山旅通信【ひとり画ッ展】
『日本百名山』の伝説と神話
(山の神・伝説神話)
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山旅通信【ひとり画ッ展】1198号
▼『百名山』(98)霧島山のはなし
「最高峰の韓国岳と高千穂峰と七不思議」
(長文です。ご興味ある部分を
拾い読みしてください)
★【目次】
・【霧島山とは】
・【霧島山の山名】
・【韓国岳の山名】
・【韓国岳伝説・大浪池】
・【高千穂峰とは】
・【高千穂峰の山名】
・【高千穂峰の神話】天孫降臨
・【高千穂峰・神話二説】
・【高千穂峰・坂本龍馬伝説】
・【霧島神】
・【霧島山中・七不思議伝説】
・【霧島山データ】
・【参考文献】
▼【本文】
★【霧島山とは】
霧島山は、宮崎県と鹿児島県にまたがり、
北西から南東に約30キロ、北東から南西に
約20キロという長円形地域の火山群の総称
です。ここは23座もの火山があって、霧島
連山とか霧島連峰などとも呼ばれるところ。
その主なものは、飯盛山、白鳥山、えびの岳、
硫黄岳、韓国岳、獅子戸岳、新燃岳、中岳、
高千穂峰、大幡岳、丸岡山、甑(こしき)岳、
矢岳などです。もともとこの連山は、南九州
の地溝性凹地に噴出した火山だそうです。
★【霧島山の山名】
霧島山とは字のとおり霧が発生しやすいと
ころで、その上部に高く島のように山が浮き
上がって見えるの「霧島」の名がついたのだ
そうです。また、このあたり一帯は雨が多く、
よく雲がかかってふもとが霧に隠され、いか
にも島のように見えるからとの説もありま
す。そのため、昔から霧島山のある宮崎県の
南西部都城(みやこのじょう)の地を「霧海」
とか「虚海」とか呼んでいたといいます。
★【韓国岳の山名】
さて霧島連山の最高峰は韓国岳(からくに
だけ・1700m)です。ここはかつては筈野
岳とか雪岳、西岳と呼ばれたこともあるそう
です。韓国岳の名は『古事記』(上つ巻)「天
孫降臨の段」にある「ここは(この地は)韓
国(からくに)に向かひ(朝鮮に向かい)、
笠沙(かささ)の御前(みさき)真来(まぎ)
通りて(真っ直ぐ通じていて)、朝日の真刺
(たださ)す国、夕日の日照(ひで)る国ぞ」
(新潮社版『古事記』)に由来しているよう
です。
また『日本書紀』の空国(からくに)から
虚国(からくに)、さらに韓国へと変化した
ものとの説もあります。さらに一説には、こ
の山からは遠くまで視界がきき、韓の国まで
見渡せるというのでの山名だともいいます
が、そんな遠目がきく人がいるとは、これに
はまいりました。
韓国岳の山頂には直径約900m、深さ約302
mの大火口があり、高千穂峰を東岳、東霧島
というのに対して、西霧島ともいわれていま
す。山頂からの展望は雄大で、霧島火山から、
桜島や、薩摩富士の開聞岳なども一望できま
す。山頂はミヤマキリシマの群落のほか、高
山植物が咲きます。
★【韓国岳伝説・大浪池】
韓国岳山頂直下には「大浪池」という深い
藍色の湖水があり、ミヤマキリシマの花の季
節になると、赤い色を湖面映す風景は見事で
す。この池にはこんな伝説が残っています。
昔、麓に住む庄屋夫婦には子供がいなく、子
ができるよう夫婦は山に願をかけました。そ
してようやく女の子を授かり、お浪と名づけ
ました。美しい娘に育ったお浪は次から次へ
と持ち込まれる縁談を断りつづけ、その気苦
労で、とうとう病に伏すようになりました。
ある日、娘に「山に連れて行って」と頼ま
れました。庄屋夫婦はお浪を連れて大浪池ま
で来た時のこと、お浪の目がいきなり輝きだ
し、サッと池に飛び込んでしまいました。尽
くす手もなかった庄屋夫婦は、ただ嘆き悲し
むばかり。しかしその後、娘は池にすむ竜王
の化身と分かったのでした。
それからというもの、その池を「大浪池」
と呼ぶようになったということです。韓国岳
は、中腹より上は草木がなく「白石焦土頽(く
ず)れ垂(れ)て」いるので、遠くからは雪
が積もっているように見えるという。展望は
霧島の全体、鹿児島県側の錦江湾(きんこう
わん)、桜島、開聞岳(かいもんだけ)、熊本
県側の阿蘇山にもおよびます。
★【高千穂峰とは】
さて一般に霧島山といえばこの山といわれ
るように、霧島山の代名詞になっているのが
