山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

……………………………………

▼743号 「富士山頂の火口はふたつあった」

【概略】
平安時代の「富士山記」には、富士山頂上の火口には神池があると
しながら、また煙火が見えるとあり、矛盾したことが書かれています。
これは火口がふたつあることを示しているという。それは古い水の
貯まった小内院と新しい噴煙をあげる大内院。この神池が「このし
ろ池」だという説もあります。

▼743号 「富士山頂の火口はふたつあった」

【本文】
日本で最初の富士山に関する文書は、平安時代、漢詩人で文章博士
の都良香が書いた「富士山記」。

それによると、「頂上に平地あり。広さ一里許(ばかり)なり。其
の頂の中央は窪み下りて状甑(こしき)の如し。甑の中に神池あり、
池の中に大石あり、石体甚だ奇にして宛も虎の蹲(うずく)まれる
が如し。亦其の甑の中には常に蒸し出づる気あり。其の色純青なり。
其の甑の底をのぞけば湯の沸きのぼるが如く、其の遠くより之を望
めば常に煙火を見る」とあります。

富士山頂上の火口には神の池があるとしながら、また煙火が見える
と、矛盾したことが書かれています。当時富士山には火口がふたつ
あったのではないかという。

ひとつは大内院で、私たちにもおなじみのもの。もうひとつはその
北北西の西安河原にある小内院。いまは砂礫に埋もれてしまい窪地
になっています。この小内院の外側を回るのを外輪コース、内側を
回るのを内輪コースと呼んでいます。

「富士山記」の記述で、古い火口に水が貯まっていて、もう一方が
噴煙をあげていたのなら記述に矛盾はありません。このほかに水の
貯まっていた神池がいまでいう「このしろ池」のことだという説が
あるのです。

「このしろ池」は大内院を隔てた南向こう側・浅間神社奥社と三島
岳の間にある広場。ここは雪溶けの水がたまってできる池。なぜか
海の魚・コノシロがすむといわれ、古い書物や伝説などにたびたび
出てきます。

しかし毎年7月上旬すぎには水は涸れてしまいとても魚がすめる状
態ではありません。江戸時代の「駿河国新風土記」にもその広さ7、
8間で、「時ニヨリテ水ノアルコトモアリ。又ナキコトモアリテ、
魚ナドノ住ムベキ処ニアラズ」と断ってあります。

▼富士山頂【データ】
★【山名・異名】
・富士山(ふじさん・ふじやま)、不尽、不二、布士、富慈、芙蓉
峰(ふようほう)、富岳などの呼び方がある。

★【山名の由来
・天地の富を士(つかさどる)故に富士山と号し、郡名と作(な)す。
勅使が大勢の兵士を連れて登ったので、富士山が兵士でいっぱいに
なった。そこで「士に富む山=富士山」になった(「竹取物語」)。

富士山8合9勺(はちごうきゅうしゃく=3360m)からから上、約
400万平方mは、徳川家康が富士山本宮浅間大社に寄進したとの記
録があるが、明治維新後国有地にされていた。

8合目から上の神社の施設のある約16万平方m分は1952年(昭和27)
に大社に譲与されているが、富士山頂が返還されなかったため、大
社側が国を相手取って裁判を起こしました。1974年(昭和49)、最
高裁の判決で大社側の所有が認められた。しかし静岡、山梨の県境
が確定しておらず、登記手続きがとれず(東海財務局)、2004年(平
成16)12月17日、土地の所有権が国から富士山本宮浅間神社に移っ
た。(2004年(平成16)12月18付け朝日新聞から)。

しかし、土地の所有権は認められはしたものの、山頂付近の静岡県
と山梨県の県境はまだ定まっていないという。したがって、土地登
記が出来ずじまい。

住所は、もちろん静岡県でもなく山梨県でもない。所在地は、日本
国富士山無番地なのだそうです。同大社側は「これで所有権の手続
きは解決した。県境の問題は県民感情もあり、登記に向けて時間を
かけて解決したい」と話しているという。

★【所在地】富士山頂
・山梨県富士吉田市、山梨県南都留郡鳴沢村と静岡県富士宮市、富
士市、御殿場市・静岡県駿東郡小山町との境だが八合目付近から上
部は富士山本宮浅間大社の「私有地」になっており、境界がはっき
りしていない。富士急行河口湖駅からバス、河口湖口五合目から5
時間30分で富士山頂。山頂剣ヶ峰に電子基準点(3777.39m)と二
等三角点(3775.63m)、白山岳に二等三角点(3756.36m)がある。
火口内に写真測量による標高点(3535m・標石はない)がある。

★【ご利益】
・【浅間神社奥宮】:【浅間神社】安産・火災除け:【富士山本宮浅間
大社】五穀豊穣、湧水守護の神

★【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第72番選定):日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(第69 番選定)
・山梨県選定「山梨百名山」(第100番選定)

★【位置】
・山頂剣ヶ峰に電子基準点と三角点、白山岳に三角点、火口内に標高
点がある。
・【剣ヶ峰の電子基準点】(※標高3774.9m)緯度経度:北緯35度21
分38.75秒、東経138度43分38.3秒
・【剣ヶ峰電子基準点のすぐ南の三角点】(標高3775.6m)緯度経度
:北緯35度21分38.26秒、東経138度43分38.52秒
・【白山岳の三角点】(標高3756.4m)緯度経度:北緯35度22分0.02
秒、東経138度43分46.43秒
・【火口内の標高点】(標高3535m)緯度経度:北緯35度21分46.53秒、
東経138度43分53.27秒

★【地図】
・2万5千分の1地形図「富士山(甲府)」。5万分の1地形図「甲
府−富士山」

★【参考】
・「富士山記」都良香(『本朝文粹註釋・巻第12』に収録):「富士山
記」柿村重松註(注釈あり)(内外出版)1992年(平成4)
・『富士山よもやま話』遠藤秀男(静岡新聞社)1989年(平成元)

 

……………………………………

山と田園の画文ライター
ゆ-もぁイラストレーター
【とよだ 時】

 

 

山旅イラスト【ひとり画展通信】題名一覧へ戻る
………………………………………………………………………………………………
「峠と花と地蔵さんと…」トップページ【戻る】