山の【ひとり画ってん】
『日本百名山の伝説・神話』
本文のページ(03)
……………………………………
▼(053)鷲羽岳
「鷲羽池と黒部源流と山賊」

▼【概略説明】

▼【本文】
(長文です。ご興味ある部分を
拾い読みしてください)

★【目次】
・鷲羽岳とは
・山名
・辻村伊助と鷲羽岳
・山名の混乱
・鷲羽池の伝説
・黒部の山賊
・鷲羽岳データ
・参考文献


▼【鷲羽岳とは】
 北アルプスに鷲羽岳(わしばだ
け・2924.2m)という山がありま
す。黒部川源流にある山で、西側
下には「黒部川源流の碑」もあり
ます。鷲羽岳は、尾根が三方に張
り出しているので、長野県側に降
った雨は、高瀬川から信濃川に入
り、岐阜県側に降った雨は金木戸
川・高原川・神通川へ注ぎ、富山
県川に落ちた水は黒部川へ流れ、
それぞれが日本海に注いでいきま
す。

 鷲羽岳という山の名前は、その
姿がまるで大鷲が羽ばたいている
ように見えるからだからとか、山
腹の残雪と岩のおりなす模様が鷲
の羽のように見える(西側の黒部
川の対岸にある太郎兵衛平や薬師
岳の方角から眺めた時)からだと
いいいます。

▼【山名】
 「北アルプス裏銀座通り」を烏
帽子岳方面から縦走します。野口
五郎岳から水晶小屋、さらに雲ノ
平方面への岩苔乗越を通り、岩肌
をへつる狭い道、ちょっと緊張し
ながらワリモ岳に取りつきます。

 眼前にそびえる鷲羽岳がまるで
大鷲が羽を広げたようです。いま
まさに羽ばたかんとす鷲羽岳。槍
ヶ岳を右に見ながら、ねらいは燕
岳か、有明山か。それとも中房温
泉で一風呂としゃれ込むつもり
か。やがて360度展望の鷲羽岳山
頂です。この壮大な眺めもひとり
じめです。

 山頂からの展望は、南に槍穂高
連峰、笠ヶ岳、西に三俣蓮華岳、
黒部五郎岳、雲ノ平、北に水晶岳、
野口五郎岳、東に餓鬼岳、燕岳と
360度の展望が広がっています。
なるほどいわれてみれば、たしか
に辻村伊助という人が、その山行
記で書いているように、山々の渦
巻きの中心にいるような感じで
す。

▼【辻村伊助と鷲羽岳】
 辻村伊助とは大正期の登山家・
植物学者です。彼が1909年(明
治42)7月、山案内人として有
名な上條嘉門次(かみじょうかも
んじ)を案内人にして、槍ヶ岳か
ら烏帽子岳への縦走しました。そ
の記録「飛騨山脈の縦走」の第4
日紀行に「午前9時、鷲羽の嶺頭
は我らを迎えた。山と呼ぶ山はこ
とごとく四方に、此処はその渦巻
の中心に位して、眼を遮るものは
少しも無い、…

 …しかも方尺を超える山のうね
りの間に、独り鷲羽は他を見下ろ
す程に威張って居ないから、あら
ゆる山岳は威厳を疵つけられず
に、此の周りを取り囲んでいる。
今来た路をはるばるとふり返れば
…」と雄大な周囲の展望を長々と
綴り、「一時間は山嶺に経ってし
まった」と述べているのが先述の
山行記です。

▼【山名の混乱】
 さて、この鷲羽岳の名は、最初
は鷲羽岳ではなかったというので
す。そもそも越中側でいう鷲羽岳
とはこの山の南東にそびえる、い
まの三俣蓮華岳を中心にしたまわ
りの山々の総称だったというので
す。

 江戸時代、越中富山藩主が、自
分の領内である黒部川源流の山々
を調査させて作った奥山廻りの記
録には、いまの三俣蓮華岳に「鷲
ノ羽ヶ岳」と書かれてあり、これ
が鷲羽岳の文字の最初の記録だそ
うです。

