山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼979号「東北朝日連峰・天狗角力取山」

【序文】
140字
山を歩いていると、「天狗」という字のついた地名を多く見かけま
す。ここ東北朝日連峰の主稜線のほぼ中央、寒江山近くに「天狗角
力取山」という山があります。この山頂には、3間(約5mあまり)
四方ほどの平らな砂利場があり、これが天狗が相撲をとる土俵だと
いう。
・山形県東田川郡朝日村と西村山郡西川町にまたがる。
(本文は下記にあります)

▼979号「東北朝日連峰・天狗角力取山」

【本文】

山を歩いていると、「天狗」という字のついた地名を多く見かけま
す。天狗岳、天狗岩、天狗平などが多く、山名辞典などでみると、70
もの天狗の文字がならんでいます。その理由はいくつか考えられま
す。まず、その場所の地形が天狗の姿に似ている(安達太良山の天
狗岩や中央アルプスの天狗岩など)。

次に、そこが奇妙な地形になっている(山頂に花崗岩が風化した白
砂がしきつめられて土俵のように見えるところなど)。昔の人は、
そうした現象を天狗がもたらしたと考えたのでしょう。そして、そ
の地に実際に天狗が住んでいると思われていたようです。

ここ東北朝日連峰の主稜線のほぼ中央、寒江山(かんこうざん)近
くの三方境から北へ延びる尾根に「天狗角力取山」(てんぐすもう
とりやま)という長い名前の山があります。この山頂には、3間(約
5mあまり)(1間は6.01尺、1尺は30.3センチなので545センチ)
四方ほどの平らな砂利場があり、これが天狗が相撲をとる土俵だと
いうのです。

ここはいつも天狗の羽根で掃かれたようにきれいになっています。
加えて面白いことに四隅に村人が「土俵の四本柱」と呼ぶ、わざわ
ざ置いたような大石もあります。さらに北の端にも大きな石がひと
つ砂利から顔を出しています。この石は行司が控える場所だそうで
す。

地元の言いつたえによると、正月10日の未明に、置賜地方(おき
たまちほう)と庄内、村山地方の天狗たちが相撲を取るためにこ
こに集まるという。そしてまたはるばる京都の鞍馬山から行司を
つとめる天狗がやって来るという。相撲が終わったら餅をついて
食べるため、間違っても正月の10日はこの山に登らないようかた
く戒めているという。

ここは風の強いところで、しかも東風が西風にあおられて南に方向
を転ずるため、旋風を生じることがあるらしい。昔、ある猟師がこ
こで野宿しているとき、真夜中に天狗の高笑いの声を聞いたという
話もあります。

また天狗角力取山の南西に「二ツ石山」というピークがあります。
ここはその昔、朝日権現の天狗と月山権現の天狗とが、この山で
法力くらべをしたことがあるという。両方の天狗がありとあらゆ
る秘術をつくしてわたりあいましたが、勝負がつかず、とうとう
両方とも精根つきて2つの石になってしまったということです。
そのため、この石は「天狗石」というのが正しいのだそうです。

ついでながら、このあたりは「アオスス」(羚羊・れいよう・カモ
シカなどの類)のすむところでもあるという(『日本山岳風土記5』)。
「相撲取り場」で「デヤ沢」のアオススと、「ネコ沢」のアオスス
とが逢い引きをするというロマンスの場所だという。

この「デヤ沢」というのは東麓の「出谷川」のことでしょうか?ま
た、「ネコ沢」は西麓の「根子沢」もことでしょうか?冬の晴れた
日などには、きらめく雪面にアオススが何頭もが集まって、角から
垂れたツララをゆらしながら、ジッとしていることがあるという。

まさに「アオの寒(かん)立ち」でここは「天狗の角力取山」はア
オススの楽園なのでしょうか。ちなみに「アオの寒立ち」とは、冬
などに何時間もカモシカなどが身じろぎもせずにいる様子。

その理由ははっきりしていませんが、カモシカなどは山中の斜面に
すんでいるため、胃のなかの食物を反芻(はんすう)するときに、
寝ころぶところがなく、立ったままでいるのではないかといわれて
います。

さて、このあたり朝日岳ににつながる峰々には天狗が多くすみつい
ていたいう話があり、「天狗の爪」があるという。山形県朝日町に
ある、ゆっくりと浮遊する大小60近い島を浮かばせる大沼があり
ます。ここは大正14(1925)年に「大沼の浮島」として国の名勝
に指定されています。この浮島は白鳳9年(680年)に山岳修験の
祖、役小角によって発見されたという。

ここに浮島稲荷神社があり、朝日権現の使いという「天狗の爪」
が納められているというのです。伝説によると、「天狗の爪」は、300
年前に月山のふもと(いまの山形県西村山郡西川町月山沢集落)
の山奥に、住んでいた相撲の名人(白髪の老人だという)のもの
であるという。

当時その集落に住んでいたある青年が、白髪の老人から相撲の秘
術を受けました。そして老人との分かれに際し、「今後ともいっそ
う精進努力するように」と「天狗の爪と髪の毛」と渡されたとさ
れています(『山岳宗教史研究叢書16』)。

▼天狗角力取山【データ】
★【所在地】
・山形県東田川郡朝日村と西村山郡西川町にまたがる。山形駅か
らバス、間沢乗り換え、大井沢バス停下車、バカ平から焼峰を経て
3時間30分で天狗角力取山。写真測量による標高点(1376m)と、
天狗小屋がある。

★【位置】
・標高点:北緯38度21分45.79秒、東経139度54分49.09秒

★【地図】
・旧2万5千分1地形図名:大井沢

★【参考文献】
・『山岳宗教史研究叢書16』「修験道の伝承文化」五記重編 (名著
出版)1981年(昭和56)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳風土記5・東北・北越の山々』(宝文館)1960年(昭
和35)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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【とよだ 時】 山と田園風物漫画
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 (主に画文著作で活動)
【ゆ-もぁ-と】事務所
山のはがき画の会

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