山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼436号 「鳥海山・鳥ノ海のタツノオトシゴ」

【概略】
鳥海山の名前のもとになっている鳥ノ海。その鳥海湖にタツノオト
シゴがいると柳田国男が「山島民譚集」の中で書いている。海のも
のと同じで、古書にも土地の人が難産の女性に持たせるとし、1年
くらいは生きているとある。いまでも棲んでいるのだろうか。
・山形県遊佐町と秋田県鳥海町の境

▼436号 「鳥海山・鳥ノ海のタツノオトシゴ」

【本文】
 東北第二の高峰を誇る鳥海山(2229・2m)は、美しい姿形が印
象的です。また高山植物も豊富でチョウカイフスマ、チョウカイア
ザミ、チョウカイチングルマなど山名のついたものも多く分布して
います。


 山麓の人々は山頂にかかる雲の様子を見て天候を予測し、山腹に
出る雪形で農作業をいつからはじめたらいいかを知ったそうです。
海では猟師の目印にもなったといいます。とくに雪形ははっきりし
ていて、西麓の吹浦口では山腹に種蒔き爺の残雪の形(雪形)が現
れると苗代づくりをはじめたといいます。


 この山も役ノ行者小角が開いたと伝え「出羽一宮鳥海山縁起」と
いう文書に、白鳳年中、役ノ行者が来てここを棲みかにしていた魑
魅魍魎を退治して、岩や石を切り開き参詣の道を作ったとあります。
さらに「役君自ら岩を彫り、像及び従者の姿を後代に残し給う。行
者岳是なり」ともあるから古い古い話です。


 鳥海山という名は、一般的には御浜宿舎そばの池・鳥海湖(鳥ノ
海)からついたのだされているそうです。ほかにも平安時代の陸奥
国の豪族安倍一族の総帥・安倍貞任の弟・鳥海弥三郎(安倍宗任)
の出生地(鳥海)の名が山名になったものだとの説もあります。


 安倍宗任の子孫の勢力が移動するに従って同じ鳥海という地名を
各地に残していきましたが、鳥海山の名もそのうちのひとつだろう
というのです。


 鳥海湖は、山頂から6キロほど下った所にある爆裂火口に水を湛
えた直径200mほどの湖。周辺はニッコウキスゲの大群落が咲き誇
っています。そこから百数十m上の宿舎のとなりには遥拝所があり、
御浜神社を祀ってあります。


 その鳥海湖に不思議な生き物がすんでいるというのです。民俗学
者の柳田国男も、その著書『山島民譚集』中のタツノオトシゴを安
産のお守りにする習慣があるとする文の中で、「出羽ノ鳥海山ハ頂
上ニ鳥海ト云う湖水アリ。不思議ナルコトニハ海馬(タツノオトシ
ゴ)マタ此ノ湖水ニモ住シ、全ク海ニ居ル竜ノ荒児ト同物ナリ」と
書いています。


 さらに享保年代の『荘内物語附録』(小寺信正)という文書から
の一文を引用し、海気の雨を醸すときこれが雲に乗って天に昇り、
山の岩に降りてくると伝える。土地の人は難産の女性にこれを持た
せるとあると書いています。また『観恵交話上巻』という古書から
も引用して「古書ニハ之ヲ記シテ鳥海山頂ノ池ニ長サ六七寸ノ竜ア
リト云エリ」とあります。


 さらに、一般の人は山に登らず、行者だけが行って海馬を捕まえ
てくる。一年くらいは生きているとみえて、座敷に置いて扇であお
ぐとヒラリヒラリとたてや横に舞い、まるで絵に描いた竜のように
飛ぶ。1年以上たつと死んでしまうのかあおいでも舞わないという
と書いています。


 六、七寸といえば20センチくらいの大きさ。いまでも棲んでい
るのでしょうか。まさに天然記念物ものです。世の中には不思議な
話があるものです。


 ある年の8月、私が訪れたとき、鳥海湖上の遥拝所のまわりは高
山植物が花盛り。これから登る者、下る者それぞれが、昼食をとっ
たりおやつを食べたりして憩っています。見ると草木の中に鳥海湖
まで続く踏みあとがあります。あの時ちょっと湖まで下ってタツノ
オトシゴを調べていればといまになって悔やまれます。どなたか見
た方がいましたらお話を聞きたいものです。


▼鳥海湖【データ】
★【所在地】
・山形県飽海郡遊佐町。JR羽越本線吹浦駅からバス、大平下車、
さらに歩いて3時間で鳥海湖。そのほか付近に何もなし。地形図上
には池名にみ記載。鳥海湖より北方向直線約470mに鳥海湖御浜神
社と御浜小屋がある。

★【位置】
・鳥海湖:北緯39度06分0.31秒、東経140度00分58.67秒(国
土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検索)

★【地図】
・2万5千分の1地形図「鳥海山(新庄)」

★【山行】
・某年8月4日(金曜日・晴れ)東北・朝日連峰、鳥海山、月山縦
走時探訪


▼【参考】
・「山島民譚集」柳田国男:ちくま文庫『柳田国男全集5』(筑摩書
房)1989年(平成1)
・『東北の山岳信仰』岩崎敏夫(岩崎美術社)1996年(平成8)
・『日本山岳風土記5』東北北越の山々(宝文堂)1960年(昭和35)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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