高千穂峰(たかちほのみね)。高千穂峰は、
西にいまも噴気活動を続けている御鉢(おは
ち)、東に二つ石(二子石、二つ岩などとも
いう)の側火山を従えています。古くは矛(ほ
こ・鉾)の峰、東(ひがし)峰ともいい、御
鉢(おはち)を火常(ひけふの)峰(西峰)、
合わせて二上峰(ふたかみのみね)とも呼ん
でいたといいます(三国名勝図会)。左右に
均衡のとれた秀麗さから本嶽(ほんだけ)と
も呼んだようです。
★【高千穂峰の山名】
高千穂峰の山名は「高いところにある千の
火」つまり多くの噴火口があるという説と、
「高く積み上げられた穂」という説がありま
す。なぜ稲かというと、かつてこの山中には
自然に陸稲(おかぼ・水田ではなく畑などで
栽培する稲)が生えてきたといいます。これ
は霧島の七不思議のひとつになっています。
高千穂峰の山頂には銅でできたの天ノ逆鉾
(あめのさかほこ)が突き刺さるように立っ
ています。国ツ神である猿田彦命が天孫瓊瓊
杵尊(ににぎのみこと)を途中まで出迎えた
話はよく知られていますよね。ちなみに、国
ツ神は土着の神(地神)をいい、天照大神な
どがいる高天原の神を天ツ神というようで
す。
★【高千穂峰の神話】天孫降臨
その天孫降臨の時、天孫瓊瓊杵尊(ににぎ
のみこと)がこの逆鉾を立てたというのです
(三国名勝図会)。天孫降臨の話は、『古事記』
や『日本書紀』に出てくる話で、『古事記』
では天津日子番能邇邇芸(あまつひこほのに
にぎ)の命が高天原(たかまがはら)から降
臨した地が「日向高千穂久士布流多気」(く
じふるたけ)だとしています。また『日本書
紀』に出てくる「日向襲之高千穂峰」(ひむ
かのそのたかちほのたけ)はここの高千穂峰
だとしています。
『古事記』(上つ巻・天孫降臨の段)に、「か
れしかして、天津日子番能邇邇芸(あまつひ
こほのににぎ)の命に詔(の)らして、天(あ
め)の石位(いわくら)離(はな)ち、天の
八重たな雲を押し分けて、いつのちわきちわ
きて、天の浮橋に、うきじまり、そりたたし
て、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の高千
穂の久士布流多気(くじふるたけ)に天降り
まさしめたまひき」とあります(新潮社版『古
事記』校注・西宮一民による)。
一方『日本書紀』には「…皇孫(すめみま)、
乃ち天磐座(あまのいわくら)を離(おしは
な)ち、旦(また)天八重雲を排分(おしわ)
けて稜威(いつ)の地別(ちわ)に地別(ち
わ)きて、日向襲の高千穂峰(ひむかのその
たかちほのたけ)に天降ります。既にして皇
孫の遊行(いでま)す状(かたち)は、?日
(くしひ)の二上(ふたがみ)の天浮橋(あ
まのうきはし)より、浮渚在平処(うきじま
りたいら)に立たして…」(浮島が在って、
その平らなところに立って)とあります。
また、同(巻第二)「一書(あるふみ)[第
六]には「故、この神を称(まう)して、天
国饒石彦火瓊瓊杵尊(あめくににぎしひこほ
のににぎのみこと)と曰(まう)す。時に、
降到(あまくだ)りましし処(ところ)をば、
呼(い)ひて日向襲之高千穂(ひむかのその
たかちほのたけ)の添山峰(そほりのやまの
たけ)と曰(い)ふ」(岩波文庫『日本書紀』
校注・坂本太郎による)とあり、高千穂峰だ
としています。
★【高千穂峰・神話二説】
しかし、この高千穂の地については昔から
ここ「霧島山・高千穂峰説」と、「宮城県西
臼杵郡高千穂町」の二説があってはっきりし
ていないというのです。高千穂峰の山頂に立
っている天の逆鉾は、いつ誰が立てたかは分
からないといいますが、少なくとも中世(平
安時代末から鎌倉・室町時代)にはすでにあ
ったらしいとのことです。
それがいつのころか分かりませんが、この
山の噴火で逆鉾が焼き折れてしまいました。
その鉾の一部を見つけ、文禄元年(1592)に
東南ろくにある「荒岳権現」に安置し、同社
のご神体にしたといいます。同『三国名勝図
会』には山頂に残って立っている幹の部分は、
「其(の)長さ六尺(約1.8m)、囲り1尺
許(ばかり)、鋒刃に近き所、長鼻大眼の面
像を左右に起し成す(中略)其状古奇にして、
実に神代の遺宝なり」とあり、貴重な宝だと
しています。
また天明2年(1782・江戸後期)ころ、伊
