山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時(とよた時)

▼881号 黒部ダムトンネル上・屏風の稜線

立山黒部アルペンルートの針ノ木隧道(関電トンネル)を関電ト
ンネルは、後立山連峰南部の鳴沢岳と赤沢岳との間を貫通してい
ます。この稜線は大町側から見ると、単調でかつては人々は単に
「屏風」と呼んでいたという。稜線上からは、満々と水をたたえ
観光船を水面に浮かべた黒部湖が眺められます。
(本文は下記にあります)

【本文】

北アルプスのど真ん中にある黒部ダム。立山黒部アルペンルートの
ハイライトのひとつとして、多くの観光客が訪れます。なかでも扇
沢からダムの間は、針ノ木隧道(関電トンネル)を関電トンネル
トロリーバスが結んでいます。このトンネルは後立山連峰南部の
鳴沢岳と赤沢岳との間を貫通しています。

これは黒部ダム建設するとき、資材運搬用に掘ったトンネルで、
1956年(昭和31)から着工、途中大きな破砕帯にぶつかりながら
苦労の末、1959年(昭和34)に完成したもの。稜線上の登山コー
スからは、満々と水をたたえ観光船を水面に浮かべた黒部湖が眺
められます。

岩小屋沢岳から針ノ木岳へつづくこの一連の稜線は大町側から見
ると、単調で特長ある頂がないため、かつては人々は単に「屏風」
と呼んでいたという。なるほどエンエンとのびる峰々はただうねう
ねと連なっており、黒部湖の東側に立てた屏風のように見えます。

ある年の夏、針ノ木峠から高山植物や薬師岳、読売新道の稜線、
黒部湖、立山、剱岳、後立山連峰の景色を味わいながら北上しま
した。針ノ木岳から急下降は浮き石だらけ。注意しながらマヤク
ボノコルについて一息。改めて黒部湖と立山、剱岳の展望を堪能
します。

スバリ岳は山頂が二つに分かれ、目の前の南峰を小スバリと呼び、
奥にある北の峰を大スバリというそうです。山名は大きな岩がゴロ
ゴロ重なり合っていることに由来。重なり合う岩と岩の間は、よく
熊やアナグマ、タヌキなどが巣をくうところで、この辺の人はそれ
を「岩巣」といっています。岩巣の多い地帯が「岩巣張り」で、ス
バリに通じます。また一説には狭くなることを「すぼまる」といい、
立山連峰と後立山連峰が黒部峡谷をはさんで最も迫った地点による
のであろうという。

熊やタヌキの「岩巣」を見つける余裕などあるはずもなくスバリ岳
から赤沢岳へ。赤沢岳は、山頂から黒部川へ下る尾根すじ2533m
地点に奇峰の猫ノ耳、鏡岩などがあって、赤沢の岩場として知られ
るところ。

この山の名は、ここから信州側へ流れる赤沢からきた名前だという
(扇沢から針ノ木雪渓の針ノ木小屋へ向かう中に横切る沢)。その
上このあたり一帯の岩は、赤みを帯びているため、なおいっそう山
名になじみます。さらに黒部湖から望むと夕暮れ時には岩壁全体が
赤く染まり圧巻といいます。

後日、黒部湖の遊覧船に乗る機会があり、船中案内放送に関係のな
い赤沢岳ばかり見上げていたら観光客の方に妙な目で見られまし
た。この赤沢岳と北に見える鳴沢岳の間に針ノ木隧道が通ってい
ます。黒部湖も後ろを振り向かないと見えなくなります。

やがてコースが直角に近く真東に曲がると鳴沢岳。30分も歩けば
新越山荘もあります。この山は、東側(長野県側)へ流れる(ち
ょうどトンネルの上を横切る)鳴沢という沢の名前からきている
といいます。この沢も扇沢から大沢小屋に向かう途中横切る沢で、
沢の水音がよく聞こえることからきた名だそうです。ちなみに鳴
沢岳から黒部側流れる沢にも同じ名の鳴沢があります。

1910年(明治43)の7月、明治大正の登山家・三枝威之介、辻本
満丸、中村清太郎らと案内人5人の計8人が籠川谷から扇沢をつ
めて稜線に出て、鹿島槍ヶ岳を往復しました。さらに岩小屋沢岳
から南へ南下をつづけ、鳴沢岳、赤沢岳と縦走して針ノ木峠、蓮
華岳を往復したという。

この時、中村、三枝は欧州アルプス用のアルペンストックを、ま
た辻本は大町でつくった「トビロ」を富士山で使った「金剛杖」
につけて使いました。これが日本人初のピッケル使用の山行とい
われています。

また、中村は岩小屋沢岳山稜の東北端で、高山蝶の一種で美しい
クモマツマキチョウを発見しているそうです。こうして「屏風」
を北上して種池小屋のテント場についたのは午後5時半。針ノ木峠
を出発したのは午前4時半。13時間かかってしまったわけです。
どこでどう時間がかかってしまったのか、あまり高山植物、ライチョ
ウ、まわりの景色を堪能しすぎたせいなのか、いまだに不明です。

▼赤沢岳【データ】
・【所在地】
・長野県大町市、富山県立山町との境。JR大糸線信濃大町駅か
らバス、扇沢停留所下車、さらに針ノ木峠経由で歩いて8時間で赤
沢岳。三等三角点(2677.8m)がある。そのほか付近に何もなし。

・【位置】
・三角点:北緯36度33分43.02秒、東経137度41分15.14秒

・【地図】
・2万5千分の1地形図「黒部湖(高山)」

【山行】
・2011年(平成23)8月15日(月曜・快晴)

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典16・富山県」坂井誠一ほか編(角川書店)
1979年(昭和54)
・「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『富山県山名録』橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・「日本歴史地名大系16・富山県」(平凡社)1994年(平成6)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】(とよた時)ゆ-もぁ-と事務所

山旅イラスト【ひとり画展通信】題名一覧へ戻る
………………………………………………………………………………………………