 江戸時代後期の1808年(文化5)
ごろから、当時鷲羽岳と呼んでい
た山々の東側にそびえる壮大な峰
(いまの鷲羽岳)をとくに「東鷲
羽岳」と呼んで独立させます。そ
してまた、その南側にある鷲羽池
を龍池ということから、いまの鷲
羽岳を「東鷲羽岳」といわずに、
龍池ヶ岳とする地図も出はじめま
す。

 なかには東鷲羽岳・西鷲羽岳と
分けるなど、さまざまな地図が出
たりして、さらに混乱してしまい
ました。また明治以後、信州側の
案内人の説明から、登山者の間に
誤解に誤解を生んで、ますます混
乱していきました。

 当時の役所制作の地図、すなわ
ち1915年(大正4)の国の機関、
陸地測量部の地図や、1932年(昭
和7)の富山県公刊の地図にも、
富山、長野、岐阜の3県堺の山(い
まの三俣蓮華岳)を「鷲羽山」の
名で記載しています。これに抗議
したのが日本で最初の山岳会の
「日本山岳会」です。役所制作の
地図に「鷲羽山」とあるのは、「三
俣蓮華岳」と称すべきだと頑強に
主張、一大山名論争を巻き起こし
たといいます。

 困った陸地測量部は、東を「鷲
羽岳」のみ、西を「鷲羽岳(三俣
蓮華岳)」とかっこ付きにしたの
です。これは、なおまぎらわしい
地図になってしまいました。そん
なことから、山岳史研究家の中島
正文という人が、1941年(昭和
16)、この問題を整理し「二つの
鷲羽岳」という一文を発表したこ
ともあったそうです。いまのよう
に三俣蓮華岳・鷲羽岳に統一され
るまでずいぶん混乱したのです
ね。

▼【鷲羽池の伝説】
 南ろくの三俣蓮華岳との鞍部、
鷲羽乗越方面からの急なジグザグ
道を登りきると、稜線の右手下方
にスリバチ形をした池・鷲羽池が
見えます。昔は「龍池」といった
そうで、なるほど竜でもすんでい
そうな紺色の青澄みきった水をた
たえています。爆裂火口湖だとい
います。

 昔の人々は、この鷲羽池を畏敬
し、山の名まで「龍池ヶ岳」と呼
んだほど。また、先述の辻村伊助
は、「山の八合目とも思われる右
の直下に、小さな池が表れて、融
けそめた積雪の間に、ひたひたと
冷水をたたえている。疑もなく、
花崗岩なる鷲羽の側面を破壊した
小火山」と書いています。

 また1907年(明治40)、鷲羽
岳に登った長野中学校教諭だった
志村烏嶺という人は、鷲羽岳の登
ったとき、「南峰眼下に、一小湖
水を発見す、ここは全く一噴火口
なり、……鷲羽の噴火口、恐らく
何人に耳にも新しき事実なるべ
し」と、鷲羽池のことを記してい
ます。いまの登山者のなかにも鷲
羽池に興味を持つ人がいるらし
く、登山道から池のほとりまで、
踏みあとが湖面へ続いています。

 この池の水面には槍ヶ岳が姿を
映します。深田久弥も『日本百名
山』のなかで「……その遙かな岩
の穂(槍ヶ岳)がこの池まで影を
落としに来る」とその景観を褒め
ちぎっています。ここも最高の槍
ヶ岳展望場所になっています。

▼【黒部の山賊】
 ところで鷲羽岳の南ろく、三俣
蓮華岳との鞍部の鷲羽乗越にある
山小屋は、黒部川の源流にある山
小屋です。この話は昔、山荘のご
主人伊藤正一氏ご本人から聞いた
ものです。戦時中、三俣蓮華の小
屋の持ち主が戦死してしまい小屋
は荒れ放題だったといいます。