勢久居藩の儒医橘南谿(たちばななんけい)
という人が日向国を訪れ、先達の案内で霧島
山へ登山をしました。南谿は、先達が馬の背
越から上へ登るのを無視して単独で登山。「も
し馬の背より下り来たらば、生涯のいこんな
るべからんものを、よくも絶頂を極めたりぬ」
と自分の著書『西遊記』に書いています。
そして、「絶頂は尖(とが)りて、纔(わ
ず)かの地面に天の逆鉾あり…さかさまに地
中にたち、その石突の端の所に鬼面のごとき
もの見ゆ」。つづけて「是も風霜にさらされ
たれば、鼻目しかとは見えがたし。土中には
入りたる先の方は、何ほど深く入りたるや知
るべからず。只(ただ)絶頂にこの鉾一本の
みにて、外に堂宇等のごときもの一つもなし」
とその様子を述べています。
★【高千穂峰・坂本龍馬伝説】
またこんな話もあります。幕末の1866年(慶
応2)に、坂本龍馬と妻の竜女・お龍(おり
ょう)が、新婚旅行で霧島を訪れました。そ
の時薩摩の田中吉兵衛と一緒だったのです
が、一行は女人禁制を破って高千穂野峰に登
頂したことがあったというのです。その時の
ことを書いた、「書簡」(龍馬が姉乙女に送っ
たもの)によると、御鉢から山頂を描いた図
といっしょに「此サカホコハ少シうごかして
見たれバよくうごくものなり」などと説明、
お龍と一緒に逆鉾を引き抜き、また元通りに
したなどと書いているそうです。
★【霧島神】
さて、この山の神である霧島神をまつる神
社は、この山の山ろくに限らず各地に点在し
ていなす。なかでも名社として知られるのが
高千穂峰の東南麓、鹿児島県姶良郡(あいら
ぐん)霧島町の霧島神宮だそうです。霧島神
宮は、欽明天皇の時代(539〜571・飛鳥時
代)、高千穂山頂に慶胤(けいいん)という
僧が小祠を建てたのにはじまります。
霧島神はもともと、霧島六所大権現として
信仰されてきました。この神が天孫降臨神話
に基づいたニニギノミコトに変えられたのは
「皇国国家」となった明治になってからだと
いうからやはりという感じです。
★【霧島山中・七不思議伝説】
霧島を中心とした地域に、「七不思議」の
伝説があります。まず(1:「蒔かずの種」。
これは高千穂峰の山名由来に関係があり、か
つて霧島の山中や竹やぶに、タネを蒔きもし
ないのに自然に陸稲(おかぼ)が生えること
があるといいます。これを「蒔かずの種」と
いうそうです。これは天孫降臨の時、神々が
高天原から持ってきたタネが残っていて、山
の中で自然に育ったものだと言い伝えられて
います。
(2:は「文字岩」。高千穂峰山ろく高千
穂河原の霧島神宮から西の方に2キロmほど
離れた山の中に「文字岩」という岩がありま
す。この岩は、大きさ10立方mくらいで、
まん中から割れていて、10センチくらいの
すき間ができています。その中をのぞくと、
暗い中に梵字(ぼんじ・仏様を表現した漢字)
が彫られているのが見えます。こんな大きな
岩の、しかも手を入らない狭いすき間に、ど
うして刻んだのか不思議です。
(3:「亀石」。霧島神宮の旧参道の中間く
らいに、亀にそっくりな自然石があります。
ここにある坂を「亀石坂」と呼ぶそうです。
(4:「風穴」。霧島神宮の旧参道にある岩の
穴から、ごく微弱ながらいつも風が吹き出て
いたそうです。以前までこの岩の上には観音
さまが安置されていたそうです。
(5:は「御手洗川」。これも霧島神宮の
西、250mのところの岩の穴から小川が湧き
出ています。この川はふだん枯れているにも
かかわらず、5月ごろから大量な水がすごい
勢いで湧き出ます。きれいな水で、この水に
は天孫降臨の時、高天原から神さまが持って
きた真名井の水が混じっているといいます。
時々、魚もいっしょに出てくるそうです。
(6;「両度川」。霧島神宮の西方300mの
所にある川で、毎年6月ごろから水が流れ出
して8月から9月ごろには枯れてしまいま
す。その間10日くらい、水が流れたと思う
とすぐ乾いてしまいます。そして、しばらく
経つとまた流れ出します。
その川は短く小さなものですが、水はきれ
いで水量も多いといいます。下流は滝になっ
て霧島川に落ち込んでいます。毎年同じ時期
に2度、決まって流れるので「両度川」と名
づけられました。
・(7:「夜中の神楽」。神楽(かぐら)と
