山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅イラスト通信【ひとり画展】とよだ 時

▼403号「北ア・奧黒部平ノ渡シ」

・【概略】
針ノ木谷は、いまは一般コースになっているようですが、山行の当
時は不明瞭なの道でした。かすかな踏みあとを見つけ、崖をへずり
岩を飛び移り、やっと着いた平ノ渡シ場。ちょうど渡し船の発着時
間。時間が止まっているようなこんな山奥でも、時刻表通りに運航
されているのが不思議に思えます。次々に客が乗り込み、やがて船
は島陰に隠れていきました。日本人の時間に対する感覚に驚きまし
た。
・富山県立山町

▼403号「北ア・奧黒部平ノ渡シ」

【本文】
北アルプス黒部立山アルペンルート長野県側の扇沢から、雪渓を登
り針ノ木峠に出ます。ここを越え、富山県側針ノ木谷を下ると黒部
ダム上流の黒部の平(たいら)というところに着きます。

ここは昔、立山温泉に出る有料道路だったといいます。しかし、通
行が少なく、冬の道路崩壊が激しく改修が不能になり、1882(明治
15)年についに放棄したという話もあります。

また、ここは天正12年(1584)12月、織田信長の屬将だった越中
の佐々成政が、羽柴秀吉・上杉景勝らの攻撃を避けるため、近江浜
松に居城する徳川家康と手を結ぼうとしてこの平(だいら)、針ノ
木峠を経由して越中と遠江間を往復したことが『当代記』(江戸時
代初期の寛永年間(1624年〜1644年)の本で、安土桃山時代から
江戸初期の社会・歴史状況を編年風に記した記録資料)にあり、「成
政のざら峠越え」として有名です。

ある年の夏、針ノ木雪渓を登り、峠にテントを張りました。明日は
針ノ木谷を下ります。雨が降り出してきました。テント場代を集め
に来た山小屋の従業員の話では、最近谷に熊が住みついているから
気をつけるようにとのこと。

翌日谷を下ってみるとなるほど立山温泉への針ノ木新道時代のなご
りか、ふたまたの「カワダの牛小屋あと」や、所々に「牛道」だっ
たのだろう、広い平地などがあります。

道は不明瞭で、目印のテープを探すのに行ったり来たりと時間がか
かります。やっとかすかな踏みあとを見つけ、崖をへずり岩を飛び
移り、やっと広場に出ました。

その時、気を許したか、浮き石に乗って転倒してしまいました。見
ると右手の薬指の一番先の関節のところが、逆方向に曲がっていま
す。これはエライことになった。どっちへ下りるにも町に出るには
何日もかかるところ。痛くはないので指で揉みながら歩きます。薬
指を引っ張っては戻しまた揉みます。

やがて着いた平ノ渡シ場。避難小屋があります。黒部ダムができる
前にあった平(だいら)ノ小屋は、黒部湖に水没、いまは新しい平
ノ小屋が対岸に建っています。きょうはこの避難小屋に泊まり、あ
すは奥黒部ヒュッテから読売新道へ向かおう。

船着き場には時刻表があります。運航期間は6月20日から10月31日
までとあり、料金は無料。日に5往復もするようです。ちょうど渡
し船の発着時間。奥黒部ヒュッテから来た登山者が到着、船を待ち
ます。

音もなくあらわれ乗り場に着いた渡し船。時間が止まっているよう
なこんな山奥でも時刻表通りに運航されているが不思議に思えてき
ます。

乗員が2,3人、次々に客が乗り込んでいきます。「あんたは乗ら
ないの?」。「今夜は避難小屋に泊まるつもりです」とお断りしまし
た。指のけがも少し落ち着きいてきました。幸い熊には出会いませ
んでしたが、このときの後遺症で薬指が変形してしまいました。い
まは一般コースになっているようです。

▼【データ】
【所在地】
・富山県中新川郡立山町。JR大糸線信濃大町駅からバス扇沢下車。
針ノ木峠、針ノ木谷経由11時間で平ノ渡場。地形図に平ノ渡シ場
と渡し船運航路の破線と避難小屋の文字を記載。対岸に平ノ小屋あ
り。

【位置】
・平ノ渡場:【緯度経度】北緯36度31分34.71秒、東経137度38
分34.45秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検
索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「黒部湖(高山)」(国土地理院「地図閲覧
サービス」から検索)

【山行】
某年8月11日(月・くもり雨)平ノ渡場探訪

【参考文献】
・「角川日本地名大辞典20・長野県の地名」市川健夫ほか編(角川
書店)1990年(平成2)
・「信州山岳百科・1」(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・「信州百名山」清水栄一(桐原書店)1990年(平成2)
・「富山県山名録」橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)
・「日本歴史地名大系16・富山県の地名」高瀬重雄ほか(平凡社)
1994年(平成6)
・「日本歴史地名大系20・長野県の地名」(平凡社)1990年(平成
2)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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山旅イラスト【ひとり画展通信】

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