山旅通信【ひとり画ッ展】1182号
『日本百名山』の伝説と神話
(山の神・伝説神話)
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▼『百名山』81番「間ノ岳のはなし」
ふたつの雪形と農鳥の3つの卵

(長文です。ご興味ある部分
を拾い読みしてください)

【目次】
・山名
・鳥、鬼面の雪形
・農鳥岳とは
・農鳥岳の山名
・農鳥岳・雪形伝説
・農鳥山頂の歌碑
・間ノ岳データ
・参考文献

▼【本文】
 間ノ岳は、南アルプスの北
部にある白根(白峰)山系白
根(白峰)三山のひとつで標
高は3189.5m。富士山、北岳、
奧穂高岳とならんで第3位の
高さです。概観も堂々として
おり、高度差が南の鞍部から
山頂まで400m近く、また北
の鞍部は240mと、まるで独
立峰のようです。

 展望も当然ながらいうこと
はなく、北側に北岳・甲斐駒
ヶ岳・鳳凰三山・仙丈ヶ岳な
どなど、南を望めば農鳥・塩
見岳から富士山など思いのま
まです。

★【山名】
 山名は白峰三山(北から北
岳、間ノ岳、農鳥岳)の中間
にあるからといいます。農鳥
山・中峯・中ノ岳などとも呼
ばれ、やはり「中」の字がつ
きます。

 間ノ岳山頂東直下、細沢カ
ールは残雪が多く高山植物の
宝庫。7月ごろは、稜線にか
けての一帯はシナノキンバ
イ、トウヤクリンドウ、ハク
サンイチゲ、シオガマ、ミネ
ウスユキソウ、オヤマノエン
ドウなどが咲き競っていま
す。

★【鳥、鬼面の雪形】
 間ノ岳にはふたつの雪形が
出るといいます。鳥形の雪形
と、もうひとつは鬼面の雪形
です。その一つ、鳥形の雪形
は5,6月ごろ東面の細沢(※
細沢カールか)にあらわれる
そうです。この雪形は、東ろ
く山梨県側からは、地域によ
っては残雪が鳥の形に見え、
農耕の時期を教えることか
ら、この雪形を農の鳥(農鳥)
と呼び、この山(いま間ノ岳
と呼んでいる山)を「農鳥山」
といっていたそうです。

 そして、いま農鳥岳と呼ん
でいる山を当時は、別当代(べ
っとうしろ)と呼びました。
雪形は5,6月ごろ東面にあ
る細沢(細沢カールか?)に
あらわれるそうです。

 このことについて、江戸時
代の甲斐国の地誌『甲斐国志』
巻之三十三に、次のように書
いています。「中峯間ノ岳或
ハ中ノ岳ト称ス、此ノ峯下ニ
五月ニ至リテ雪漸ク融(トケ)
テ鳥ノ形ヲナス所アリ、土人
見テ農候(※農の時節)トス、
故ニ農鳥山トモ呼ブ其ノ南ヲ
別当代(ベッタウジロ)ト云
フ、皆一脚ノ別峯ニシテスベ
テ白峯ナリ」

 平たくいうと、「…中峰を
間ノ岳あるいは中岳という。
この山の下に、5月になって
やっと雪が溶けて、鳥の形に
見えるところがある。住民た
ちはそれを見て田畑の農作業
をはじめる。そんなところか
ら「農鳥山」と呼ぶ者もいる。
この場合、その南にある山(い
までいう農鳥岳)は別当代(べ
っとうしろ)と呼んでいる。
これらはすべて白峰である」
ということになります。

 もうひとつの雪形は山頂の
北西に面した、カールに出る
鬼面でこれはポジ型。カール
の鍋の底のようなくぼ地に出
る残雪のことで、この鬼の表
情は柔和な感じです。それは
西側長野県側宮田村からだけ
見られるようで、前山が落ち
込んで切れたあたりに見える
というのです(『山の紋章・
雪形』)。この雪形も種まきな
ど農作業をはじめる季節がわ
かるといいます。

