山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼810号 「北ア・その名の通りの笠の山・笠ヶ岳」

【概略】
各地に「笠」の形をした山は多いが、この笠ヶ岳ほどどこから見て
も同じ形をした山はないという。江戸時代は小屋あたりが人の肩に
似ているので「肩ヶ岳」ともいっていた。念仏僧・播隆がここから
東の空に浮かぶ槍ヶ岳を見て、初登頂を決意したという。
・岐阜県高山市

▼810号 「北ア・その名の通りの笠の山・笠ヶ岳」

【本文】
北アルプス岐阜県高山市上宝町(旧同県吉城郡上宝村)に笠ヶ岳
(2897.5m)という山があります。各地に「笠」の形をした山は多
くありますが、この笠ヶ岳ほどどこから見ても同じ形をした山はな
いそうです。

江戸時代は山頂から少し下にある山小屋あたりが人の肩に似ている
というので「肩ヶ岳」とか、お釈迦様の「迦」を意識したのか「迦
多ヶ岳」といっていたそうです。

山岳修行でおなじみの念仏僧・播隆上人がここに登り東の空に浮か
ぶ天をつくような槍ヶ岳を見て、初登頂を決意した話は有名です。
笠ヶ岳初登山は、遠く鎌倉時代の中期、文永年間(1264〜75)から
だというから古い。

地元の高原郷(いまの高山市上宝村)本覚禅寺の道泉という和尚が
初登頂との説があります。ただ大昔のこととてどうもはっきりはし
ませんが……。

時は下り、江戸時代の元禄年間、仏像を鉈一丁で刻むことで有名な
円空が登ったともいわれています。ご存知円空は、12万体の仏像を
彫ることを発願した江戸初期の密教布教僧。

1683(天和3)年、飛騨に入り、のち1689(元禄3)年、いまの上
宝村長倉の桂峰寺で今上皇帝像を刻みました。その時までここ飛騨
ですでに1万体、各地のを合わせると10万体彫っていたとの記録が
あります。

笠ヶ岳に登ったのはこのころのこと。山頂に大日如来を安置したと
いいます。同村には円空作の仏像がほかに数点残っているそうです。

次に登ったのは高山市宗猷寺(そうゆうじ)の何裔(なんえい)上
人。1782(天明2)年、のことだといいます。

江戸も後期の1821年(文政4)年、修行の旅を続けていた播隆上
人は笠ヶ岳を開山した道泉和尚の寺・本覚禅寺の椿宗和尚を訪ね、
岩井戸地区にある杓子形にえぐられた岩屋(釈子窟)にこもり修行
をしたという。

この笠ヶ岳開山の本家のお寺は高山市上宝村本郷地区にあり、臨済
宗妙心寺派で正式名称は高原山本覚寺。当郷の領主絵馬氏の二代目
の子が出家し開いた寺だという。

さて2年間釈子窟で修行した播隆は、1823(文政6)年6月、いま
の笹島地区から笠谷をさかのぼり、荒れたわずかな踏み跡を探しな
がらなんとか笠ヶ岳に登頂しました。

播隆は下山したのち「多くの信者が笠ヶ岳に登れるように」と、村
人とともに登山道を整備をはじめます。登山道は50日かかって完
成したという。

その年の8月5日、播隆は笠ヶ岳再興を祝って村人18人を連れて
再び登頂します。一行が霧がかかった笠ヶ岳山頂で念仏を唱えてい
た午後4時ごろ、雲の中から七色にかがやくご来光が現れ、その中
心に如来像がくっきりあらわれました。

「仏さまの出現だ」と全員感きわまってその場にひれ伏したという。
いまでいうブロッケン現象ですね。

この時、山頂に立った播隆は、東の空に浮かぶ荒々しい穂高連峰の
岩峰の中に、ひときわ天を突くようにそびえる槍ヶ岳を見ました。
「あの山こそ、絶好の修行の場所だ」。播隆はそう確信し、槍ヶ岳
に登ることを決意したという。

翌年、播隆は登山道の1里(4キロ)ごとに8体の石仏を路傍の碑
として建て、笠ヶ岳山頂には阿弥陀仏像をまつったといいます。こ
の時のことを書いた播隆上人の『迦多賀岳再興記』『迦多賀岳の記』
が本覚寺にいまもあるそうです。

現在でも笹島地区の観音堂から笠ヶ岳まで旧登拝道のふみあとがあ
り、一里塚は村の文化財になっているという。山頂にはなごりの祠
が残っています。

▼【データ】
山名:笠ヶ岳(かさがたけ)

・【異名・由来】
異名:肩ヶ岳(人の肩の形に似ている)・迦多ヶ岳・迦多賀嶽
由来:どこから見ても笠の形

・【所在地】
岐阜県高山市上宝町(旧岐阜県吉城郡上宝村)。高山本線高山駅の
北東34キロ。JR高山本線高山駅からバス、新穂高温泉から歩い
て7時間で笠ヶ岳(標高2897.5m)二等三角点がある。地形図に山
名と三角点の標高あり。三角点より北方294mに笠ヶ岳山荘がある。

・【名山】
「日本百名山」(深田久弥選定):第57番選定(日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる)
「新・花の百名山」(田中澄江選定・1995年):第64番選定前

・【位置】国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索
【笠ヶ岳二等三角点】緯度経度:北緯36度18分55.79秒、東経137度
33分01.32秒

・【地図】
2万5千分の1地形図「笠ヶ岳(高山)」。5万分の1地形図「高山
−上高地」

・【参考文献】
「角川日本地名大辞典21・岐阜県」野村忠夫ほか編(角川書店)1980
年(昭和55)
「新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
「旅と伝説」三元社(昭和17年4月号)「山と地形のことば」高橋
文太郎:「民俗学資料集成29」(岩崎美術社)
「秘録・北アルプス物語」朝日新聞松本支局(郷土出版)1982年(昭和57)

 

 

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