山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼875号 「北アルプス・不帰嶮」

▼北アルプス・不帰嶮

【本文】
北アルプス後立山連峰は長野県と富山県の県境。西側の黒部川の流
れに沿って南北に連なっています。その白馬岳から唐松岳まで南下
する縦走路は高山の魅力にあふれ、真夏のシーズンは登山者でにぎ
わって「後立山銀座」などと呼ばれています。

この縦走路の途中に、不帰嶮(かえらずのけん)という恐ろしい名
前の岩峰群があります。北側天狗ノ頭と南の唐松岳の間にあり、名
前のように帰ることができないほど険しいので「不帰」の地名があ
るといいます。また東側長野県側の姫川の支流不帰沢の源流となっ
ているところからついた名だとの説もあります。

東面には険しい岩壁があって登攀の対象にもなっています。不帰岳
ともいっていますが、白馬岳から富山県側・祖母谷にのびる清水尾
根上にも不帰岳(2053.5m)があって、ここは不帰嶮というのが本
当だ人もいます。

不帰嶮の岩峰群は、北からT峰・U峰・V峰に分かれています。U
峰は北峰・南峰の双耳峰で、V峰はまた北からA・B・Cの小ピー
クがならんでいます。

1906年(明治39)発行の『日本山嶽志』(新潟の豪農・高頭式が編
纂)には、「不帰嶽・越中国下新川郡、信濃国北安曇郡ニ跨ル。下
新川郡山崎村大字山崎ヨリ六里十八町ニシテ其山頂ニ達ス。全山輝
岩安山岩ヨリ成ル。標高凡九千尺」と記載されています(『信州百名
山』)。

白馬岳方面から天狗の頭をすぎて「天狗の大下り」をその名のよう
に大きく下ったところが「不帰のキレット」の鞍部。不帰T峰との
間になります。

そこに立つと、右側(富山側)には猿猴(えてこう)沢の支沢西不
帰沢が、左側(長野側)には不帰沢の雪渓が急に落ち、前方には不
帰の岩峰が鼻をつかえています。

かつては目の前の小さなコブを越え、T峰から尾根通しにU峰へと
登ったそうで、それこそ帰ることができない「不帰嶮」だったと思
われる。いまは長野県側に巻き道ができて、登山道も整備されかな
り安全になったと案内書にあります。

クサリやはしご、針金などに助けられ岩場を越えていくと、やがて
2614mの標高点のあるU峰南峰になります。こうしてV峰の3つ
の小ピークをハイマツの中を巻いてしまえば不帰嶮は通過です。

しかし「不帰嶮」とは正確には、不帰T峰とU峰の鞍部から、U峰
の北峰までをさすといいます。古書の記述はといえば、「日本歴史
地名大系・富山県の地名」(平凡社)によれば、元禄10年(1697)
の「奥山廻記録」に「かへらずが嶽」と記載されているそうです。

また元禄13年(1700)の「立山禅定並立山黒部谷等絵図」には国
境稜線上に「不帰ヶ嶽」と記されているという。

古い絵図には別名の錫杖ヶ嶽と記載したものもあるそうす。なお不
帰嶮は、富山市大沢野町大久保地区付近から立山連峰のブナクラ乗
越の鞍部を越えて見えるそうです。

ある年の7月、ガスの中天狗山荘テント場を出発しました。天狗の
大下りは高校生らしいパーティが前を行くのみ。強い風とガスでか
すむザラザラな道。標高差300mの最低鞍部では大勢の人たちがク
サリやはしごを目前にキャーキャーいいながら上り下りしていま
す。

T峰とU峰の鞍部には遭難碑もあります。クサリにつかまりながら
岩場を登り、富山県側へ長野県側へとトラバースしながら進むとや
がてU峰北峰。

よく整備され、あまり危険を感じないうちにU峰南峰もすぎてV峰
へ。どのあたりだったでしょうか、可憐に咲いたコマクサの花に癒
されながら歩くうち、唐松岳に着きました。

まだお昼には早い。天気はいつの間にか晴れて、五龍岳が大きい。
右手を見れば剱岳、前には槍ヶ岳が遠望できます。やや左下に唐松
岳頂上小屋が出迎えていてくれました。

▼不帰嶮【データ】
★【所在地】
・富山県下新川郡富山県黒部市宇奈月町旧地区(旧下新川郡宇奈月
町)と長野県北安曇郡白馬村との境。大糸線白馬岳の西12キロ。J
R大糸線白馬駅からバス、八方停留所下車、歩いてゴンドラ・リフ
トで八方池山荘、歩いて3時間40分で唐松岳。

さらに歩いて2時間で不帰嶮(不帰U峰南峰)2614m地点。写真
測量による標高点(2614m)がある。(そのほか付近に何もなし)。
地形図上には山名(不帰嶮)とその標高のみ記載。

★【名山】
・「信州百名山」(清水栄一選定):第51番選定

★【地図】
・2万5千分の1地形図白馬町(富山4号-4)と欅平(富山8号-2)
(2図葉と重なる)

★【参考文献】
・「角川日本地名大辞典20・長野県」(角川書店)1990年(平成2)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

 

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