山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼677号 「北陸白山・別山からの富士山もどき」

【略文】
別山の名は、別の国の山富士山が見えるという意味だとか。なる
ほど山頂から富士山らしき山陰が見えます。しかし、あとでそれ
は南アルプスの北岳の姿だということが分かりました。でも形が
よく似ているなア。
・石川県白峰村と岐阜県白川村と荘川村との境

▼677号 「北陸白山・別山からの富士山もどき」

【本文】
 ある年の9月のはじめ、福井県大野市の九頭竜線(越美北線)勝
原(かどはら)駅から鳩ヶ湯、刈込池、三ノ峰経由で、白山をめざ
したことがありました。台風一過のあとだったこともあり、九頭竜
川はそれこそ竜が暴れたような濁流でした。

 立派な避難小屋のある三ノ峰を過ぎて2時間余り、白山三峰の
ひとつ別山に着きました。ご存じ白山は、北から大汝峰、剣ヶ峰、
最高峰の御前峰、ちょっと離れて別山がならびます。

 『斐太後風土記・上』に「四海波嶽。国の西に在、白山三峰之
一也。越前にては別山と云。此嶽東西の岩に波文あり。因四海波嶽
と云。頂に伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を祭故、雄神河と云」と
あり、「四海浪岳」と呼ばれています。雄神河は男神川(尾神郷川)
で、この山の南面より流れ出て庄川に注いでいます。

 また、四海浪は青海波(せいかいは・半円形を重ねたものを鱗
状にならべて波を表す)のことで、山頂近くにある大岩石に青海
波の波紋が残っていることからきています。

 別山は中世、白山信仰盛んなるころ、白山登拝路のひとつであ
る「美濃禅定道」の途中にある山。「美濃禅定道」は、いまの岐阜
県郡上市白鳥町石徹白(いとしろ)から、銚子ヶ峰、三ノ峰を経て、
別山、御前峰への道です。別山頂上には1986年(昭和61)新社殿
になった、小白山別山大行事(おじらやまべつざんだいぎょうじ)
という神ををまつる別山神社があります。(『斐太後風土記』には別
山には伊弉諾尊をまつるとあるので混乱します)。

 以前は祠には、聖(しょう)観音菩薩がまつられていましたが、
明治時代の神仏分離令発令で、いまは白山市の白峰林西寺(りんさ
いじ)白山仏堂に、ほかの仏さまたちといっしょに安置されていま
す。ここ白山も「三社巡り」として、別山神社、大汝神社、御前峰
の奥社を回らければ、ご利益がないといわれたという。

 白山を開いた泰澄という禅師。越ノ大徳・神融禅師(じんゆうぜ
んじ)とも呼ばれたエライ坊さんです。奈良時代の天武11年(682)
に越前国麻生津(あそうづ)(いまの福井市)に生まれました。そ
して14歳になった時、越前越知山(おち・いまの福井県丹生郡朝
日町)に登って修行を積んだという。

 そんななか、霊亀2年(716)のころ、白山神が貴女に姿を変え
て泰澄の夢にあらわれました。泰澄はその導きで白山に登ることに
なります。翌年の養老元年(717)、九頭竜川に沿って林泉(平泉寺)
から白山山頂に達し、翠ヶ池(みどりがいけ)のほとりで祈っている
と、九頭竜があらわれましたが、やがて十一面観音の姿になってあ
らわれました。

 泰澄は次に別山に行くと、宰官(※官の長)があらわれ、自分は
聖(しょう)観音が別の姿であらわれた小白山(おじらやま)別山大
行事であると告げました。その次に大汝峰に登ると、老人に会いま
した。老人は、もとの仏の姿は阿弥陀如来だが、仮の神の姿大己貴
命(おおなむちのみこと)であると名乗りました。

 これは本地垂迹(ほんぢすいじゃく)説からきたものです。仏や
菩薩は人々を救う時、本来のすがた(本地)であらわれるのはなく、
神という仮のすがた(垂迹)になって人々をすくう という説です。
こうして泰澄は白山三所権現(白山妙理権現、大行事権現、大汝権
現)をまつりました。ちなみの権現とは権(仮)に現れるという
意味だとか。

 さて別山山頂には、一等三角点と祠があって、先に書いたよう
に白山三所権現のひとつ小白山別山大行事をまつっています。白山
には3人(3狗)の天狗がいることになっています。ここを開山し
た泰澄は白峰大僧正となって白山全体を治め、弟子の臥(ふせ・ふ
し)行者は大汝峰におり(天狗名は不明)、また浄定行者はここ別
山にいて、白山正法坊となって泰澄上人を助けているという。

 またこんな話もあります。白山比盗_社蔵の「白山之記」(しら
やまのき)という文書には、「白山の本来の地主神は白山権現に御
前峰を譲って、いまは別山の方に鎮まっている」と書かれている
そうです。本来の白山の地主神は御前峰を追い出されてしまった
のでしょうか。神さまの世界も厳しいな。

 ところで別山とは別の国の山のことだそうですが、ここでは富
士山が望める山の意味だそうです。なるほど、快晴の別山からは
山なみの向こうに富士山らしき山陰が小さく見えます。いつもの
堂々とした富士山と違って「彼方の彼方」からでは霞みがち。な
んだか遠慮しているような感じに見えるななどと思っていたので
すが、あとでそれは南アルプスの北岳の姿だという。あれま。で
も形がよく似ているなア。



▼別山【データ】
【所在地】
・石川県白山市(旧石川郡白峰村)と岐阜県大野郡白川村と岐阜県
高山市(旧大野郡荘川村・しょうかわむら)との境。最短コース:
JR北陸本線金沢駅からバス市ノ瀬下車、歩いて6時間で別山。二
等三角点(2399.4m)と別山白山神社の祠がある地形図上には山名
と三角点のとその標高のみ記載。
【地図】
・2万5千分の1地形図「白山(金沢)」



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典21・岐阜県」野村忠夫ほか編(角川書店)
1980年(昭和55)
・『角川日本地名大辞典17・石川』(角川書店)1991年(平成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『天狗の研究」知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本山岳ルーツ大辞典」村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系17・石川県の地名』(平凡社)1991年(平成
3)
・『日本歴史地名大系21・岐阜県の地名』(平凡社)1989年(平成
元)
・『斐太後風土記・上』(首巻、巻1至12)(大日本地誌大系第7、10
冊)富田礼彦著(大日本地誌大系刊行会)大正4(1915)年(国立
国会図書館電子デジタル)
・『名山の日本史』高橋千劔破(ちはや)(河出書房新社)2004年
(平成16)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
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