山の歴史と伝承に遊ぶ 【ひとり画ってん】

山旅通信【ひとり画展】とよだ 時

▼384号 奥秩父・十文字峠の石仏」

【概略】
奥秩父、長野県川上村梓山地区と埼玉県秩父市大滝の栃本地区を結
ぶ十文字峠は縄文時代から歩かれていたという。長野・埼玉県の両
麓から同じ型式の縄文土器が出土しているそうです。この峠道には
旅人の安全を祈願して一里観音、二里観音…と里程観音が建立され
ています。江戸時代、中山道の裏街道として大勢の人たちによって
歩かれたそうです。
・埼玉県秩父市

▼384号 奥秩父・十文字峠の石仏」

【本文】
奥秩父の十文字峠道は、峠から長野県南佐久郡川上村梓山地区側8
キロと埼玉県秩父市大滝の栃本地区側の20キロ。この道は遠〜く縄
文時代から歩かれていたという。

その証拠に、秩父地方(埼玉県側)から発掘された縄文時代の矢尻
(やじり)は、長野県和田峠付近からとれた黒曜石を加工したもの
だったというのです。

また両ふもと(埼玉県側と長野県側)から、同じ型式の縄文土器が
出土していることから、その時代から人々がひんぱんにこの峠を行
き来していたことが証明されています。

江戸時代になると、中山道(江戸中半以前は中仙道)の裏街道とし
て大勢の人たちによって歩かれるようになりました。江戸中期には
富士山や神奈川県の丹沢大山(相模大山・石尊社)、信州の善光寺
参り、また秩父の巡礼、秩父三峰山参詣の人たちがたくさん通るよ
うになり、通行は賑やかだったと伝えています。

三峰神社で使う米、麦、味噌などはみな、長野県佐久地方からこの
峠を越えて運ばれたともいいます。江戸も末期の1864(元治元)年、
峠道を行く旅人の安全を祈願して、道標を兼ねた6体の観世音(観
音)菩薩の石仏が建立されました。

変化観音の馬頭観音を含めた石像は、1里ごとに(50町を1里とし
て)置かれ、1体は埼玉県側栃本集落の村人が、残りの5体は長野
県側梓山集落の村人が奉納したと伝えられています。

いまでも栃本側から一里観音、二里観音、三里観音と順番に呼ばれ
旅人に親しまれています。ちなみに長野県側「川上村誌」によれば、
1864年(元治1)の十文字峠「通行人改帳」には、8月中の通行人
は309人だったと記されているそうです。

また現在、峠上にある山小屋十文字小屋は、もとは埼玉県側の四里
観音のそばにありました。しかし1967年(昭和42)に行われた埼
玉県国民体育大会の時にいまの場所に移したものだそうです。

ある年の6月、金峰山から甲武信ヶ岳・十文字峠を経て栃本へ抜け
ました。その途中、時間がハンパになり埼玉県側一里観音の前にテ
ントを張ったことがありました。そこは峠道の真ん中ながらよく整
備され、若干広めになっています。

観音さまは苔むしていますが、にこやかに迎えてくれているような
気がします。夕闇の中、静かな時間が過ぎていきます。夕食をつく
りながらラジオをつけました。なにか大騒ぎをしています。それが
あの松本サリン事件でした。下界はますます物騒な世の中になって
いっているようです。

ふと見るとまわりの笹やぶにはけもの道がたくさん口を開けていま
す。これはこれはこんなところにテントを張って、「けもの」の皆
さまのご迷惑になったかな。やはり警戒されたか、一晩中その気配
はありませんでした。おじゃましました。翌朝、サリン事件のその
後のニュースを聞きながら早々にテントをたたんで退散しました。

▼十文字峠一理観音【データ】
【所在地】
・埼玉県秩父市大滝(旧秩父郡大滝村)。秩父鉄道三峰口駅からバ
ス栃本、さらに歩いて1時間半で一里観音。そのほか付近に何もな
し。地形図上に何も記載なし。

【位置】
・【一里観音】緯度経度:北緯35度57分13.01秒、東経138度49
分50.03秒(国土地理院「電子国土ポータルWebシステム」から検
索)

【地図】
・2万5千分の1地形図「中津峡(甲府)」

【山行】
・某年6月27日(月・晴れ)一里観音探訪

▼【参考】
・「秩父の山々」田部重吉:(『日本山岳風土記3』(宝文館)1960
年(昭和35)所収)
・『角川日本地名大辞典11・埼玉県』小野文雄ほか編(角川書店)1
980年(昭和55)
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・『信州山岳百科3』(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)
・『信州百峠』井出孫六ほか監修(郷土出版社)1995年(平成7)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本歴史地名大系11・埼玉県の地名』(平凡社)1993年(平成5)
・『日本歴史地名大系20・長野県の地名』(平凡社)1979年(昭和54)

山と田園の画文ライター
イラストレーター・漫画家
【とよだ 時】

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