『日本百名山の伝説・神話』
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【とよだ時】(豊田時男
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▼北海道・斜里岳「水の神がすむ竜神ノ池」

【説明前文】
斜里岳は、斜里川の水源にあるためについた
名で、これはニホン人がつけた山名。地元で
は「オンネヌプリ」(大きな山)と呼ばれて
いたそうです。馬の背にある祠は斜里岳神社。
上二股下にある竜神ノ池には、竜神サマがす
んでいると伝えます。
・北海道網走支庁斜里郡清里町と斜里町と
の境。

【本文】

 斜里岳は舎里岳ともいい、北海道東部にあ
る知床半島のもとの部分にある山。斜里町と
清里町との境にそびえています。山頂には3
つの寄生火山と数個の火口があります。山名
の斜里岳は、斜里川の水源にあるためについ
た名で、これはニホン人がつけた山名です。

 シャリとは、アイヌ語で「サル」(葦の湿
原)の訛ったもの。つまり、「葦(茅)がた
くさん繁茂する」という意味だといいます。
地元では「オンネヌプリ」(大きな山)と呼
ばれ、斜里コタンの人々に敬われていたらし
い。これはアイヌの人たちが呼んでいた名前
だそうです。山頂からは、知床半島から斜里
平野、網走市能取岬(のとろみさき)までの
オホーツク海、弟子屈町(てしかがちょう)
の摩周湖や、阿寒の山なみまでが望見できま
す。高山植物は、頂上付近のヨツバシオガマ、
チシマワレモコウなどをはじめ、ミヤマキン
ポウゲ、チシマキンバイソウ、エゾノハクサ
ンイチゲ、シャリスゲなど、70余種にも達
するといいます。

 馬の背の稜線にでると眺望が開け、山頂は
目前です。足元の白い小さな祠は、清里町側
の斜里岳神社です。1935年(昭和10)年の
創建といい、大山祇命(おおやまつみのみこ
と)と天之水分神(あめのみまくりのかみ)
をまつっているといいます。大山祇命(神)
は『日本書紀』での表記で、『古事記』では
大山津見神と書かれているというややこし
い。その上別名があるのでお手上げという、
わたしは罰当たりです。

 有名な木花開耶姫(このはなさくやひめ)
のお父さんで、大山を司る神であり、酒造り
の祖神になっています。また天之水分神は、
『古事記』にだけ出てくる神で『日本書紀』
には記述がありません。ミクマリとは水の分
配、つまり農業用水を分配する役割の神であ
り、農業神になっています。また上二股直下
の竜神ノ池にまつわる龍神神社(清里町江南)
があります。斜里の文字のついた神社には斜
里岳神社のほか、斜里町本町に「岳」のつか
ない「斜里神社」という神社もあります。

 ちなみにここは1936(昭和 11)年には、
イギリス人ストラットンが、日食観測を行っ
たことでも知られています。さて、山ろく清
里町の清岳荘から山頂を目指します。旧登山
口、旧清岳荘跡を過ぎ、下二股から新道コー
スをたどり、ピーク1250mのコブを過ぎる
てしばらくすると、わき道に入ってすぐ、神
秘的な池「竜神ノ池」があらわれます。この
池には、古くから水の神である「竜神サマ」
がすんでいると伝えます。

 1932年(昭和7)、このあたりが干ばつに
見まわれ、日照りがつづきました。村人は鐘
や太鼓を叩き、徹夜で雨乞い祭をして、高台
に竜神をまつる神社を建てました。さらにワ
ラで大蛇をつくり、斜里岳に登山、「竜神ノ
池」にそれを泳がせて夜通し祈願したそうで
す。

 その甲斐があってか、山を降りるころには
ポツリポツリと雨が降り出し、やがて本降り
になったということです。しかしこんどはな
かなか降り止まなかったそうです。そのあと
はどうなったのか知りたいところです。

 この池の言いつたえに、「斜里岳に登った
ら必ず龍神の池に立ち寄ってきれいに掃除し
て帰りなさい」というものがあるそうです。
そこは竜神サマが身を清めるため、行水する
池なので、棒でかき回したりすると、天気が
荒れるといわれています。

 事実、天気が安定しない時にかぎって、池
に行ってみると、必ず池が汚れています。そ
して掃除して帰ると、不思議に天気が安定す
ることが多いというのです。こんな不思議な
ことがありました。1988年(昭和63)に、
行者に夢のお告げがあり、竜神神社を訪れま
した。

 行者が氏子に「竜が喜んでおられます」と
伝えました。その時、行者の両腕には、竜の
うろこが浮かび上がっていたというのです。
また北ろくの斜里町にはこんな話が伝わって
います。ここにも義経伝説があります。、源
義経は岩手県の衣川で死んだことになってい
ますが、実は生きていて、三厩(みうまや・
青森県外ヶ浜町)で船出の風が吹くのを待ち、
竜飛(たっぴ・外ヶ浜町)から北海道へ渡っ
たというのです(『義経北行伝説』)。

 そしてアイヌの人々に溶け込んで、農耕や
舟の作り方とか、操法、機織りの技法を教え
ました。アイヌの人たちは、義経をホンカン
カムイと呼び、神として敬い仰いだというの
です。斜里町の串多という所には、柱石が重
なるように突き出ています。これは昔、義経
が魚を串に刺て焼いた所で、残りを捨てたも
のが石に化したいい伝えられています。