★【農鳥岳とは】
 さて間ノ岳から南に歩け
ば、白根(白峰)三山の一番
南にある農鳥岳に至ります。
農鳥岳には東農鳥岳(3025.9
m)と、西農鳥岳(3050m)
の2峰あり、ふつう農鳥岳と
いえば一般には東農鳥岳をし
ています。西農鳥岳の方が標
高は高いですが、三角点は農
鳥岳(東農鳥岳)にあります。

★【農鳥岳の山名】
 農鳥とは、この山に出る鳥
の形をした雪形が、農鳥岳(東
農鳥岳)のアスナロ沢という
沢の源頭に出ることに由来し
ています。この雪形が甲府盆
地から見られるころ、農作業
をはじめるのに適した時期に
出る「農の鳥」として、その
目安になっていました。ちな
みに西農鳥岳は甲府からでは
見えないそうです。

 明治から昭和にかけての登
山家で文芸批評家の小島烏水
(うすい)も「白峰山脈の記」
のなかで、農鳥岳の雪形につ
いて次のようなことを書いて
います。

 白峰三山の「そのなかでも
農鳥山の名を忘れてはなら
ぬ、一体甲府の人たちは、春
の田植や、又秋の麦まきなど
を「農をする」といってい、
この二期には、山の雪が消え
残ったり、また積もりはじめ
るときで、…そのとき鳥の形
が、農鳥山の頂上より、真下
少しも左右に偏することこと
なく、胸壁の上に印せられる
ので、この鳥形が見えはじめ
ると、農にかかるから農鳥山
の名を得たともいう、ことに
晩春から初夏へかけての鳥形
は、実に分明なものであると
いう。「農鳥」というのは、
鶏の義であるそうだが事実残
雪は、鶏とは見えない」。

 つづけて小島烏水は書いて
います。「無風流な農夫は、
自分に説明して、シャモの雄
ン鳥が立っているようでだん
だん雪が融けると、尾が消え、
腹が?(むし)られ、耡(す
き)のような形をして、消え
て了(しま)うと語った。白
い鳥は消えても、注意して見
ると、岩壁厳めしい赭(しゃ
・※赤)色の農鳥は、いつ、
いかなる時でも、おそらく山
が存在する限りは見えている
だろう。或は農鳥というのは、
農鳥山の麓近い沢に、雪の消
えた跡へ、黒く出る岩で、卵
を三つ持って現れるという、
言い伝えもあるそうだ」、な
のだそうです。(『日本山岳
風土記2』)。

★【農鳥岳・雪形伝説】
 一方、農鳥岳の農鳥の雪形
について、山梨県韮崎市穂坂
地区にこんな話が伝わってい
ます。奥秩父前衛の茅ヶ岳南
ろくにあたる穂坂地区一帯
は、昔から水の便が悪く日照
りに苦しんでいました。夏に
なると水不足で、田も畑も枯
れそうになるので、村の人た
ちは毎年のように鳳凰山に登
って雨乞いをしていました。
それを見て、山の神はさすが
に気の毒に思い、黒毛の農牛
と白斑(しらふ)の農鳥に、
穂坂村に池を掘るように命じ
ました。

 神にいわれた農牛(黒牛)
と農鳥(白鳥)は、夜になっ
てから穂坂村に行って、それ
ぞれの池を掘りはじめまし
た。農牛は農鳥に「夜が明け
そうになったら、お前が時を
告げて鳴いてくれ。それを合
図に作業を終わりにして帰ろ
う。明るくなると山へ帰れな
くなってしまうぞ」。こうし
てふたり(?)は、毎晩一生
懸命に池を掘り、夜明け前に
農鳥が時を告げると、それを
合図にそろって仕事をやめ、
山に帰りました。

 このようしてふたつの池は
大分できあがってきました。
そんなある晩、池掘りに夢中
になりすぎ、農鳥が時を知ら
せるのを忘れてしまいまし
た。シラジラと夜が明け、「し
まった」農鳥(白鳥)はサッ
と飛び立っていきました。し
かし農牛(黒牛)は山へ帰れ
ず、マゴマゴしているうちに
進退きわまり、池のそばで石
になってしまいました。いま
も牛が寝た形の石が残ってお
り、里人は「牛石」と呼んで
います。(※また別の説にふ
るさとの鳳凰山に戻ったとの
話もあります)。