は神前で行う音楽のこと。昔、霧島神宮がい
まのところに移転してきた時、深夜社殿の奥
で神楽が鳴り響いたといいます。その時、一
緒にいた神官や僧侶、そのほか一般の人たち
までが確かに聞いたといっていたといいま
す。いまでも時々深夜に、かすかに神楽のよ
うな音が聞こえるということです。
この中の(1に関連して、霧島山登山の途
中に雲や霧が出てきて道に迷った時、稲穂を
周辺にまくとたちまち雲霧が消えるといいま
す。先述したように、この山中には稲や霧島
糯(もち)という陸稲が自生していたといい
ます(三国名勝図会)。このような「播かず
の田」の伝承は、臼杵郡高千穂地方にもある
そうです。そんなことにも関係があるのか、
「高千穂」の山名は、たくさんの稲穂を高く
積み上げること、あるいは積み上げられた所
という意味だそうです。
▼霧島山(高千穂峰・韓国岳)
★宮崎、鹿児島両県にまたがる火山群の総称。
最高峰は韓国岳だが、霧島といえばふつう高
千穂峰を指す。
★【所在地】
・(1)高千穂峰:宮崎県都城市(みやこの
じょうし)と西諸県郡(にしもろかたぐん)
高原町(たかはるちょう)の境。JR吉都(き
つと)線(えびの高原線)高原駅(たかはる
えき)の西南西9キロ。JR日豊本線霧島神
宮駅からバス、高千穂河原停留所下車、さら
に歩いて2時間20で高千穂峰。2等三角点(1
573.55m)と、天の逆鉾がある。
(2)韓国岳:宮崎県えびの市・小林市と、
鹿児島県霧島町・牧園町の境。JR吉都(き
つと)線(えびの高原線)小林駅の南西12キ
ロ。JR吉都(きつと)線(えびの高原線)
えびの駅からバス、えびの高原下車、さらに
歩いて2時間で韓国岳。1等三角点(1699.8
m)がある。
★【位置】国土地理院「電子国土ポータルWe
bシステム」から
・(1)高千穂峰2等三角点:北緯31度53
分10秒.5237、東経130度55分08秒.1803
・(2)韓国岳:1等三角点:北緯:31度56
分03秒.0137 、東経:130度51分41秒.6760
★【地図】
・(1)高千穂峰:2万5千分1地形図名:
高千穂峰
・(2)韓国岳:2万5千分1地形図名:韓
国岳
▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典45・宮崎県』(角川書
店)1991年(平成3)
・『角川日本地名大辞典46・鹿児島県』(角川
書店)1991年(平成3)
・『古事記』(上つ巻・天孫降臨の段):新潮
日本古典集成・27『古事記』校注・西宮一民
(新潮社版)2005年(平成17)
・『コンサイス日本山名辞典』徳久珠雄編(三
省堂)1979年(昭和54)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ
出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書
房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞
社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004
年(平成16)
・『日本書紀(一)』(神代下かみのよのしも
のまき・第九段):『日本書紀(一)』(岩波文
庫)校注・坂本太郎ほか(岩波書店)1995
年(平成7)
・『日本の山1000』(山と渓谷社)1992年(平
成4)
・『日本百名山地図帳』(山と渓谷社)2005年
(平成17)
・『日本歴史地名大系46・宮崎県の地名』野
口逸三郎(平凡社)1997年(平成9)
・『日本歴史地名大系47・鹿児島県の地名』
(平凡社)1998年(平成10)
・『本朝神仙記伝・下の巻』宮地厳夫著(本
朝神仙記伝発行所)1929年(昭和4)国会図
書館」デジタルコレクション
・『名山の日本史』高橋千劔破(ちはや)(河
出書房新社)2004年(平成16)
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from
20/10/2000



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