山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼637号 「会津磐梯山・大爆発を予知した男」

【概略】
湯治中に何か胸騒ぎがする男がいた。男は仲間がとめるのも聞かず
帰っていった。そのうち動物が一斉に移動しはじめ、不安になった
一行は急きょ下山。翁島まできたころ大音響、小磐梯山は吹っ飛び
北麓の集落は埋没。明治21年の大爆発だった。
・福島県猪苗代町と磐梯町、北塩原村との境。

▼637号 「会津磐梯山・大爆発を予知した男」

【本文】
平安初期噴火以来、11世紀も眠りつづけてきた福島県の磐梯山が、
1888年(明治21)、に突然爆発しました。その結果、いまの馬蹄形
カルデラができたことは有名ですよね。

ところが、この爆発を予知した男がいるというのです。爆発当日の
明治21年7月15日、磐梯山の温泉で湯治を楽しんでいる人たちがい
ました。しかしその中の1人の男が夕べから何か考え込んでいます。

そして「何か胸騒ぎがする。あしたの朝早く山を下りると」いうの
です。翌朝、男は仲間が「せっかくきたのに」と、とめるのも聞か
ず家に帰っていきました。

ふだんから奇行が目立つため、ほかの人たちは「またいつものくせ
がはじまった」と気にもとめませんでした。が、その後朝飯を炊い
ていると、山の鳥やキツネ、ウサギが麓に向かって一斉に移動をは
じめたのです。

不安になった一行は急きょ山を下りることにしました。いまのJR
磐越西線翁島駅近くまできたころ、大音響とともに小磐梯山が吹っ
飛び、北麓の集落は埋没し461人もの死者を出してしまいました。
その結果、岩屑流で裏磐梯にたくさんの沼や湖ができていました。

あとになって仲間たちは男にすがりつくようにして「お前のおかげ
で助かった」と涙を流して喜び合ったということです。

この地震を予知した男は、福島県湖南の秋山(いまの郡山市福良)
に住む遠藤幾太郎という人だったそうです。幾太郎はよく「稲荷の
神憑き」になる人だったとありますが、なんとも不思議な話ですね。

▼磐梯山【データ】
【山名】ばんだいさん
・【異名・由来】異名:会津磐梯山・磐梯山・会津嶺(あいづれい)
・会津富士・大磐梯山。・由来:天に達する岩の梯子のような山。

【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第22番に選定):日本二百名山、
日本三百名山にも含まれる。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(第25番に選定・福島県)

【所在地】
・福島県耶麻郡猪苗代町と福島県耶麻郡磐梯町、福島県耶麻郡北塩
原村との境。磐越西線猪苗代駅の北西7キロ。JR磐越西線猪苗代
駅からバス、磐梯高原駅から歩いて4時間20分で会津磐梯山。三等
三角点(1818.6m)と皇高天原命の石碑、磐梯明神の石碑がある。
地形図に山名との標高の記載あり。三角点より北方向450mに弘法
の清水と弘法清水小屋がある。

【位置】(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)
・【三角点】緯度経度:北緯37度36分3.67秒、東経140度4分20.13秒

【地図】
・2万5千分の1地形図「磐梯山(福島)」。5万分の1地形図「福
島−磐梯山」

【参考文献】
・「吾妻山・磐梯山信仰と修験道」山口弥一郎(「山岳宗教史研究叢
書7」名著出版)所収
・「角川日本地名大辞典7・福島県」小林清治ほか編(角川書店)1
981年(昭和56)
・「山岳宗教史研究叢書7・東北霊山と修験道」月光善弘編 (名著
出版)1977年(昭和52)
・「新編会津風土記」(巻之二十五〜巻之五十):大日本地誌大系・
第31「新会津風土記2」(雄山閣)1932年(昭和7)
・「旅と伝説」三元社(昭和17年4月号・p5)「山と地形のことば」
高橋文太郎:「民俗学資料集成29」(岩崎美術社)
・「東北の山岳信仰」岩崎敏夫著(岩崎美術社)1996年(平成8)
・「磐梯山の信仰」橋本 武:「山岳宗教史研究叢書・7」−東北霊
山と修験道−月光善弘編(名著出版)

山岳漫画・ゆ-もぁイラスト・画文ライター
【とよだ 時】ゆ-もぁ-と事務所

山旅イラスト【ひとり画通信】題名一覧へ戻る
………………………………………………………………………………………………
「峠と花と地蔵さんと…」トップページ【戻る】