 こうしてどちらの池も、掘
るのは途中で中止になってし
まいました。しかしこの池は
いまも「牛池」と「鳥の小池」
として残っていて、どちらも
どんな日照りの年でも水が干
上がることはないそうです。
農鳥が飛び去った先は、その
名のように「農鳥岳」で、そ
この雪形になっているそうで
す。

 農鳥岳の雪形は、季節でい
ろいろな形で出るといいま
す。毎年農作業がはじまるこ
ろになると、雪が白鳥が首を
のばした形に消え残って、次
ぎに牛の形があらわれます。
春になり、鳥(白鳥)の雪形
が山にあらわれると、村人は
苗代(なわしろ)に籾種(も
みだね)をおろし、農牛の形
が見えると、畑にダイズやア
ズキを蒔(ま)きつけます。

 また、農牛の雪形は秋にも
あらわれることがあって、秋
の農牛が見えると、秋の農作
業(麦まき)をはじめるそう
です。この農牛は鳳凰山に帰
った黒牛が、農作業の応援に
来ているのでしょうか。なお、
この山の残り雪は、鋤(すき)
や鍬(くわ)などの農具の形
に見えることもあるというこ
とです(『裏見寒話』『口碑
伝説集』より)。

★【農鳥岳山頂の歌碑】
 さて農鳥岳(東農鳥)山頂
には、明治の文人で詩人の大
町桂月の歌碑が建っていま
す。「酒のみて高根の上に吐
く息は散りて下界の雨となる
らん」。これは桂月が桂月が
1924年(大正13)の夏に農鳥
岳に登り、このあたりに野営
した時詠んだ歌だそうです。

 歌碑に刻んである歌のとお
り桂月は、酒と旅をことさら
好みました。1955年(昭和30)
代になり、地元の観光協会と
山岳会が石碑に歌を刻んでか
つぎ上げました。しかし私の
登った1981年(昭和56)には、
長年の風雪のため、真っ二つ
に割れてしまっていました。
その後、建て替えたと聞いて
います。


▼間ノ岳【データ】
★【所在地】
・山梨県早川町と南アルプス
市、静岡市との境。中央本線
甲府駅の西31キロ。JR中央
本線甲府駅からバス、広河原
下車、さらに歩いて延べ10時
間15分で間ノ岳。三等三角点
(3189.3m)がある。地形図
に山名と三角点の標高のみ記
載。三角点より西方向直線約
850mに三峰岳がある。

★【位置】
・三角点:北緯35度38分45.6
秒  東経138度13分41.8秒
(国土地理院「地図閲覧サー
ビス」から検索)

★【地図】
・2万5千分の1地形図「間
ノ岳(甲府)」



▼【参考文献】
『甲斐国志』:松平定能(ま
さ)編集。1814(文化11年)
:『甲斐国志』第2巻(「大
日本地誌大系45」(雄山閣)1
973年(昭和48)
・『甲斐伝説集』(甲斐民俗
叢書2)土橋里木著(山梨民
俗の会)1953年(昭和28)
・『角川日本地名大辞典19・
山梨県」磯貝正義ほか編(角
川書店)1984年(昭和59)
・『角川日本地名大辞典22・
静岡県』小和田哲男ほか編(角
川書店)1982年(昭和57)
・『桂月全集・別巻」(下)
大町桂月(桂月全集刊行会)
1929年(昭和4)
・『新日本山岳誌』日本山岳
会(ナカニシヤ出版)2005
年(平成17)
・『日本山岳風土記2』(宝
文館)1960年(昭和35)
・『日本山名事典』徳久球雄
ほか(三省堂)2004年(平
成16)
・『日本山岳ルーツ大辞典』
村石利夫(竹書房)1997年
(平成9)
・『日本の民話8』(上州・
甲州)(未来社)1974年(昭
和49)
・『日本百名山』深田久弥(新
潮社)1970年(昭和45)
・『日本歴史地名大系19・山
梨県の地名』(平凡社)1995
年(平成7)
・『日本歴史地名大系19・山
梨県の地名』(平凡社)1995
年(平成7)
・『山の紋章・雪形』田淵行
男著(学習研究社)1981年
(昭和56)


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