 また同町にあるカモイエバ(大岩)と呼ば
れる奇岩は、マムシの首が海に突き出たよう
になっています。ここには昔、義経の家来弁
慶の妹が住んでいたといいます。それを大蛇
が呑み込まんとして近寄ってきましたが、弁
慶に気づかれ踏みつぶされ、岩になってしま
ったもの。その時、そばに5柱の神が立って
いるように見えました。これがシャリを守護
している神々で、弁慶の加勢に現れ、そのま
ま岩になったといわれます。それがいまいう
アシキネシユマ(五岩)ということです(『知
床日誌』、『日本伝説大系1』)。

 またこんな話もあります。斜里から、知床
半島へ向かう途中に、宇登呂(うとろ)とい
う集落があります。この集落の港の沖に浮か
ぶ、怪獣に似た岩ばかりの島があります。周
囲が切り立った絶壁のような島です。昔は「オ
ロッコ族」という部族が住んでいたとそうで
す。

 この部族は、島のなかの高い岩の上に登り、
付近を通りかかる船に、丸太や石を投げつけ
て船を止め、積んでいる荷物を奪ったりする
悪さのし放題。怒ったアイヌの人たちは、何
度もオロッコ族を攻め込みましたが、なにせ
周囲が絶壁の島。その上、岩壁の上から岩や
石などなんでも飛んでくるので手がつけられ
ません。

 ある時、アイヌの酋長が村の衆を集め相談。
闇夜に絶壁の下の海岸にうち寄せた海草を集
め、鯨の形を作りました。その上になぜか川
から捕ってきた魚をならべました。朝になり
海鳥たちが魚を食いに集まり大騒ぎになりま
した。それに気がついたオロッコ族は、寄り
鯨(座礁鯨)だと勘違いして、大喜びで島か
ら海岸へ駆け下りてきました。

 ところがアイヌたちは岩かげに身をひそ
め、この時を待っていたのです。オロッコ族
が船場へ走りかけた時、彼らを一斉にとり囲
んで攻撃、とうとう全滅させてしまったので
す。それからというもの、この島を誰いうこ
とことなく「オロッコ岩」と呼ぶようになっ
たということです。

 さらにもうひとつ「妖怪コンシュンプ」と
いう話です。明治の初めころ、イぺランケと
いう老婆がいました。この老婆が若かった頃
の話です。老婆の若い夫は、海でアザラシ猟
の仕事にしていました。ある日、きれいな斑
点のあるアザラシが穫れました。これが、き
れいな女性に化ける「コンシュンプ」という
妖怪でした。

 若い夫はこの化け物にすっかり取りつかれ
て夢中になり、老婆のイラペンケが邪魔にな
って虐待するようになったのです。たまりか
ねた老婆は、なにか夫につき物がついている
に違いないと考えました。

 そんなある深夜、こっそりと家に忍び込む
者がいました。老婆はその者にマサカリで一
撃を加えました。そこにはきれいな片腕が落
ちていたのです。次の晩、きれいな女性が家
に入ってきて、老婆のイラペンケに泣きなが
ら訴えました。

 「私はコンシュンプという妖怪ですが、ア
ザラシに化けてあんたの夫に取り憑いたた
め、昨夜は片腕を取られてしまいました。し
かし、これからはあなたの夫に、あなたを虐
待するようなことはさせないし、あなたに一
生不自由のない暮らしができるようにしま
す。そのかわり片腕を取られた代償としても、
夫を私に下さい」。

 そういったと思うと老婆は夢から覚めまし
た。目が覚めてみると、あの女の片腕がなく
なっているではありませんか。それからは妖
怪コンシュンプのいったとおり、夫は老婆に
優しくなりましたがまもなく他界。夫は妖怪
コンシュンプのところにいったのだといいま
す。そして老婆イペランケは、妖怪コシュン
プのいったとおり、一生なに不自由なく、暮
らすことができたということです。


▼斜里岳【データ】
【所在地】
・北海道網走支庁斜里郡清里町と斜里町との
境。JR釧網本線知床斜里駅からバス、斜里
岳登山口。さらに歩いて6時間で斜里岳。15
35.8m。二等三角点名:「斜里岳」と標高点1
547mがある。

【位置】
・三角点:1535.8m:北緯43度45分56.85
秒 東経144度43分5.5秒
・標高点:1547m:北緯43度45分56.69秒
 東経144度43分3.59秒

【地図】
・2万5千分の1地形図:斜里岳(斜里)


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典1・北海道(上巻)』
編(角川書店)1991年(平成3)
・『古事記』:新潮日本古典集成・27『古事記』
校注・西宮一民(新潮社版)2005年(平成17)
・『知床日誌』(松浦武四郎)文久3(1863)
年:デジタルコレクション
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ
出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書
房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004
年(平成16)
・『日本大百科全書11』(小学館)1986年(昭
和61)
・『日本伝説大系・1』(北海道・北奥羽)宮
田登ほか(みずうみ書房)1985年(昭和60)
・『日本歴史地名大系1・北海道の地名』高
倉新一郎ほか(平凡社)2003年(平成15)


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01『新・丹沢山ものがたり
・02
『伝承と神話の百名山』
03全国の山・天狗ばなし
04『山の神々いらすと紀行
05『続・山の神々いらすと紀行
06『ふるさとの神々何でも事典
07『続・ふるさとの神々事典
08『家庭行事なんでも事典
09『健康野菜と果物
10『ひとの一生なんでも事典
11『ふるさと祭事記(歳時記)
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