 ある時縁あって、伊藤正一氏が
小屋の権利の持ち主になりまし
た。ところが、その小屋は拳銃で
武装した、前科30何犯の山賊一味
のすみ家になっているとがうわ
さ。そこでご主人は、友人2人と
偵察に行きました。途中、命カラ
ガラ逃げてきた猟師に会うような
しまつ。不安に駆られながら2人
は、おそるおそる山小屋に入りま
す。

 小屋の主人になりすました山賊
は、客の登山者にせっせともてな
しています。そして「親の代から
真面目にやっているので信用がで
きた」などと応対。あげくの果て
は「山では助け合わなくては…」
と宿料をまけてくれるしまつ?大
ボラを吹く荒くれ者ではあるが、
あながち話のわからぬ男でもなさ
そうです。

 よく話してみると、里のウワサ
も誤解らしく、先の猟師も勘ちが
いと分かりました。氏は山賊を更
生させようと、身元保証人になり、
警察や営林署をままわり、記者会
見などして名誉回復に努めます。
以後一味と暮らし、協力を得て小
屋の再建をはかったということで
す。昔はおおらかだったのですね。


▼鷲羽岳【データ】
★【所在地】
・長野県大町市と富山県富山市旧
大山町各地区名(旧上新川郡大山
町)との境。JR大糸線信濃大町
駅からタクシー・高瀬ダムから歩
いて延べ12時間で鷲羽岳。三等三
角点(2924.2m)がある。

★【位置】国土地理院「電子国土
ポータルWebシステム」から検索
・三角点度:北緯36度24分10.92
秒、東経137度36分18.88秒

★【地図】
・2万5千分の1地形図「三俣蓮
華岳(高山)」

★【山行】
・某年8月12日(金・快晴)
山行などとおこがましく言ってい
ますが、せいぜい山頂に2、30
分いただけ。登っていないのと同
様です

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典16・富山
県』坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)
・『角川日本地名大辞典20・長野
県」市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・『信州山岳百科1」(信濃毎日新
聞社編)1983年(昭和五八)
・『新日本山岳誌」日本山岳会(ナ
カニシヤ出版)2005年(平成17)
・『富山県山名録」橋本廣ほか(桂
書房)2001年(平成13)
・『日本山岳風土記1・北アルプ
ス」(宝文館)1960年(昭和35)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか
(三省堂)2004年(平成4)
・『日本百名山」深田久弥(新潮
文庫・新潮社)1979年(昭和54)
・『日本歴史地名大系16・富山県
の地名」(平凡社)1994年(平成6)
・『飛騨山脈の縦走」辻村伊助
(「日本山岳風土記1」(宝文館)
1960年(昭和35)


…………………………………………
ちょっと【広告】です。スイマセン
★作者の本をどうぞ(アマゾンから)
【とよだ時】(旧とよた時)コーナーです。
https://www.amazon.co.jp/stores/author/B004L1SDTE

…………………………
★グッズあります。SUZURI社で販売しています。
https://suzuri.jp/toki-suzuri

…………………………
★下記はCD本です。(作者から発送します)。
天狗・仙人・神仏に出会う山旅。
新『伝承と神話の百名山
01『新・丹沢山ものがたり
02全国の山・天狗ばなし
03『続・山の神々いらすと紀行
04『続・ふるさとの神々事典
05『野の本・山の本』ほか

06 ↓こちらもどうぞ(紙書籍版品切れ)
 「電子書籍」または「中古書籍」をどうぞ。
▼山と渓谷社刊『日本百霊山』(電子書籍)
神仏、精霊、天狗や怪異と出会う山旅。山の愉
快な話。
神話伝説姉妹版
<
アマゾン>で。 <楽天ブックス>で。
………………

……………………

とよだ 時【画文制作室】
…………………………………………
ゆうもぁ漫画家・山の伝承神話探勝・駄画師
https://toki.moo.jp/
from 20/10/2000


……………………………………………………
TOPページ「峠と花と地蔵さんと……」へ