山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

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▼707号 「北ア白馬岳・蓮華温泉縁起」

・【説明略文】
金鉱探しに山々を巡り歩いていた上杉謙信の家臣。白馬岳山ろくで
見つけた黄金の石。発見の知らせに謙信は金鉱発掘のため大勢の
人夫を山中に送り込みました。しかし掘れども掘れども金は出ず、つ
いに熱湯が吹き出てしまいました。人々はこれを黄金湯と呼び、いま
の蓮華温泉になったということです。

▼707号 「北ア白馬岳・蓮華温泉縁起」

【説明本文】
 北アルプスの白馬岳から雪倉岳を縦走した人は、ふつう蓮華温泉
に下り、山旅の汗を落とします。その蓮華温泉のはじまりの話です。
戦国時代、北アルプス白馬岳の北ろく中腹に、武士がひとり岩に
腰を下ろしていました。そこは雑木林下の道で、かたわらでむら
の子どもが遊んでいました。「こんなもの拾ったぞ」。ひとりの子
どもが小さい石のかけらを見せました。

 別の子どもが「この石光ってる。いい石だな」。それを聞いた武
士は眼を急に輝かしました。「ちょっとその石を見せてごらん」。
武士は子どもたちの所へ駆けよりました。武士の勢いに、子ども
たちはビックリして石を渡して逃げ出しました。武士は石のかけ
らをジッと観察すると、「おお、金だ!これこそ探していたものだ」
と、狂喜して叫びました。「近くに金の鉱脈があるに違いない」。
武士は故郷へ引き返しました。

 この武士は、越後春日山城主上杉謙信の家臣で、主人の命を受
け、金鉱発見のため、山々を調査して歩いている途中だったのです。
金鉱発見の報告を受けた謙信は早速発掘のため、大勢の人夫を山
中に送り込みました。いままで人もろくにいなかった山中に小屋
がならび、来る日も来る日も発掘が続けられました。

 しかし、掘っても掘っても金の「キ」の字も出てきません。あ
きらめかけたある日、掘られた穴からものすごい音響と供に熱湯
が噴きだしました。人夫たちは大騒ぎ。お湯はますます勢いを増
していきます。誰呼ぶとなく、黄金を掘る時出たので「黄金湯」
と呼ぶようになりました。

 それから何年か過ぎたある秋。身に白衣をまとった老人が、杖
にすがって山道を歩いてきました。老人は自身がかかっている奇
病を治すため、加賀、越中、越後の温泉を残らずまわったが効き
目のなかったといいます。その老人がこの温泉に入ると、あーら不
思議、たちまち全快したのです。喜んだ老人は「この湯こそ、三国
一だ」と、世に吹聴して歩いたため「三国湯」という名に代わった
といいます。そしていまは「蓮華温泉」と呼ばれています。

 さらにもうひとつ、こんな話もあります。昔々、雪倉岳のふもと
の道を村の若者が急ぎ歩いていました。真夜中のことながら慣れた
いつもの山道です。しかし村も近くなったころ、誰かが後ろを歩い
てくるような気配がします。若者は振り返りましたが、そこには杉
の木立が生い茂ったいるばかりです。「変だな」。若者はまた歩きは
じめます。でも確かに誰かの足音がかすかにします。

 こんなことがあってから村の女たちが、この得体の知れないもの
に連れ去られるということが、たびたびおこりました。連れ去られ
ても朝になると、どこらともなく帰ってくる不思議な事件です。村
人は集まり相談しました。そこである古老がいいました。「それは
送り狼といい、昔からよくあることだ。それはこの村の氏神の森の
ヌシだ。悪さをするものではなく、村人を守ってくれているのじゃ。
これからは峠を越えるときは、お礼に握り飯を供えるようにしよう。
女たちが連れ去られたというのは、暗い夜道の怖さについ道を間違
えてしまうのだろう」と説明しました。

 しかしどうも納得がいきません。昔から通り馴れたおなじみの一
筋道。「迷うはずはねえ。なにかいるにちげえねえ」。村人は夜は峠
道を通らなくなりました。この村にひとりの美しい娘がいました。
家は貧しいながら、玉のような魅惑的な力がひそむ黒目勝ちな眼。
そして屈託のないふくよかな曲線美、それは成熟しきった女性の美
をつくりだしていました。ある時、大嵐が村を襲いました。ものす
ごい風と、大地をたたきつける大粒の雨。山は荒れに荒れました。
そして暗黒の一夜が去り、やっと村に静けさが戻りました。しかし、
嵐の夜に村一番の美しい娘が行方不明になっていたのです。

 「娘が送り狼に連れられていった」。それは増水した小川のほと
りに、彼女の櫛が落ちていたことで分かりました。しかし、娘は再
び村に戻ることはありませんでした。それからというもの、狼は出
なくなり村は安穏になりました。「村の犠牲になってくれたのだ…
…」。それからというもの、娘の櫛が落ちていた谷川の岸には、毎
年夏になると、一輪の大きな花が咲くようになりました。そしてそ
れは、娘の命日がくるとくずれるように、散ってしまうということ
です。

 かなり以前、白馬大雪渓から白馬岳、雪倉岳、朝日岳経由、五
輪尾根を通り、やっとたどり着いた蓮華温泉。連日当たった太陽
で日に焼けた体に熱い温泉の湯が痛くてお湯に入れません。息子
と二人、洗い場の隅で湯船を恨めしく眺めながら、水でうすめた
ぬるいお湯を浴びるばかり。当時、平岩駅までの道路が工事の真
っ最中。バスに乗っていても腑が飛び出るようなゆれ方、平岩駅
についてほっとした思い出があります。

▼蓮華温泉【データ】
【位置】(電子国土ポータル)
・蓮華温泉:北緯36度48分36.91秒、東経137度47分55.63秒
(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「白馬岳(富山)」

【山行】
・某年08月08日(金曜日・晴れ)

▼【参考文献】
・『信州山岳百科1』(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平
成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『山の伝説・日本アルプス編』青木純二(丁未出版)1930年(昭
和5)
・『日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)

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山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

 

 

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