水路をたどっていくと、ナント岩木山の
赤倉の深い谷底から、水が汲み上がっている
のでした。

 そんなある日弥十郎の行動を怪しんだ女房
が、こっそりあとをつけ、赤倉堰まで来まし
た。大男はこれに気づき、「自分の姿まで見
られるのは困る。もうこれからは来ないこと
にする」と告げると、そのまま山に入ってし
まいました。弥十郎ものちに山に入り大男に
なったなどの伝説があります(『山岳宗教史
研究叢書16』)。


▼岩木山【データ】
【所在地】
・青森県弘前市(三角点)、同県鰺ヶ沢町と
の境。奥羽本線弘前駅の北西15キロ。JR奥
羽本線弘前駅からバス−スカイラインシャト
ルバス−八合目駐車場前−リフト、さらに歩
いて40分で岩木山。1等三角点(1624.6m)
と、岩木山神社と鳳鳴ヒュッテがある。

【位置】
・三角点:北緯40度39分21.31秒、東経
140度18分11.09秒

【地図】
・2万5千分1地形図名:岩木山


▼【参考文献】
・『岩木山縁起』(土岐貞範撰)江戸時代・文
化8年(1811):(『山岳宗教史研究叢書17』)
・『江戸百名山図譜』住谷雄幸(たけし)(小
学館)1995年(平成7)
・『角川日本地名大辞典2』竹内理三偏(角
川書店)1991年(平成3)
・『コンサイス日本山名辞典』徳久珠雄編(三
省堂)1979年(昭和54)
・『山岳宗教史研究叢書7・東北霊山と修験
道』月光善弘(がっこうよしひろ)編 (名著
出版)1977年(昭和52)
・『山岳宗教史研究叢書16』「修験道の伝承文
化」五記重編 (名著出版)1981年(昭和56)
・『山岳宗教史研究叢書17』「修験道史料集1
・東日本編」五来重編(名著出版)1983年(昭
和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ
出版)2005年(平成17)
・『東日流(つがる)開滄物語』作者不詳、
江戸中期
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)
1996年(平成8)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書
房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2
004年(平成16)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞
社)1997年(平成9)
・『日本伝説集』高木敏雄(ちくま学芸文庫
・筑摩書房)2010年(平成22)。
・『日本伝説大系・1』(北海道・北奥羽)宮
田登ほか(みずうみ書房)1985年(昭和60)
・『日本の民俗2・青森』盛山泰太郎(第一
法規)1976年(昭和51)
・『日本歴史地名大系2・青森県の地名』虎
尾俊哉ほか(平凡社)1982年(昭和57)
・『柳田国男全集・4』柳田国男(ちくま文
庫)1989年(昭和64・平成1)
・『和漢三才図会』(全105巻)大阪の医師・
寺島良安著(江戸中期初頭・1712(正徳2)
年の図入り百科事典):『和漢三才図会9』第
65巻(東洋文庫481)島田勇雄ほか訳(平凡
社)1988年(昭和63)


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01『新・丹沢山ものがたり
・02
『伝承と神話の百名山』
03全国の山・天狗ばなし
04『山の神々いらすと紀行
05『続・山の神々いらすと紀行
06『ふるさとの神々何でも事典
07『続・ふるさとの神々事典
08『家庭行事なんでも事典
09『健康野菜と果物
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from 20/10/2000


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