山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼936号「大雪山・山の大(おおい)さを語れ」

【前文】
「富士山に登って、山岳の高さを語れ。大雪山に登って、山岳の大
(おおい)さを語れ」。これは詩人大町桂月の言葉です。大雪山は
北麓の層雲峡から南の十勝岳まで大雪山国定公園北部にある山地。
緯度が北に偏っているため、本州の3000m級の山々と同じように
高山植物が2百数十種。動物は大小あわせて百60数種生息してい
るそうです。 
・【本文】は下記にあります。

▼936号「大雪山・山の大(おおい)さを語れ」

【本文】
「富士山に登って、山岳の高さを語れ。大雪山に登って、山岳の大
(おおい)さを語れ」。これは大正10(1921)年この山に登った、
明治大正時代の詩人大町桂月(1869?1925)が、紀行文『層雲峡よ
り大雪山へ』(1、層雲峡の偉観)の中で述べた言葉です。

さらに「……ここに黒岳の一峰の上に立てり。さても大雪山の頂上
の広きこと哉。南の凌雲(りょううん)岳、東の赤岳、北の黒岳の
主峰など、ほんの少しばかり突起するだけにて、見渡す限り波状を
為(な)せる平原也。……余は大雪山に登りて、先ず頂上の偉大な
るに驚き、次ぎに高山植物の豊富なるに驚きぬ。大雪山は実に天上
の神苑(しんえん)也。」と記しています。

大雪山は、たいせつざん、だいせつざんといい、上川郡上川町、東
川(ひがしかわ)町、美瑛(びえい)町にまたがる山地の総称。北
麓の層雲峡(そううんきょう)から南の十勝岳まで大雪山国定公園
の北部にある山地で、総面積23万ヘクタール、神奈川県に匹敵す
る日本最大の国立公園です。ここは緯度が北に偏っているため、本
州の3000m級の山々と同じような高山環境をもっています。

火山群の間の高原状平坦地には、ダイセツワタスゲをはじめとする
高山植物が2百数十種も生えており、わが国でも最も規模が大きい
という。またナキウサギなどの珍しい動物、天然記念物のウスバキ
チョウ、アサヒヒョウモン、ダイセツタカネヒカゲなどの蝶類も生
息、大小あわせて百60数種もいるといいます。

アイヌ語では、大雪山のこのあたりをカムイ・ミンダラといい、「神
々の遊ぶ庭」とい意味だそうな。大雪山は名の通り「たくさん雪が
降る山」でもあります。主峰の旭岳のほか、黒岳(くろだけ・1984
m)、凌雲岳(りょううんだけ・2125m)、比布岳(ひっぷだけ・2197
m)・北鎮岳(ほくちんだけ・2244m)、白雲岳(はくうんだけ・2230
m)、北海岳(ほっかいだけ・2149m)など2000m級の峰が20座
近く集まっています。

この山系ははじめ、カルデラができて、最後に爆裂火口(お鉢平、
直径2キロ)と旭岳が生れたという。これらはいまも硫気ガスを噴
出しています。大雪山の主峰である旭岳は、アイヌ語では「ヌタカ
ウシュペ」とか「ヌタクカムウシュペ」。頬肉のついた山の意だと
いう。もっとも金田一京助は「ヌタップカウシペ」が正しく、川に
囲まれた奥山、すなわち河内山の意であるといっています。

旭岳は、北海道の最高峰でもあり1等三角点があります。その西斜
面に爆裂火口があり硫気を噴出。ここでは硫黄採取も行われたこと
もあるそうです。火口下部にある姿見の池は、一爆裂火口に湛水し
たものだという。池畔には石室もあります。

この「ヌタカウシュペ」と呼ばれていた山が、1911(明治44)文
部省の指示によって「旭岳」に統一されたといいます。ちなみに
北海道第2の高峰は北鎮岳で、大町桂月はこの山を大雪山の盟主
といったそうです。

そもそも大雪山に内地から日本人がはじめて足を踏み入れたのは
江戸時代も後期。隠密ともいわれる探検家・間宮林蔵が、文化年
間(1804〜18)に石狩川水源の地に登ったという(吉田東伍『大
日本地名辞書』「北海道之部」)。

また、『北海道名勝地誌』(大雪山の項)には「安政年間(1854〜60)
石狩在勤足軽松田市太郎始めて此(この)山に登り、次で松浦武四
郎之(これ)に登る」出てきます。松田市太郎については不詳です
が、松浦武四郎は幕末の北方探検家で、1856年(安政3)〜1858
年(安政5)北蝦夷(えみし)を探査した人物。

一方、冒頭にある大町桂月は1921年(大正10)、大雪山の表玄関
ともいわれる北側の層雲峡温泉(名づけ親は大町桂月)から黒岳に
登ったもの。黒岳の西側にある桂月岳(1938m)は、大町桂月に
ちなんで名づけられた山だそうです。

層雲峡温泉からロープウエー、リフトを乗り継いで、7合目登山口
から徒歩で1時間で黒岳に立てます。このコースは、さらに黒岳か
ら北海岳、間宮岳、旭岳。ロープウエーで旭岳温泉(旧勇駒別温泉)
に至るコースがもっとも一般的で「大雪山銀座」と呼ばれていると
いう。

大雪山北麓の層雲峡にはこんな伝説があります。その昔、日高の
野党の一群が、上川地方を襲おうとして、石狩川の水源近くで筏(い
かだ)をつくり、川を下って層雲峡近くまでやってきました。

すると山の端が川にせり出した所「カムイオペッカウシ」(神が尻を
川の上にさらけ出している所)で、赤い鉢巻きをした裸の女が乳房
を揺らせて踊っています。野党の一団はついそれに見とれて舵を誤
り、筏が大滝の渦に巻き込まれ全滅してしまったという。

また、こんな話もあります。層雲峡の奧の針葉樹の森には、恐ろし
い山男が住んでおり、アイヌの人たちは、狩りに行っても決してこ
の森には泊まらないのだという。山男は熊を手づかみにして殺すほ
どの怪力で、人間も見つかれば殺されてしまいます。

しかし、山男はたばこが大好きだったため、もし出会ってしまった
ら煙管(きせる)に火をつけて差し出すと、喜んで何もしなかった
ということです(「えぞおばけ列伝」知里真志保編訳:『アイヌ民譚
集』)。


▼大雪山【データ】
【所在地】
・【大雪山】北海道上川郡上川町、美瑛町、東川町の3町にまたが
る。
・【旭岳】北海道上川支庁上川町。JR石北本線安足間(あんたろ
ま)駅の南東25キロ。JR函館本線旭川駅からバス、旭岳温泉下
車、ロープウエー、姿見下車。さらに歩いて2時間で旭岳。1等
三角点(2290.9m)がある。

【名山】
・「日本百名山」(深田久弥選定):第5番選定(日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる)
・「新日本百名山」(岩崎元郎選定):第5番選定
・「花の百名山」(田中澄江選定・1981年):第5番選定
・「新・花の百名山」(田中澄江選定・1995年):第3番選定

【位置】
・【旭岳1等三角点2290.9m】北緯43度39分48.95秒、東経142
度51分14.69秒

【地図】
・旧2万5千分1地形図名(大雪山):層雲峡、旭岳、白雲岳、愛
山渓温泉
・旧2万5千分1地形図名(旭岳):「旭岳」旭川3-3


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典1・北海道』(上巻)竹内里三(角川書店)1991
年(平成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系1・北海道の地名』高倉新一郎ほか(平凡社)
2003年(平成15)
・『名山の民俗史』高橋千劔破(河出書房新社)2009年(平成21)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
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