山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼895号 北ア立山の天狗(天狗岳と国見岳)

立山の山小屋では時どき不思議な出来事にあうといい、それは天
狗の仕業だという。千葉県から人をさらって天狗が室堂の洞窟に
来た話は、泉鏡花の『龍胆と撫子』にも出てきます。それにちな
んでいるのか天狗山近くの「天狗平山荘」裏手には「龍膽や巖頭
のぞく剱岳」という水原秋櫻子の句碑があります。
(本文は下記にあります)

【本文】

北アルプス立山室堂には、長野県側黒部湖経由で、また富山県側美
女平から高原バスで大勢の人たちが訪れます。室堂平を出るとミク
リガ池、地獄谷、弥陀ヶ原、餓鬼田など伝説地がならんでいます。
高原バスが走るの立山道路の南側に天狗平があります。更に南側に
は形が天狗の鼻に似ている天狗山、そして国見岳、室堂山、龍王岳、
鬼岳などが連なっています。

立山信仰の伝承に「参詣人の不敬・慢心に対して天狗が怒り、石を
投ずる」とあります(角川日本地名大辞典16)。江戸後期、諸国を
見分したものを集めた随筆『譚海』(津村正恭(淙庵)著)などに「立
山の山小屋に泊まると、時どき怪異な出来事にあう。夜中に、に
わかに小屋がガタガタ振動する。そんな時は小屋にいる人はみな
念仏を唱え、死んだようになって夜明けを待つ。これは天狗の仕
業だという…」というのがあるそうです。

実際、天狗山の南側にあるカルデラ崩壊地の落石は、突然大きな
音がおこりビックリさせられるといいます。これは「天狗のつぶて」
といい、天狗が石を投げる音だという。また天狗風という旋風もあ
るという。「立山曼陀羅絵図」には天狗山の山陰に羽団扇(うちわ)
を持った山伏姿の天狗を描いているものもあります。

泉鏡花が大正11年(1922)に発表した未完の小説『龍胆と撫子』(旅
客。振分髪(ふりわけがみ)六)に、「維新前だが、上総の国土崎
村(夷隅郡中崎村の間違い?いまのいすみ市)と云ふのに−名も分
かって居る−源左衛門と言ふのが居て、五十余歳で江戸へ出て、肥
前(ひぜん)の国主、松浦の邸(やしき)に奉公をした。

此の男は天狗に攫(さら)はれた事が二度まであって、幽(かす)
かに狗賓界(ぐひんかい)の消息を漏らしたのを、其国主が記録に
留めて置いたことなのである。七歳の時、氏神の宮に遊びに行った、
村はづれで、馴染(なじみ)みの栗柿を売る小母(をば)さんの顔
を見ながら、大きな山伏に手を曳(ひ)かれて誘はれたまゝ、行方
(ゆくへ)が知れなく成った。…」(『鏡花全集』岩波書店から)。

これは江戸後期、肥前平戸藩(いまの長崎県平戸市)の殿様松浦
靜山があらわした『甲子夜話』(巻七十三・六項)からとったもの。
同書『甲子夜話』(平凡社・東洋文庫)によれば「我邸中の僕に、
東上総泉郡中崎村(泉ノの郡ハ『和名鈔』云。上総の国 夷?(い
しみ:夷隅)郡。…欄外注記)の農夫源左衛門、酉の五十二歳が
在り。この男嘗(かつて)天狗に連往(つれいか)れたと云。そ
の話せる大略は、七歳のとき祝に馬の模様染たる着物にて氏神八
幡宮に詣たるに、その社の辺より山伏出で誘ひ去りぬ」。

8年たってから丹沢大山で見つかり帰ってきたという。それから3
年後、源左衛門は18歳の時、再び同じ山伏に連れ去られたという
のです。山伏は目をつむれというと、源左衛門を背負って飛び上が
ったという。

源左衛門は「風声の如く聞へて行つゝ、越中の立山に到れり。この
処に大なる洞窟ありて、加賀の白山に通ず。その中塗(と)に二
十畳も鋪(しきた)らん居所あり。ここに僧、山伏十一人連坐す
…」。そして源左衛門をさらってきた天狗を上座へ座らせ「権現」
と尊称で呼び、乾菓子を食べはじめます(天狗は、ふだんはほと
んど飲んだり食べたりしません)。

「頓(やが)て笙(しょう)、篳篥(ひちりき)の声して、皆々立
更(たちかわ)りて舞楽せり。かの権現の体(てい)は、白髪に
して鬚(ひげ)長きこと膝に及ぶ。穏和慈愛、天狗にてはなく僊
人(仙人)なりと…」。との記述があります。

この11人の山伏は明らかに天狗であり、上座に座る天狗権現坊こ
そ、立山の首領天狗「縄乗坊」の傘下のなかでも上位の天狗であ
ろうとされています。この洞窟は天狗山近くの天狗平周辺にある
とされています。まさに天狗だらけの天狗山。

しかし、古い地図ではすべて西側にある峰(いまの天狗山2521m)
を国見岳、東にある峰(いまの国見山2620.8m)を天狗平と記され
ているというから困ってしまいます。これは明治時代からあとにな
り、誤って西峰を天狗山、東峰を国見山としてしまったのだという。
そしてこの呼び方が定着し、いまにつづいているというのです。

現に西の峰は富山平野を眼下に見下ろすことができ、国見岳にふさ
わしく、東の峰は室堂に近く、昔から深夜に天狗倒しの音を聞こえ
ると恐れられていた言いつたえとも符合しているという。しかしま
あ、山の名が入れ替わっていたとしても天狗の伝承の濃い山に違い
はありません。天狗平山荘裏手の沢には水原秋櫻子の句碑「龍膽(り
んどう)や巖頭のぞく剱岳」があるそうです。このあたりは春山ス
キーのメッカになっています。

▼【データ】天狗山・国見岳
【所在地】天狗山・国見岳
・富山県中新川郡立山町。天狗山・国見岳とも登山道なし(天狗山
標高点2521m)(国見岳三角点2620.8m)がある

【位置】
・天狗山標高点(北緯36度34分25.9秒、東経137度34分52.3秒)
・国見岳三角点(北緯36度34分16.4秒、東経137度35分23秒)

【地図】天狗山・国見岳
・2万5千分の1地形図「立山(高山5号-4)」

【参考文献】
・『甲子夜話』松浦靜山(肥前国平戸藩主)著(未完)(東洋文庫)
校訂・中村幸彦ほか(平凡社)1989年(昭和64)
・「角川日本地名大辞典16・富山県」坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)
・「山岳宗教史研究叢書・16」五木重編著(名著出版)1981年(昭
和56)
・『譚海』津村正恭(淙庵)著。江戸後期の見分随筆
・「図聚天狗列伝・東日本編」知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
・『富山県山名録』橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・「日本歴史地名大系16・富山県の地名」(平凡社)1994年(平成
6)
・『龍胆と撫子』(未完)泉鏡花:『鏡花全集巻・21』(岩波書店)1988
年(昭和63)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

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