山の伝承伝説に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼772号「武甲山にマツとフジが生えない」(2)

【概略】
昔、武甲山にすむ山姥が、子連れの村人から子どもを隠して食べた
りして悪事を重ねていた。そこへやってきた行基菩薩は法力で山姥
を捕らえた。身動きできない山姥は悔しまぎれに「この山に松とフ
ジは生えるな」と叫んだ。それからは両方とも生えなくなったとい
う。
・埼玉県秩父市と横瀬町

▼772号「武甲山にマツとフジが生えない」(2)

【本文】
埼玉県秩父市の武甲山(ぶこうさん・最高点1304m)には、松と藤
が生えていないという伝説は山岳漫画はがき【ひとり画展770号】
でお伝えしました。

西麓の埼玉県秩父市浦山地区は別として、東麓の同県秩父郡横瀬町
側の人たちは松と藤が、1本も生えていないといっているというか
ら本当のようです。また前回の話とは別の伝説もあります。

その昔、武甲山には恐ろしい神通力を使う山姥(やまんば)が住ん
でいて、ふもとの子ども連れの村人を見つけては、子どもを隠して
食べるという悪事を重ねていました。

ある時、山で女の子を遊ばせていた母親が、ほんの少し目を離した
すきに、女の子の姿がフッと消えてしまいました。驚いた母親は、
狂ったようにあちこち捜し回りましたが、どうしても見つかりませ
ん。

母親はうろたえて泣くばかり。そこへ旅の僧が通りかかりました。
話を聞いた坊さんは、「山姥の仕業に違いない」と武甲山山頂に登
り、17日間(27日間ともいう)一心に祈願をしたという。

山姥は法力に勝てず、たまらず魔術を失って坊さんの前に姿をあら
わしました。こうして子どもは母親のもとに戻りました。そしてあ
えなく山姥は、松の木に藤づるで縛りつけられたしまいました。

それもそのはず、この僧こそ全国行脚中のあの有名な行基菩薩だっ
たのです。行基に諭(さと)された山姥は、いままでの罪を悔い、
2度と里人を食らわない証(あかし)として、自分の歯を抜いて僧
に渡しました。

しかし、山姥は悔しまぎれに「この山に松と藤は絶えろ」と怒鳴っ
て息が絶えたという。それからは武甲山には松と藤はなくなってし
まったということです。

ちなみに、行基に渡した山姥の歯(前歯1枚、奥歯2枚)は、横瀬
町苅米(かるごめ)にある萩之堂(秩父観音札所六番・向陽山卜雲
寺)の宝物としていまも残っているということです。

▼武甲山【データ】
山名:ぶこうざん

★【異名・由来】
異名:秩父嶺(ちちぶね)・秩父嶽(ちちぶがだけ)・御蒿・嶽山・
秩父山・蔵王山・妙見山・乳首山
由来:日本武尊が戦勝を祈って武兜を奉納した伝説

★【所在地】
埼玉県秩父市と埼玉県秩父郡横瀬町との境。秩父鉄道浦山口駅から
歩いて2時間40分で武甲山。二等三角点(1295.4m)と写真測量に
よる標高点(1304m)と武甲御岳神社の祠がある。地形図に山名と
三角点の標高と標高点の標高、神社記号(鳥居)の記載あり。

★【名山】
深田クラブ選定「日本二百名山」(第141番選定):日本百名山以外
に100山を加えたもの・日本三百名山にも含まれる。
田中澄江選定(1981年)「花の百名山」(第37 番選定)

★【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
【武甲山標高点】緯度経度:北緯35度57分5.72秒、東経139度05分5
2.05秒。
★【武甲山二等三角点】緯度経度:北緯35度57分06秒、東経139度05
分53秒

★【地図】
・2万5千分の1地形図「秩父(東京)」。5万分の1地形図「東京
−秩父」

★【参考】
「続・植物と神話」近藤米吉編著(雪華社)1976年(昭和51)
「日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
「増補ものがたり奥武蔵」神山弘ほか(金曜堂出版部)1984年(昭
和59)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

 

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