山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼659号 「福井県荒島岳・仙人と鹿の角と災いの風風」

【概略】
荒島岳の山名は山麓の荒島神社に由来するという。この山には仙
人が住んでいたという。江戸中期の本にこれは「常陸房が事なり」
とあり、義経の家来常陸坊海尊だとしています。この山にも雪形
が出てそれを見て九頭竜川のアユ捕りがはじまったという。また
初夏に吹く風はウンカを運び、稲に被害をもたらすとされるとい
うことです。
・福井県大野市

▼659号 「福井県荒島岳・仙人と鹿の角と災いの風」

【本文】
 福井県大野市の東に位置する荒島岳は、大荒島岳と小荒島岳か
らなっています。近くの景勝地九頭竜峡は、この山の爆発で東麓を
流れる九頭竜川を、東に追いやってできたといいます。その山名は、
山麓の荒島神社からつけられたという説と、荒島谷川の奥にあるた
めという説、荒島という集落名に由来するという説。また、荒は新
(あらた)で、島はうちの「シマ」のように同族の一区画。新しく
開拓された身内だけの集落名だという説があります。

 荒島岳は、「大野富士」とも呼ばれ、白山と同じ泰澄上人の開山
ともされ、また『日本百名山』のひとつにも数えられています。
荒島岳の標高は1523mです。『百名山』では88番目の山です。こ
の山は文献でも歴史は古く、平安初期の「延喜式」(当時の官人
の業務マニュアル)にも、阿羅志摩我多気(あらしまがたけ)と出
てくるそうです。

 この山には、餐霧(さんむ)という仙人が住んでいたといいま
す。江戸中期の『帰雁記』という本に、これは常陸房(ひたちぼ
う)が事なりとあり、義経の家来常陸坊海尊(かいそん)だとし
ています。海尊は常陸の国(茨城県)の鹿島神宮の別当(寺務を
治める)寺で修行し、のち、滋賀県三井寺(園城寺)に移ったとい
われる僧で、武蔵坊弁慶などとともに源義経の家来として活躍した
人物。

 ともに「源平合戦」で平家と戦い、奥州落ちも一緒に行動しまし
た。文治5(1189)年、義経が「衣川の戦い」で敗死した日は、海
尊はたまたま同僚と、付近の寺参りに行っていて留守でした。寺参
りから帰ってきて、義経が死んだと知った海尊たちは、そのまま行
方をくらましてしまったと『義経記』(室町初期の軍記物語)巻第
八・衣河合戦の記に出ています。その後、江戸時代初頭になって海
尊が姿をあらわしたといいます。

 「わしは不老不死だ」といい、大昔の「源平合戦」の模様を当事
者のようにまわりの人によく話していたといます。この不思議な老
人に、世間では常陸坊海尊は仙人になって現れたのに違いないと大
評判。この仙人は、フラフラとあちこちに出没していたらしく、江
戸川柳にも「ひたち坊風来ものの元祖なり」などと詠まれているほ
どだったそうです。

 さて、この山にも雪形が出るそうです。雪形は残雪が溶ける途中
で、いろいろな形に見えるもの。ここの雪形は「Y字形」をして
いて、地元の人は「鹿の角」と呼んだといいます。ふもとの人は
それを見て季節を知り、村を流れる九頭竜川のアユ捕りをはじめ
たということです。

 また春、荒島岳から吹き下ろす乾燥した南東の風は、相当強い
風らしく、大火をもたらす荒島おろしと恐れられました。また、
初夏に吹く風はウンカを運び、稲に被害をもたらすとされるとい
うから厄介です。

 9月、きょうも快晴、朝から暑い。登山道のキツイ登り坂で吹
き出す汗。しかしやはり『百名山』ブームのせいか、20人近くの
登山者に出会いました。ブナ林の登山道に、ハングル文字の布の
見印が、枝に結ばれていたのが印象的でした。
・福井県大野市と福井県大野市との境。

▼荒島岳【データ】
【所在地】
・福井県大野市(旧大野郡大野町)と福井県大野市(旧大野郡和泉
村)との境。JR越美北線(九頭竜線)越前大野駅の南東11キロ。
JR越美北線(九頭竜線)勝原駅から歩いて4時間で荒島岳。一等
三角点(1523.5m)と、祠がある。

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・三角点:北緯35度56分03.49秒、東経136度36分04.5秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「荒島岳(岐阜)」

【山行】
・某年09月01日(水曜日・晴れ)

▼【参考】
・『角川日本地名大辞典18・福井県』河原純之ほか編(角川書店)
1989年(平成1)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本歴史地名大系18・福井県の地名』(平凡社)1981年(昭和5
6)
・『帰雁記』福井藩士松波伝蔵著(正徳2・1712年)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

 

 

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