山の伝説伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画っ展】とよだ 時

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▼747号 「東北早池峰山・安倍ヶ城と安倍貞任」

【前文】
早池峰山東方のあたかも砦のように巨岩が屹立した場所には「安倍
ヶ城」という城があるという。前九年の役で活躍した安倍貞任の隠
れ家だったと伝え、風が吹くと城門を開ける音が聞こえるという。
柳田国男の「遠野物語」にも「今でも安倍貞任の母住めりと言い伝
う」とある。

【本文】
 東北には安倍貞任(あべのさだとう)の伝説が多い。それもそのはず、
貞任は平安末期陸奥国の豪族で、俘囚長(ふしゅうちょう)で奥六郡の
司・安倍頼時の次男です。「前九年の役」(1051〜1062)が勃発し、父頼
時が敗死するや抵抗軍の総大将となり源氏方と抗戦したといいます。

 そして一大決戦地として有名な衣川(ころもがわ)の戦いに敗れ、北へ
と逃れますが、厨川(くりやがわ)の柵で、あえなく戦死したと伝えられて
います。しかし、部下や地元民からは、高天の如くと仰がれ、神として崇
拝されてあちこちに多くの伝説が残されています。

 ここ早池峰山とその山麓にもたくさん伝承されています。そのひとつ、
柳田国男の『遠野物語』(六五)には、「早池峰山は御影石の山なり。こ
の山の小国(いまの岩手県宮古市小国・江繋)に向きたる側に安倍ヶ城
という岩あり。険しき崖の中ほどにありて、人などはとても行き得べき処に
あらず。

 ここには今でも安倍貞任の母住めりと言い伝う」とあります。そして「雨
の降るべき夕方など、岩屋の扉を鎖(とざ)す音聞ゆという。小国、附馬
牛(つきもうし・上閉伊郡にあった村・いまの遠野市附馬牛町上附馬牛地
区・同町下附馬牛地区・同町安居台地区・同東禅寺地区)の人々は、安
部ヶ城の錠の音がする、明日は雨ならんなどという」などとあります。

 また同書(六六)には、「同じ山(早池峰山)の附馬牛(つきもうし村)よ
りの登り口にもまた安部屋敷という巌窟(がんくつ)あり。とにかく早池峰
は安部貞任にゆかりのある山なり。小国より登る山口にも八幡太郎の家
来の討死にしたるを埋めたりという塚三つばかりあり」と記述されていま
す。

 この安部ヶ城のあるところは、いまの岩手県宮古市西部(旧下閉伊郡
川井村)の山間部の山間地。少し長くなりますがもうしこしご容赦下さい。
これについて、同じ柳田国男の『遠野物語拾遺』(第一二二話)にはこん
なことが書いてあります。「このタイマグラの河内(かっち)に、巨岩ででき
た絶壁があって、そこには昔安倍貞任の隠れ家があったといい、これが
安部ヶ城とも呼んでいた。…

 …下から眺めるとすぐ行けそうに見えるが、実は岩がきつくて、特別の
道を知らぬ者には行くことができぬ。その道を知っている者は、小国村
(いまの岩手県宮古市小国・江繋)にも某という爺様一人しかいない。土
淵村(つちぶちむら・いまの遠野市土淵町土淵・同町飯豊・同町柏崎・同
町栃内・同町山口)の友蔵という男は、この爺様に連れられて城まで行っ
たことがあるそうな。…

 …その時もすぐ近くに見えている城までなかなか行けなくて、小半日も
かかってようやく行きついた。城の中は大石を立て並べて造った室で、
貞任の使ったという石の鍋(なべ)、椀(わん)、包丁や石棒があった。昔
は雨の降る時など、この城の門を締(※ママ)める音が遠くまで聞こえたも
のだそうだが、その石の扉は先年の大暴風の時に吹き落とされて、岩壁
から五、六間下に倒れていたという話である」とあります。

 だいたい早池峰山の東側ふもとのダイマグラあたりは不思議ことがよく
あったしく、『遠野物語拾遺』(第一二一話)に、ダイマグラ沢に釣りに行
った男が、岩窟の蔭に見慣れぬ風俗をした赤い顔の老人と若い娘を見
たとか、谷川を挟んで石垣の畳を巡らした、人の住居のものが何ヶ所も
ならんでいたという話があったといいます。

 またこの話を聞いた鉄蔵も、「魚を釣りながら耳を澄ましていたら、つい
近くで、本当に朗らかな鶏の鳴き声がはっきりと聞こえたそうである」と、
柳田國男は書いています。そして安倍貞任は、ここを隠れ家として八幡
太郎義家を悩ましたといわれます。ここにはまた貞任が早池峰山の山頂
から兜(かぶと)を投げると、兜は光を放って北の方に飛んだことから、貞
任は北に向かったという伝説もあります。

 さらに、早池峰山頂から少し北に下ったところには、10畳ほどの広さが
ある「安倍穴」という洞窟があり、貞任が厨川(くりや)敗戦後、実は生きて
いて兜明神岳を越えて、ここにたどり着き、隠れたとされています。※俘
囚とは8世紀ころから律令政府の支配下に入った蝦夷のことだそうです
(「広辞苑」)


▼安倍ヶ城岩場【データ】
【所在地】
・岩手県宮古市。JR花巻駅からバス・河原坊から3時間20分で早池峰山
の東方、ピーク1637.6峰の南直下。タイマグラ、アンニョカイ沢の上。標
高1508m地点。
【位置】
・安倍ヶ城岩場:北緯39度33分37秒, 東経141度31分14秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「高桧山(盛岡)」or「早池峰山(盛岡)」(2図葉名と
重なる)。

▼【参考文献】
・『岩手の伝説』平野直著(津軽書房刊)1983年(昭和58)
・「奥州南部早池峰山縁起」:『山岳宗教史研究叢書17』
・『角川日本地名大辞典3・岩手県』高橋富雄ほか編(角川書店)1985年
(昭和60)
・『山岳宗教史研究叢書・16』(修験道の伝承文化)五木重編 (名著出
版)1981年(昭和56)
・『山岳宗教史研究叢書・17』(修験道史料集・T)五木重編(名著出版)1
983年(昭和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「定本附馬牛(つきもうし)村誌」附馬牛村(岩手県)誌編纂委員会著
(附馬牛村役場)1954年(昭和29)
・ちくま文庫「柳田国男全集4」『遠野物語』柳田国男(筑摩書店)1989年
(平成元)
・角川文庫『遠野物語』柳田国男(角川書店)1979年(昭和54)
・『遠野物語拾遺』:(角川文庫『遠野物語』柳田国男(角川書店)1979年
(昭和54)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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【とよだ 時】山の伝承探査
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 漫筆画文・駄画師・漫画家
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